4-4 失われた中身
扉の奥には薄明かりに照らされた、もうひとつの扉があった。
タクトが恐る恐る手をかけたが、先程のような事態にはならないものの、空気の厚みだけは受けてか重く開いた。
「うわぁ…… なに、ここ」
カノンは思わず口にする。
薄明かりに照らされた洞窟は、扉を隔てただけだというのにまるで別の場所に来たかのような解放感を覚えた。
天井は遥か高く、足元には多くの座席。上と左右に広がる空間の先には、舞台があった。
その舞台には、既に二十人近い人たちが登壇しており、各々が持つ楽器の
「あ、いた」
舞台に耳を向けながらもレイヤーを探していたネンディは、そんな舞台の正面にレイヤーが座っているのを発見した。四人は慎重にレイヤーの近くへと移動し、なるべく音をたてずに椅子へと着席した。
調律は程なくして終了し、指揮者がメンバーに目配せする。響いていた調律音は途切れ、残響が辺りを支配する。一瞬のようで、まるで無限に続く緊張の時間。
ゆっくりと、指揮棒が降りる。
合図とともにチューバとバリトンサックスが、音の降り立つ地面を作る。バスドラムが地形を歪め起伏を作ると、そこへホルンが空を描き出す。まさに今には、音楽だけが作り得る世界があった。
「きれい…」
カノンは思わず口にした。
ふわりと添えられたフルートの音はまるで小鳥のさえずりのように耳をくすぐり、ユーホの
そう、耳を通して広がる世界には『生命』が広がっている。生き物の、生きようとする力強さが溢れる旋律が、そこかしこに満たされていた。
演奏の終盤、今までほとんど脇役だったトランペットとトロンボーンが突如メロディに躍り出た。軽快なリズムと、どこまでも伸びる高音は、あたかも獰猛な動物たちの咆哮のように周囲一面に轟いたのだ。
ひとしきり動物が
そう、これは音楽だ。
耳でしか受け取っていないはずの情報が、不思議と視覚・聴覚・触覚まで拡張され、知らずその世界にいたかのような感覚に陥っていた。
気がついたときには、演奏は終わっていた。
「いつもながら、素晴らしい
レイヤーは拍手をしながら舞台へと近づく。それに答えるようにクラリネット奏者だった初老の男性が立ち上がり、レイヤーへと向き直った。
「今年は早いね、レイヤー君。いつもなら冬の前に来るというのに」
「ええ。帝国へ向かう用事がありまして、次いつ来れるかわからなかったので、先にこちらへ」
「ほほう、それは後ろの四名と関係ある話かな?」
顎髭をさすりながら初老の男性は、レイヤーとは少し離れた場所に視線を向ける。
「バレていましたか……」
レイヤーは小さく呟くと、その男性が視線を送った、タクトたちが座っている場所へ振り向いた。
「ちょ、団長はんはともかく、そこの楽士はんにもバレとったんかい!?」
「ははは。元・天奏楽士の集団に音楽で競おうなんざ、いくらあんたが
ネンディは音隠しの演奏を止めると、つかつかとレイヤーへと詰め寄った。
「そもそもこんな夜更けに一人で宿を出たりしたら、気になるんはしゃーないと思うんやけど?」
「は、はは…… いや、いつもこの時間なので、気を使ってですね……」
「レイヤー、正直に言いなさいな」
舞台にいる別の楽士がレイヤーに優しく話しかける。
「……そうですね、バレたくはなかったのですが、隠し通すつもりもありませんよ」
そういうとレイヤーは、再度タクトたちに座るよう促した。
「ここは墓場の丘の中にある『鎮魂の劇場』という場所で、代々
レイヤーは上を向き、タクトたちも同じように上を見るようジェスチャーで促す。
「何あれ…… 箱?」
カノンはうっすら光る天井から黒い箱がぶら下がっているのを発見した。その数、七つ。
しかし、そのうちの二つは中身が見える状態になっていた。ひとつはもともと底が抜けており、もう一つは……
「底が、なくなってる箱が、ある?」
「あれらの箱は、この世界に顕現した
「ちょい待って! もう一つは? なんで開いてるんや!?」
残るもう一つの櫃は、中から無理やりこじ開けられたようになっていた。
「あの櫃が開いていたその日、私はここで倒れていたのを発見されたんです。――十年前に」
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