第五話 魔法講習の時間だよ!
我流剣術に蹴りを含め、土を掴んで投げる目くらましなども組み込んでいよいよ喧嘩殺法染みてきた。
アドバイスしたカリルも呆れるほどの適性と順応ぶりにリオは気を良くしつつ、今日も今日とて練習したかったのだが――
「村長の家で魔法の講習?」
母から裏の山で採れるキイチゴで作ったジャムを受け取りながら、リオは顔をしかめた。
「それって、ユードたちも来るの?」
「村の子は男女関係なく集まるようにって話よ。都の方から領主のロシズ様配下の魔法使いが直々に来てくれるからって」
「……分かった」
「気に食わないことがあっても今回はちゃんと最後まで聞いてきなさい。こんな機会はなかなかないんだからね。ロシズ様のご厚意なんだから、粗相がないように」
「はいはい」
ユードたちと一緒という点であまり気分は乗らなかったが、領主が雇い入れるほどの魔法使いから手ほどきを受けられる機会などそうあるものではない。
リオはジャムが入った瓶を持って村長の家に向かった。
村の子供たちを全員集めたというだけあって、村長の家が手狭に感じるほどの人数が集まっていた。
男女合わせて七十人ほど。見覚えのない顔もちらほらいることから、隣村からやってきた子供もいるらしい。
リオはジャムの瓶を村長の奥さんに渡す。
「ありがとう。リオもちゃんとお話を聞くのよ?」
「みんなにそれ言われるんだけど」
「言われないような生活態度を心掛けなさいね」
軽くいなされて、リオは広間を見回す。
村長と見覚えのない老人が話をしている。領主が派遣したという魔法使いだろう。
白髪を短く切った歳の割に精悍な印象の老人だ。筋肉質ではないが、荒事慣れしている気配が強い。
老人はリオ達を見回して手を打ち鳴らし、注目を集めた。
「ロシズ家より派遣された魔法使い、オッガンじゃ。此度は領内の治安向上を目的として――と子供に言っても詮無いことか。手短にいこう。今日はお前たちに簡単な魔法をいくつか教える。生活の役に立てるといい」
宣言通り、オッガンと名乗る老人魔法使いは手短に魔法の基礎について説明してくれた。
「すべての動物は魔力を持ち、魔法に適性がある。しかし、動物は魔法を使うことがない。魔法の発動には詠唱や特殊な模様、魔法陣を必要とするからだ。故に、魔法を使う動物を魔物と呼び分ける。人間も魔物の一種だ」
証拠とばかりにオッガンは手のひらを上に向け、首から下げている金属のプレートの一枚を取って乗せる。すると、手のひらの上に小さな白い光の玉が浮かんだ。
「さて、魔法を使うことができない動物だが、例外がある。それは、邪獣化、神獣化した場合だ。この村でも最近、邪獣が討伐されたと聞いたが、場合によっては特殊な魔法を使うことがある。侮ると、死ぬぞ」
ぎろりと子供たちを睨んで脅し、オッガンは話を続ける。
「魔法にはいくつかの種類がある。誰でも使うことができる身体強化の魔法は発動に詠唱や模様が要らない。今日はこの身体強化の魔法を教えるが、他には明日の天気を知る魔法や失せモノを探す魔法といったものがある。この村の長の家に書物があるはずだ。興味がある者は見せてもらうように」
オッガンが白い光の玉を指ではじき、村長の下へと飛ばす。
子供たちの視線を受けた村長はにこやかに頷いた。
「では、身体強化の魔法を――なんだ、質問かね」
講義に移ろうとしたオッガンが挙手している子供、ユードに気付いて発言を促す。
ユードはちらりとリオを横目で見て得意そうな顔をすると、質問した。
「身体強化の魔法を早く習得したら、攻撃魔法を教えてくれますか?」
「――駄目じゃ」
ぴしゃりと、オッガンは冷たい声で拒否した。ユードがびくりと震えるほどの威圧感に子供たちが身をすくませる。
オッガンは小さく鼻を鳴らす。
「攻撃魔法には華がある。習得したいという気持ちも分からんではない。だが、にやにや笑いながら教わりたいと抜かす者には過ぎたるものじゃよ。愚か者に刃物を持たせる気はない。ともすれば、人を傷つけるかもしれぬ技術を景品にするほど、耄碌しておらんよ」
オッガンは不機嫌そうな顔をするユードを見てため息をつく。
「話すつもりはなかったが、いい機会じゃ。話しておこう。攻撃魔法にはいくつかの系統があり、適性がなければうまく習得もできない。特に発声が難しい詠唱を伴う場合は魔力暴走の危険もある。凄腕の魔法使いは酢漬けに息を吹きかける、ということわざもある」
魔法使いは酢漬けに息を吹きかける、口の中を火傷しないように過剰なほど気を使う魔法使いの様子を揶揄した言葉だが、危機回避には日頃の注意が必要だという意味を持つことわざだ。
オッガンは続ける。
「さらに、魔法は魔力を変換して発動する。この変換の方法も流派によって異なり、多くは門外不出。弟子にしか教えぬ。故に、優れた魔法使いは貴重なのだ」
「一つ、よろしいでしょうか?」
リオが挙手すると、オッガンはユードと見比べるように視線を行き来させた後、小さく頷いた。
「なんだね」
「先ほど邪獣化、神獣化した場合は動物でも魔法が使えると話していましたけど、詠唱できるようになるんですか?」
「いい質問じゃ」
オッガンがにこりと笑う。
「結論から言うと、詠唱はできない。知能が多少向上するが、人語を介するようにはならない。当然、複雑な魔法陣を描くこともできない。だが、邪獣も神獣も変化した途端に特殊な、それも再現不可能な魔法を習得する。いわゆる固有魔法だな。人を含む魔物でも邪獣化、神獣化することがある。人の場合、邪人、聖人などと呼ばれるな」
オッガン曰く、邪人、聖人と呼ばれる人物はこの国の歴史上にも数名挙がるという。
「詳しく話したいところではあるが、実はこの後も別の村へと回る予定でな。調べたければ自分で資料を探せ。ロシズ領に住むからには文字の読み書きもできるのだろう?」
「はい。ありがとうございました」
「よろしい。では、身体強化の魔法について説明しよう」
オッガンが簡単に説明をしてくれる。
魔法には核となる魔力を包んだ核膜とその周囲に現象として発現している部分があるという。
だが、身体強化は心臓に魔力を集めて核とする特殊な形式をとる。自らの魔力であれば体と馴染むことが理由だが、原始的な魔法であり、邪獣や神獣は必ずこの魔法を使用できるらしい。
「故に、身体強化が使えなければ戦うことはもちろん逃げることもできないと思え。魔力を感じ取れない者は村長の方に名乗り出るように」
オッガンは長い前置きを話し終えて、その場の子供たちを見回す。
「まずは心臓に魔力を集めるのじゃ。利き手を胸に当てるとやりやすい――」
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