4-2 セメタリー・ヒル

 グランヴェル帝国は東の海を超えた先にあるエフェレシア大陸に存在し、大小あわせて十二の国々を統括している。戦争が終わってからも各地で大型楽器や楽士のヘッドハンティングを続けていることからあまり良い噂が流れず、レイヤーたちも最近その影響を受けたことでも耳に新しい。


 その帝国側から召喚要請が来たということではあったが、レイヤーたちがいるメルディナーレから帝国へはゆっくり向かっても七日あれば到着できる。指定の十日を考えれれば別段急ぐ必要がないと分かったレイヤーは、メルディナーレから直接船便で向かうのではなく、いったんこのベークレフ大陸をメルディナーレから東端にある港町スレイドへと向かい、途中の『墓場のある丘を臨む村セメタリーヒル』へ寄るルートを提案してきた。


 唯一難色を示したのはネンディだ。


「そりゃ、メルディナーレここからやとと遠回りになるし、運賃も高いで。せや言うてわざわざ墓場のある丘を臨む村セメタリーヒルに寄らんでもええんんちゃう?」


「私は名前くらいしか知らないから、行ってみたくはあるけど」


「俺も。ねえ、なんでそんな縁起の悪い名前がついた村に寄るんだ?」


「もともとの名前は『ピオリ村』という名前があるんですよ。ただ、特産品が『入れ物ケース』なんです。楽器などの」


「……『など』?」


「楽器じゃないケースも作っている、ってことね」


「察しがいいですね、カノンさん。人の棺桶なども生産しているんです」


 人や生き物は、死ぬと音に帰ると言われている。音になった体はまた人や他の生きものへと、命を持つ音へと変わるのだと。


「音に帰すことなくその死をいたむ習慣が生まれてからは、音に帰る前に棺桶に入れて埋葬することが習わしとなりました。それにより棺桶は音を漏らすことのない特殊なものである事が重要とされ、ピオリ村はそんな棺桶を生産できる数少ない環境と技術を持った職人が住む村として重宝されています」


 そんな村で作られた棺桶を埋葬する墓場が自然と近くにできたのだから、墓場のある丘を臨む村セメタリーヒルと呼ばれるようになったのです、とレイヤーは続けた。


「そして、一切の音を漏らさず外の音も入れられないほどの技術は、ある遺体の保管に使われるようになったんです」


「ある遺体?」タクトがオウム返しで問いかける。


音怪の君主コーディルスや。あの村には、代々のコーディルスの遺体が眠ってるんや」




 乗合馬車で二日半。途中の簡易宿場で宿泊してたどり着いたピオリ村は、ベークレフ大陸を東西に分断する山の中腹にありながら、もっともなだらかな台地にその家屋を連ねている。周囲には良質な木材である樹木らが生い茂り、適度な太陽の差し込みに職人の手が行き届いている印象を受けた。


「さ、明日には港町スレイドに着きますし、今日は少し早いですが宿を取って休みましょう」


「あ、レイヤー! どうするのさ」


 さて、ここで一つ問題が発生する。


 先日までは経費の削減という名目もあって簡易宿場では一部屋しか借りなかったが、通常の宿場では勝手が違う。まだタクトたちはのだ。


 当然、普通に部屋を借りるとなれば男女で分けなければならない。ともすればカノンとネンディ、そしてティファが同室となる。が、それだとティファが安心して休めない。とはいってもタクトたちと同じ部屋で寝るにはネンディから何を言われるか分からない。


 しかし、レイヤーは顔色一つ変えずに「私たちと同じ部屋で大丈夫ですよ」と答えた。


「……大丈夫かなぁ」


「ふふ。大丈夫ですよ。案外ね」


 レイヤーは慣れた足取りで宿に着くと、『ヌート』と名札を付けた受付のおじさんに部屋の手配を申しつけた。受付のおじさんは何度かタクトたちに目配せしてから、笑顔で二部屋ぶんの予約を受け付け、それぞれを案内してくれた。


「今年は一人じゃないんだな、レイヤー」


「いろいろとありまして。あ、でも『お参り』は今年もしますよ。ちょっと早いですけどね」


「お参り? お参りって?」


「あ、あなた達は直接関係ないですし、私ひとりでいいですよ」


「なんやなんや、団長はんはこの村の事詳しいんか?」


「詳しいってもんじゃない。彼はこの村で『見つかった』んだよ。その辺の話、してないのかい?」


 突然、一行はヌートさんから衝撃的な話をされる。


「ヌートさん、そこからさきはまた私から話しますから……」


「なんだそうか。まあ、安心していい。彼は特別だからね」


 そう言って、ヌートおじさんは鍵を渡しつつ、案内を終えたのでまた業務へと戻っていった。


「……団長はん、ちょっと詳しく話を聞こうか?」


 ネンディは、逃げようとするレイヤーの服の裾を掴むと、そのまま男部屋へと入ろうとする。


「ああっと! いけませんネンディさん! ここは私とタクト、そして楽機のティファさん専用ですんで! あなた達は隣の部屋へ!」


 一瞬でネンディの腕を振りほどき、タクトとティファを部屋に入れると一拍の隙もなく部屋を閉めてしまった。


「あ! ……まったく、港町に行くまでに絶対に聞きだすさかい、覚悟しいや!」


 パタパタと二人分の足音が隣へ行くのを聞いた後、三人はようやく深い息をついた。


『……なんとか自然に、私もこちらに来れましたね』


「あ、そうだっいやいや! 計算通りです!」


 レイヤーの慌てふためく姿をみて、二人は再び深く息をついた。

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