4-7 進行、開始!

 港町に着くなりレイヤーは組合受付に行き話をした後、メンバーをタクトとカノン、レイヤーとネンディの二組に分けた。


「さて、私とネンディさんは写譜(楽譜を書き写す作業)のアルバイトに出ます。正確に楽譜を読んで書く仕事は結構割がいいんですよ」


「で、俺たちは?」


「荷運びです。港町ですし船から荷物を降ろしたり、逆に乗せたりする仕事がありますよね? それです。ただし…… カノンさん」


「何?」


「タクトくんに『補助演奏サポートバフ』を教えてあげてください。そして、二人とも仕事中はその演奏を可能な限り続けて作業してください」


 タクトはキョトンとしていたが、カノンはその言葉を聞いた途端、顔が真っ青になった。


「ちょ、ちょっと! 本気!? 十秒も持たない補助演奏サポートバフを演奏しながら、何時間も仕事ができるわけないでしょう!」


「カノンさんなら、どれくらい持ちますか?」


「え、ええと調子がいい時でも、ざっくり二時間程度……」


「え、カノンでも二時間が限度!?」


「っち違うわよ! そもそも肺活量と腹筋がその時その時で狂うから正確に分からないだけ!」


「なら、カノンさんにとってもいい訓練になりますね」


 カノンの様子を見るに相当厳しい訓練を課せられたのだと、タクトは改めて感じた。


「これらの仕事は、港町スレイドにいる四日間ずっと行います。ここに来るまでおよそ三日、ここで四日、出発して二日を船旅にあてる計算をすると、帝国領にはちょうど九日目の朝につくので、そこから向かえばだいたい十日あたりで到着しますから、ちょうどよい練習量になると思うんですよ」


「エ、ここに四日もいるの?」


 カノンの抗議にレイヤーはいつもの笑顔で答える。


「その通りです。技術向上の訓練と乗船代が手に入りますし、船に乗っている間はゆっくり休めるので安心ですよ」


 そう言ってレイヤーはカノンに紙を一枚渡した。そこには今日の午後から早速に運びのアルバイトについて書かれていた。


「ウッソ…… もうすぐにでもお昼を済まさないと間に合わないじゃないの!」


 しかも紙に書かれた内容によると、組合が正式に受けた依頼のようだ。この依頼に遅刻したり達成できなかった場合は罰則もあり得るため、カノンは大急ぎで現場へと向かう準備に取り掛かった。一番の荷物、タクトの首根っこを捕まえて。


「あ、カノンちょっと! あああぁぁぁぁーーー……」


「……行ってもうたな。ええの? あんなキツい訓練やらせて」


「厳しいかどうかは本人次第です。特にタクトくんはまだ楽機ミュージリアの操作に慣れていません。いつもぶっつけ本番では心もとないですからね」


「厳しい団長さんやで……」




「いい? まずはマスターピースを出して」


 食事を終えたカノンとタクトは、立席の前に『補助演奏サポートバフ』の確認を行っていた。タクトは言われた通りマスターピース(ティファのマスターピースはマウスピースの形をしたもの)を取り出し、左手だけで構える。


楽機化マテリアライズするには『構え』を取る必要があるけど、そうしなくても音は出せる。つまり簡単な旋律を奏でることができるから、楽器がない時なんかに重宝するの。試しに……『踊るマリオネット』を演奏してみて」


 カノンが言った『踊るマリオネット』は練習曲としてはレベルが高く、どちらかと言うと楽器をある程度演奏できるようになった者が、実力を測るために演奏されることが多い。また、楽曲としては行進曲マーチに近い。演奏すれば、そのテンポの良さと曲調の賑やかさから、行動の最適化および速度の上昇が付与される。二級楽士らが音怪との戦いえんそうでよく用いられる曲としても有名だ。


 タクトは、言われた通り『踊るマリオネット』を演奏した。……だが、今一つうまく演奏できないようで、本来付与される効果の半分も発揮できなかった。


「……あんた、ちゃんと練習してたの?」


『タクトはどちらかと言うと、楽器を付けて練習していた時間が長かったから、バジング(口やマウスピースだけで演奏する練習)をした時間は短くて』


 元教育係のティファが自身の練習方針について弁明する。が、そこで意外な提案が当人から出てきた。


『だったら、楽機化を発動した状態で私がスライドアクションをすればいいんじゃない?』


「あ、たまに練習でやってたアレ? 俺が吹いてティファが楽器のポジション操作するやつ。それなら俺が両腕使って仕事できるし、便利だよな」


 そう言ってタクトは構えを取ってティファを楽機化マテリアライズする。


『このままじゃあ邪魔になるから……』


 ティファはその形をたすき掛けに変化させる。さながらスーザホンのようになった形状は、荷運びの仕事をするのに行動を阻害させないようにも見える。


 そして、そのまま演奏をタクトが行う。いや、正確にはタクトは音の処理と息を、スライドアクションをティファが行っているため、外から見るとなんとも妙ではある。とはいえ、しっかりと楽曲効果が発揮されるあたり、カノンも文句が言えなかった。


「……まあ、先に唇か腹筋がイカれるかもしれないけど、あんたたちがでいいなら、構わないけど」


 呆れたカノンは、昼から向かうであろう仕事先の確認のためにレイヤーから受け取った紙を眺め始めた。

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