第三話 邪獣とカリル
参考にできるような手本がないため、リオの我流剣術作りは難航した。
お手製の案山子に棒を持たせて構えを外から確認しつつ、どこに打ち込まれたらどう対処するのかを考えて数回動いてみた感想を地面に書き連ねる。
とにかく避けること、無理に攻撃をしないこと、攻撃をするのなら最小限の動きで可能な限り隙をなくすことなどと必要な事柄は山のように出てくる。
しかし、すべての条件を満たすような構えなど素人のリオに浮かぶはずもなかった。
「相手がいないと難しいな」
構えや動きの最適化にどうしても実践が必要だ。
かといって、森の中に入るわけにもいかない。まだ基礎すら定まっていない剣術では自殺行為だ。
「リオー、ちょっと来てー」
母に呼ばれて、リオは思考を中断する。
木剣を片手に窓から家の中を覗くと、台所に立っていた母が水が入った革袋と布を渡してきた。
「お父さんに持って行って。木を伐ってるはずだから」
「街道のとこ?」
「そうそう。町までの道を広くしたいって意気込んでみんなで伐ってるから。リオも暇なら手伝ってきなさい」
「はーい」
我流剣術作りがちょうど行き詰っていたところだ。気分転換にちょうどいいと、リオはお使いを引き受けた。
だるそうに走り込みをしている道場の門下生を横目に、リオは街道へ走る。嫌味が飛んできたが、置き去りにしたためよく聞き取れなかった。
走り込んだ勢いのまま、村を囲む石垣に片手をついて跳び越える。そのまま畑の間を走り抜けると丸太の壁が見えてきた。街道から山賊などに攻め込まれないように作られた壁だ。
リオの身長の倍近くある丸太の壁は流石に跳び越えられない。素直に横にある木の門をくぐって街道に出た。
前日の雨でぬかるんだ街道にわだちができている。伐りだした木を運ぶための荷車が作ったのだろう。
門を出てすぐ見える位置にリオの父、バルドを含む四人の男たちがいた。
「父さん、届け物だよ」
声をかけて駆け寄ると、バルドが額の汗をぬぐいつつ歓迎する。
「リオ、ちょうどいいところに来たな。もう一つ届け物を頼まれてくれ」
「いいけど、どうしたの?」
「木を伐っていたら、こいつが飛び出してきてな」
そう言って、バルドがリオの視線が通るように肩を引く。
四人の男たちに囲まれていたのは猿のような獣だった。伐採用の斧で斬り殺されたらしく、右の肩から腹の半ばまで深い切り傷がある。
惨劇を作っただろう血の滴る斧はバルドの物だった。
「猿……じゃないね」
猿にしては体格が二回りは大きい。身長はリオに近いほどで、腕が太く発達している。さらに、手の側面が研いだ黒曜石のように硬く鋭く変質している。
「邪獣だ。多分な。この死骸をカリルのところに持って行ってくれ」
「カリルって誰?」
「あぁ……。冒険者になるって村を出て行って、半年くらい前に片腕をなくして出戻ってきた奴だ。冒険者ギルドに伝手があってな。邪獣が出てきたらギルドに報告をしておくんだが、カリルを通すと話が早いんだ」
「へぇ」
血抜きはしてあるらしく体格の割には軽い猿の邪獣を、リオは持ち上げてみる。
流石に一人で運ぶには重かったため、何か使えるものはないかと見回すと手押し車があった。斧などをまとめて運ぶためのものだろう。
死骸を手押し車に載せていると、斧を持った男の一人が声をかけてくる。
「聞いたぞ、リオ。道場主にケンカを売ったらしいじゃねぇか」
「してないよ。指導方針が合わないから行かないだけ」
リオの言葉に男は声を上げて笑い、バルドの肩を叩いた。
「物怖じしねぇのは父親譲りか! リオ、その邪獣はな。森から飛び出して襲い掛かってきたところをお前の親父が蹴り飛ばして、転がったところを斧でバッサリやったんだ。声一つ上げずにな」
「咄嗟で声が出なかっただけだ」
「父さんはクモを見せれば悲鳴を上げるよ」
「おいリオ!?」
「こんな感じで俺に助けを呼ぶんだ」
邪獣の死骸を荷車に載せる手伝いをしていた男が意外そうにバルドを見る。
「クモが苦手だったんすか?」
「……外で出くわす分には無視するんだが、家の中は安全だって意識があるからふいに出くわすとちょっとな」
ばつが悪そうに視線を逸らしたバルドはリオを一睨みする。
睨まれたリオは荷車の持ち手で日向ぼっこ中の小さなクモを指さした。
「克服する?」
「やめろ、馬鹿野郎!」
リオは肩をすくめてクモに息を吹きかけて森に飛ばし、荷車の持ち手を掴んだ。
「カリルって人の家はどこ?」
「西側の山道に入るところがあるだろ。あの辺りだ」
「あぁ、あの家か。ずっと空き家だったけど」
納得して、リオは手押し車を押して村へと戻る道を進み始める。
「死骸を引き渡したらその手押し車を洗って返しに来てくれよ」
「わかったー」
ガラガラと音を立てる手押し車と一緒に門をくぐり、西側へと進む。リオの家と同じ方角ではあるが、村自体が細長いため目的の家はやや遠い。
石垣の間を抜けてしばらく手押し車を押していると、目的であるカリルの家が見えてきた。
何も植えられていない殺風景な庭に感心する。リオの記憶では雑草が伸び放題だったはずだ。
「片腕で草むしりしたのか」
手押し車を庭に停めて、リオは玄関の扉に取り付けられた紐を引っ張る。繋がったベルがカランカランと綺麗な音を立てた。リオの家の錆付き始めたベルとは違って新品同然だ。
扉が開くのを待っていると、家の木窓が開かれて男が面倒くさそうに顔だけ出してリオを見た。
くすんだ茶髪に青い眼をした三十過ぎの男だ。酒の入った瓶を左手に持っている。
まだ日も高いこの時間から酒を飲んでいるらしい。
「ガキがなんの用だ」
リオを見て男は不快そうに顔をしかめて酒をあおる。
リオは庭に停めた荷車を指さした。
「カリルさん? 街道上で邪獣が出たから死骸を持ってきた」
「っち、仕事か。っていうか、まっとうな理由だったんだな。ガキとか言って悪かった」
窓辺に酒瓶を置いた男、カリルは窓のそばを離れる。
すぐに扉を開けて出てきたカリルは中身の入っていない右の袖を風に揺らしながら死骸へと歩み寄る。
「後は任せろ。報告は村長にも上げておく」
カリルは左手をひらひら振ってリオを敷地から追い払う。
居座る理由もないため、リオは素直に手押し車を掴んだ。
そんなリオの背中に、カリルが声をかけてくる。
「お前、名前は?」
「リオ」
「リオか。数少ないまともな子供ってことで覚えておく」
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