4-3 和音鳥のいる岩戸

 夕食を済ませ、明日の早朝出発に備えて早めの就寝を言い渡されたタクトらはレイヤーの不自然な振る舞いに違和感を覚えつつも、反論する理由がないためにしぶしぶ従い、すっかり日も落ちた田舎の村では特にすることもないため、すんなりと各部屋へ入っていった。


『何と言うか、特産品の唯一性の割にあまり村が栄えていないのが不思議です』


「環境が、ね。どうしても人が寄り付かなくなるような施設があれば、避けたり離れたりしようと思うのは仕方ありません」


「山奥だし、街道からも外れてるから仕方ないさ。お墓は普通、気味が悪いし」


 いくらかティファたちと話をしていたタクトだったが、知らず舟をこぎ出したタクトに布団をかけて、ティファらも床に着いた。




 ヌートは静かに奏でられるクラリネットの音に気が付き、カウンターから鍵を一束取り出した。


「ちょっと遅いくらいかな? ほら」


「ありがとうございます」


 クラリネットの演奏者に鍵を投げて渡すと、そのままヌートはカウンターの奥へ引っ込んでいった。


 音が止むと、今まで微かな音が支配していた空間にレイヤーが現れた。そして、そのまま宿を出ると村のはずれの丘の方へと足を運んでいった。


「……どこへ行くのかしら?」


「田舎の、何もない村の夜中に出掛ける用事…… 昼間の『お参り』ちゃうか?」


 たまたま寝る前にと、入った浴場から戻る途中のカノンとネンディは、宿の外へと向かう団長の姿を目撃した。


「やっぱりお墓参りなのかな?」


「気になるわぁ……」


 口にはしても行動に移さないネンディに横目でカノンが訴える。その右足は、部屋へでなく、出口へと向いていた。


「そう言うとこは、気が合いそうやな」


 そう言いながら、ネンディは自分の長い髪を留めていたアクセサリーを抜きとると、口に咥えて一息吹き込んだ。すると、カノンは視界がわずかに歪んだのを感じた。


『ちょっと音が伝わりにくくなる曲や。離れんかったら二人くらいの足音は聞こえなくなってるはずや』


 そのまま二人も宿の外の闇へと溶け込んでいく。


 決して大きな村ではないが、周囲はなぜか仄かに明るい。これは、腰のあたりの高さに点々と明かりがともしてあるからだ。そのおかげで村のはずれまでは手持ちに明かりがなくても迷わず進むことができる。


 だが、レイヤーが向かった先はすっかり明かりが途切れ、少しずつ山道へと進む方向へと向かっていた。


『あの方向って、何があったっけ?』


 カノンは、昼間に村を周っていたときの記憶を呼び起こしていたが、いまレイヤーが向かっている方向への案内は無かった。しかし、きちんと路面はタイルで舗装されたものであるので普段から使わない道ではない。不審に思いながらもどんどんとレイヤーは先へと進んでいく。二人も、徐々に月明かりが頼りになる暗い道を静かに追いかけていく。


 時間にして三十分も経たないうちに、ある門の前に来た。切り立った崖の下、大きな扉の前には一対の獣の石像が扉に向かって立っていた。


 レイヤーは恭しく一礼し、扉を開けて入っていった。


「……入って行ったな」


「入って行ったわ」


 曲を解除し、二人も門の前に近づく。


「これ、和音鳥コードバードの像ね。ということは、結構神聖な場所なんじゃあないかしら?」


「……変やな。普通の墓地にすら普通は和音鳥コードバードの石像なんか置かへん。まさかとは思うけど」


 和音鳥コードバードとは、くちばしが少し幅広くなっている変わった鳥で、鳴き声と声の通る隙間を変化させることで色々な音を奏でることができる鳥の事である。この特徴から和音鳥は古くから『神の声の伝達者』と呼ばれ、その姿が描かれた絵や模した石像などが神殿や聖域などに祀られることが多い。そして、ネンディの言う通り墓地や霊園などにはおかれることはまずない。死者には静寂を捧げることが一般的であり、音を奏でるこの鳥はあまりにそぐわないからだ。


 つまり、ここに祀られているのはただの死者ではない、とも言えるだろう。


『まさか、ここにコーディルスの遺体、が?』


 少々震える手を抑えながら、カノンが扉に手をかける。


『……あれ?』


 開かない。音を立てないようにと気を付けながら開けようとしたのが悪かったのか、と思ってもう一度力を込めて扉を引く。


 が、扉はびくともしない。まるで岩に描かれた絵のように。


『開かへんのか? ウチが開けてみるわ』


 演奏を止めてネンディが扉に手をかける。しかし、結果は変わらず。全く開く気配はない。


 そこへ。


「あ、やっぱり。みんなここにいたんだ」


「「!!」」


 突然声をかけられた二人は飛び上がるほどに驚き、一斉に声のした方向へ体ごと振り向く。


 そこには、ティファを傍らにタクトが立っていた。


「たったたたタクト! いつから!?」


 驚きと緊張で舌が安定しないカノンは、激しいタンギングで『タクト』を綺麗に捌ききれなかった。


「さっきだよ。気が付いたらレイヤーがいなくて。ヌートさんに聞いたらちょっと迷ってたけど、ここを教えてくれたんだ」


 そのままスタスタと前に進むタクトも扉に挑む。


「……ん? あれ? ナニコレ重てっ!」


「ああ、タクトでもダメか……」


 開かない扉を前にぐいぐいと悪あがきするタクトに、ティファが肩をトントンしてきた。


「ん? ティファも開けてみる?」


 こくり、と頷くとティファは扉の前に立つ。


 左右の和音鳥に目を配せ、正面に向き直って一礼する。ゆっくりと手を扉にかざすと、ティファは小さく呟いた。


『……ぃま』


 そしてゆっくりと扉を引くと、先ほどレイヤーが開けたときのように音もなく扉が新たな空間を展開した。


「うわーぉ……」


 開いた勢いでそのままティファが先に入り、次いでカノン、タクトが入って行く。


「てか、今ティファちゃん喋っとったことない?」


 微妙に納得のいかないネンディが最後に入り、扉は再び静寂の中で役目に付いた。

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