4-6 新たな計画
翌朝。
朝早くにも乗合馬車が出るというので出発の準備をする一行は、到着の時とその胸中が大きく違っていた。
「さ、行きましょう」
団長の号令で乗り込むタクトたちは、微妙に重い足取りで乗り込むと昨夜の事を早速切り出した。
「ねえ、レイヤーは、その…… 何者なの?」
一番最初に口火を切ったのはタクトだった。
「私にもわかりません」
しかし、帰ってきた答えは妙に弾んだ、嬉しそうな回答だった。
「分からないことを知る。知らない曲を聞く。知らない人と共に歩む。今の私は、それがとても面白く、嬉しく、楽しいのです」
「……なんか、分かる気するわ、それ」
最初に同意をしたのは、ネンディだ。
「昨日寝る時カノン嬢とも話しとったけど、団長はんが何か悪い存在には見えへんのよね。確かに、何か知らへん過去みたいなんを持ってるんちゃうか? とは思っとったけど、何もないって言うんが逆に納得してしもてな。……この間、楽譜一緒に読んでたやろ? あん時もなんちゅうか、楽士団に入りたての子らと一緒に譜読みしてるのを思い出したんよ。始めて楽譜を見た、そんな雰囲気やったなぁ、て」
「そうそう。なんだろ、団長に言う表現じゃないけど、子供っぽいというか、好奇心がすごい前のめりな感じ。でも、十年分しか記憶がないなら色々と納得できるわ」
「タク坊、あんたは?」
「え、俺?」
タクトはネンディに名前を呼ばれて一瞬言葉に詰まったが、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「嬉しかった」
「……嬉しかったって、何が」
「俺を認めてくれた人が、悪い人じゃなかった事」
がたん、と車輪止めが外れる音が聞こえて来た。
馬の嘶きが遠くから聞こえ、馬車は出発した。大きな揺れがタクト達の姿勢に緊張を走らせ、僅かな会話の隙間に微妙な空気が張り詰めた。
「もともと、楽士になって
いくら田舎の街道とは言え、一人でメルディナーレに行くのは危険であることはタクトにもわかっていた。かと言って、カノンがいたコダ楽士団に入る気もあまりなかった。
「一番の目的は、父さんたちに認めてもらいたいから。カノンたちと一緒の楽士団に入るのはちょっと違うな、って思ってたから」
「別に、近くに楽士団があるんやったら、そこでよかったんちゃうんか?」
「
「え、タク坊の親父さん天奏楽士なんか!?」
「いや違うよ。だけど、楽士とはまた別の技術が役に立つからって、よくあっちこっちの楽士団に入ってたことがあるんだって聞いたことある」
「そういえば、メルディナーレでも『リチューナー』っていう肩書きで活動してる、って話があったわね」
「……知らんパートやなぁ」
「だからさ、父さんが知らない楽士団で有名になって、そこに俺がいるって知ったら、また一緒に音楽できるかなー、って思ってたから……」
タクトはレイヤーを見て、一呼吸する。
「俺にとって、レイヤーはやっぱり恩人なんだよ」
「……なら、今よりもっともっと上手くなる必要がありますね?」
その瞬間、タクトの笑顔が固まった。
『また地獄の訓練会になっちゃうね』
ティファもレイヤーと出会った頃を思いだし、つい考えていたことを口にした。
『……あ』
しまった、という顔でティファはタクトとレイヤーを交互に見る。そして、ゆっくりとネンディに視線を合わせた。
「……まあ、簡単にはカノン嬢から聞いとるわ」
「聞いたの!? ティファのこと」
意外なネンディの発言にタクトが食い付く。楽機嫌いを謳っていたネンディが、それでもティファと同じ馬車に乗っていることに、タクトは二度驚いた。
「一個ハッキリ言うとくけどな。確かにウチは楽機は嫌いや。けどな、同じ楽士団の持ってる楽機にケチつけるほど了見
ネンディは、ちょうどいいからと右手をティファに差し出した。
「多分、長い付き合いになるやろ。よろしゅうな」
『……はい! よろしくお願いします!』
ティファはその手を優しく両手で握り返した。
「さて、晴れて固まった我が
「確認する事?」
握手を解いて席に着き直した一行は、声高く話し始めたレイヤーに視線を向ける。
「今あるお金だけでは、帝国の入口であるカヌナミ港には迎えません」
「「「……はい?」」」
「なので、スレイドに着いたら皆さんでちょこっとアルバイトをしようと思います」
「ちょ、ちょい待って団長はん! それ、ウチが入ったから? その分?」
「いえいえ違いますとも」
「でも、まだコダ楽士団からの報酬は十分残ってるでしょう?」
「いえいえちょっと足りないんですよねぇ」
「メルディナーレから出る船より距離は近くなったのに、なんでお金が足りないのさ?」
「せっかくなので、
レイヤーは、これまた満面の笑みを浮かべ、これからの旅に思いを馳せていた。
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