最高音質の船旅を求めて

5-1 アルバイト一日目、午後

 昼食を摂り終えたタクトとカノンは、組合の案内を元にアルバイトである荷運び現場へと向かった。


「確か、ここに……」


 カノンは案内を読みながら建物に入ると、受付と思われるカウンターの向こうの人に声をかけた。


「すいません、荷運びのアルバイトの件で来た者ですが」


「お、明日からの新人さんかな? こっち来て!」


 と声をかけてきたのはカウンターのさらに奥にいた若い男性だった。カノンら二人はその声に誘われるままにカウンターの脇を進み、奥へと入って行った。


「えーと、組合から聞いてるのは男女の二人で……」


 男性は近くの机に置かれた資料を手に取ってササっと目を通した。


「タクト・スタッドカートくんとカノン・パンディールさんだね」


 一度読んだ資料なのか、名前の部分をさっと読みあげると再び資料を机に戻した。


「俺の名前はコーレン。二人ともこの仕事は初めてだよね?」


「はい、ここに来たのも初めてですし」


「今まで山奥の村にいたので」


「おっけー。じゃあ明日からの仕事の説明をするけど、時間いい?」


 コーレンと名乗った男性は手際よく資料を棚に入れると、二人に何枚か束になった紙をそれぞれに渡した。


「大体の注意事項と契約内容が書いてるから、今日中に読んでね。あ、読まなくてもいいけど、『読みました』ってサインは明日までに書いて提出して。それから、基本的に一日の仕事としての荷物を運び終わったらあとは自由だから。運び込む荷物に傷さえつかなかったら運び方は任せる。分からないことがあったら基本は僕に聞いてくれれば大体は答える。あと――」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 怒涛の言葉送りに、カノンが先を制する。


「あ、ごめんごめん。仕事の話になると機械的に反応しちゃって…… まず、一枚目を見てくれるかな」


 二人は渡された紙束の一番上を見る。そこには「契約書」と書かれていた。


「内容を簡単に説明すると、二人はここで仕事をする。その時に起こる災害や事故に関しては基本的にこっちが対応する。君たちが荷物を壊したりしたとしても、君たちに非が無いならこっちが負担するけど、そうでない場合はちゃんとしてね、て書いてある。ほとんどないと思うけど。要は責任の問題を明確にしますね、ってこと。その辺を理解したらサインしてね、って書いてる」


 コーレンは最初よりもゆっくりとした口調で言いながらペンを二人に渡す。


「なんなら今書いちゃって。そしたら現場に行って大体の説明もするから」


 それなら、と二人はさっと名前を書いてコーレンに提出した。


「あんがと。じゃあ書類が上がったから現場行こうか。そこで残りの資料の説明もするから」


 そう言いながらコーレンは二人を建物の外へと案内した。一行が出てきたのは詰所で、少し歩いたところにはもう大きな船が見えており、すっかり潮の匂いが強く感じるほどに海が広がりつつあった。


「今、出港準備に入っている船は三隻。一つが帝国のベルカトル港に向かう船、一つはメルディナーレ経由で他の国に行く船。もうひとつがノーランヴィルド大陸の方に行く船」


 港には大小合わせて十隻もの船が並んでいるが、桟橋が下りて中へ入れるようになっているのは中くらいの船二隻と巨大な船一隻だ。


「まずは桟橋のかかっている中くらいの船の二隻に荷物を運んでほしい。それが終わり次第、可能な限り大きな船へ荷物を運んでくれ」


「え? 全部運びきらなくていいんですか?」


 コーレンの意外な言葉にカノンが驚く。そもそも仕事が完了しなくてよいという話は聞いたことがなかった。


「まあ、本当は全部運びきるほうがいいに決まってるんだが、色々な事情もあって船が正常に行き来できることの方が重要なんだ」


「そうなんですか?」


 タクトがつい聞き返す。


「今の帝国は人間の出入りの方を優先しているんだ。それに荷物が付随するというスタンスらしい。詳しくは知らないがむしろ入国・出国の手続きがややこしい上に厳しくなってて、正直そっちが面倒になってる」


 それを聞いて二人は顔を曇らせる。


「んで、こっちが運び込む荷物のある倉庫ね。ちょっと距離あるし大型のは数人で運ぶか専用の道具を使うからその都度指示しますね」


 続けられたコーレンの言葉に我に返った二人は、指示された方を見て場所を確認する。そこそこの距離がある倉庫には、ここからでもわかるくらい大量の荷物が置かれている。


「本格的には明日からだから、今日は場所の把握をしてもらったら帰ってもいいよ」


 それじゃあ少し、と二人は倉庫へと入って行った。


 倉庫の中は果てしないほど大きく、ダルンカート劇場のホールと比べても数倍はある。そんな建物が三棟。


「うわ…… 劇場何個分だよ」


「ははは。音響設備が整ってないから演奏会は無理だけど、雨風は凌げるから練習会場としてなら最高だね」


 問題は地面側だ。そこには人が運べるサイズの箱や取っ手が付いてるのが不思議なくらい大きな箱、絶対に一人では運べないサイズの物まで所狭しと積まれている。


「基本的には楽器ばっかりさ。その他にも食料ももちろんあるけど別棟に保管してある。ま、楽士の仕事として運んでもらうならこっちだしね」


 その後も二人はコーレンに色々教わり、帰る頃にはすっかり日が落ちていた。

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