第四話 ためになるアドバイス
地面に書いたいくつかの丸を踏みながら、木剣で敵に見立てた丸太を突く。
重心に注意しながら、軽いステップの中に本命の踏み込みを織り交ぜて突きの勢いを増す。
我流剣術作りを始めて数日、ようやく形になったのがこの突きだった。敵に見立てた丸太には木剣で抉られた箇所が複数あり、抉った穴の深さは日増しに深くなっていく。
正確で鋭いリオの突きは、攻撃後にすぐさまステップに切り替えて距離を取ることも詰めることも自在ではあったが、実戦経験がないために通用するかもまだ分からない。
「一番怖いのはカウンターだな」
呟きながら木剣を下ろし、軽くストレッチをして筋肉を伸ばす。
「……自主練か?」
聞き覚えのある声をかけられて、リオは肩越しに振り返った。
カリルが酒瓶を片手に面白そうにリオを見ていた。
「カリルさん、なんの用?」
「仕事だよ。お前の親父は家か? それとも畑の方か?」
「今日はもう帰ってきてるよ」
「そいつは良かった。酔った脚で畑に行くと畔から滑り落ちるんでな」
酒も手伝ってか、カリルは陽気な笑い声を響かせる。しかし、その目はリオの木剣と丸太、地面に書かれた丸を観察していた。
「自主練じゃねぇのな。村のクソガキ共の剣術とは足捌きが違う。剣の寸法も短い。突きも角度が妙だな。我流か?」
「分かるの?」
「剣術を齧ったことがある奴なら誰でもわかる。根底にある考え方がまるで違うからな。クソガキ連中のは騎士剣だが、リオのは冒険者やごろつきの剣だ。自分以外を戦力に数えない個人技だな」
「そういえば、元冒険者だっけ」
「まぁな。片腕を失うような雑魚の戯言を聞く気はあるか?」
カリルは自嘲気味に笑って、右袖に酒瓶をぶつけて揺らす。
「なにかアドバイス?」
「……なんだ、聞くのかよ。調子が狂うな」
カリルは拍子抜けしたように肩をすくめて、酒瓶でリオの足を指す。
「お行儀よく剣に頼らず、蹴りでもなんでも使え」
「……なるほど」
剣をどう扱うかしか考えていなかったリオはカリルの言葉に納得して大きく頷いた。
そんなリオの様子を見て、カリルが苦笑する。
「リオだけ道場に行ってない理由が分かった気がするな。お前だけ素直なガキで、他が生意気なガキなんだ」
「道場の連中からすれば俺の方が生意気なガキだろうけどね」
「視点で変わるもんだからな」
話を切り上げて、カリルがリオの家に視線を向けたちょうどその時、家からバルドが出てきた。
リオ達の話し声が聞こえていたのだろう、バルドはカリルの存在に驚くこともなく声をかけてくる。
「どうした?」
「猿の邪獣の件で話を聞きに来た。あの猿の邪獣を見たのは今回が初めてか?」
酒瓶を揺らして中身の量を確かめながら、カリルが適当な調子で質問する。
バルドはカリルの持つ酒瓶を見て眉をひそめた。
「昼間っから酒かよ。あの邪獣を見たのは初めてだ」
「これは念のために聞くんだが、リオくらいの身長の邪獣を他に見なかったか?」
「……待て、どういうことだ?」
カリルの質問からは別の邪獣の存在が窺える。
カリルはへらへらと笑いながら酒瓶を持った手を振る。
「念のためだよ、念のため。まぁ、詳しく話すか。あの猿の邪獣の背中に傷があった。できてまだ新しい傷だ。鋭利な刃物を上から振り下ろされて付いた傷で、傷の深さや角度から、傷をつけたのはリオと同じくらいの身長だと思ってな。ちなみに、斧の傷ではなかった」
「傷だけでそこまで分かるのか?」
「分からなきゃこんな仕事を任されねぇよ。そこそこ場数を踏んだ斥候役なら誰でもできる。ただ、邪獣は傷の治る早さがまちまちでな。いつどこでついた傷かまでは分からない」
「もう一体の邪獣がいるっていうのは本当か?」
「それはあくまでも推測だ。冒険者が一太刀浴びせて取り逃がしただけかもしれない。村の中で心当たりがないならギルドに報告書を上げて、ギルドが取り逃がした間抜けを探す。それで間抜けが見つからなければ、調査依頼が出るな」
カリルの答えに、リオとバルドは険しい顔で山を振り返った。
「邪獣の数は減ってると思ってたんだがな」
「山の奥の方から出てきたのかもよ。どのみち、しばらくは森に入らない方がいい。オレから言ってもここのガキどもは聞きやしないから、そっちでどうにかしてくれ」
「道場の連中で山の歩き方の講習をする予定があるんだが」
「やめとけ。山の中で邪獣とやり合うなんてガキどもには無理だ。素直に逃げるならいいが、身の丈に合わない剣術を教わってるせいで引き際を見極められずに死ぬぞ。まして、山の中で連携を取れるほど仕上がってないだろ」
「そうはいっても、リオのことがあるからな。道場の連中に関しては逆効果になりそうだ。村長に話してくれ」
「ったく、しょうがねぇな」
バルドとカリルに視線を向けられて、リオはそっぽを向いた。
「忠告を聞き入れないのは連中の責任で、俺は関係ないよ。誰が言ったかを重視して言葉の中身を見ない連中の責任まで俺に被せないでよね」
「これだよ。口だけは達者になりやがる。社会がどう回ってるかも見えてない。そこが反抗期の子供だって自覚もねぇんだから……」
「子持ちは苦労が絶えないな。いい酒の肴だ。ざまぁみろ」
「……この野郎」
意外と気安い仲なのか、カリルの憎まれ口にバルドは苦笑する。
「村長に話しておけ。午後には村の連中への聞き込みをしてカリルの家にも報告に行こう」
「分かった。身長からして村の人間だとは思えないからギルドへの手紙は準備しておくぜ」
村長の家へと向かっていくバルドを見送って、リオは自分の剣術にどう足技を組み込むかを考え始める。
ふと視線を感じて顔を向けると、カリルが酒瓶を片手にリオを眺めていた。
「なに?」
「突いてから後退するとき、切っ先は上げるな。下げろ。邪獣は獣が変化したものだから基本的に四つ足だ。切っ先を上げていると牽制にならず、懐に潜り込まれるか足を食われる」
「顔を狙われたら?」
「足捌きで身を躱すか、柄で弾くか、いなせ。それから、突きを放った後の体勢がまずい。最初に引くのは足だ。剣じゃない」
「なんで?」
「お前の剣術は動きで攪乱するのが最優先なんだろ? 逃げるのも追撃も、行動の起点になるのは足だ。腕力がないから剣を取られないように先に引きたくなるんだろうが、要になってるのは足なんだ。そこはぶれるな。剣と違って、足は替えが利かない」
理路整然と説明され、リオは木剣で丸太に突きを放ち、意識して足を引いてから木剣を戻す。
確認を取るようにカリルを振り返ると、彼は頷いた。
「そんな感じだな。まぁ、動作がまだ遅いが、繰り返していれば意識せずにできるようになるだろ」
「ありがとう。参考になった」
「生意気なんだか、素直なんだか。この年頃は分からねぇな」
愉快そうに笑ってカリルが酒瓶を傾けた時、道場からマラソンしてきたと思しき一団が二人の前を通りかかる。
門下生たちが横目で二人を見た。視線の種類は様々だったが、全体的には好意的なものではない。
中でもユードたち三人はリオとカリルを見てあからさまに馬鹿にするように笑い、口を開いた。
「負け犬同士でつるんでやがる」
「負け逃げリオと出戻りカリルとか、お似合いだな」
「棒切れ遊び頑張ってねー」
一団を見送って、リオとカリルは顔を見合わせる。
「俺に道場の方針が合わない理由があれ」
「ラクドイの奴、注意すらしてないのか? 武術を教えてる自覚がないのかねぇ」
あきれ顔の二人はやれやれと揃って首を振った。
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