解き放たれた無音の櫃

4-1 招待状

『一人は寂しい』

         『誰か見つけて』

                  『一緒に居てほしい』


 言葉にならないカケラは、浮かんでは消える。


 届かない思いは、虚空へと吸い込まれる。


 ただの音ならよかったのに。


 ただ思っただけだったのに。


 一度知った喜びを、一度味わった幸せを、もう一度望むことは罪になる?


 私はここにいる。


 私はここにいる。


 だけど、誰もそれを証明できない。


 誰もそれを知ろうとしない。


 深い闇の、底の方で。


 遠い時間の、果ての先で。


 私は、ついに永遠を打ち砕く音を聞いたのだ。




「……十日以内、ですか。意外と良心的な日程なんですね」


 レイヤーは急いで本部へ戻って詳細を聞いた。


 詳細は「到着後に直接申し出る」としたものの、なんとグランヴェル帝国の帝王カイザーが直々にサレインノーツ楽士団を指名し、面会を『依頼』してきたのだ。


「多分、あなた達が報告してくれた内容をまとめたものがグランヴェル支部に連絡が行って、皇帝がその内容に興味を持ったってところかしら」


 基本、国を跨いだ問題活動は、その両国に情報が共有される。楽士同士のいさかいであるなら尚更である。今回の件に関して言えば、帝国側とアレクセント共和国こちら側とで共有した結果、帝王の目に止まった、ということだろうか。


「ですが、なぜ組合ギルドの情報が帝王様へ流れたんでしょう?」


 実は、組合と国とは協力関係にありながらも、表向きは別の組織であり、双方非干渉をうたっている。


 これは、楽士だけで構築されたネットワークに余計な命令系統を付与することを防ぎ、スムーズな楽士団運営を可能にするためである。これによって国外に楽士を派遣する際も、一般人なら出国許可や認可を取る必要があるが、楽士であれば身分証明のかわりでもあるイヤリングを見せるだけで問題ない。逆に言えば、楽士であるということは重い責任を負っているとも言えるだろう。


 それだけに、レイヤーが言った「組合の情報が国へと流れている」ことの不自然さは、本部の他の係員にも腑に落ちないところだった。


「せやけどあの帝国相手やで? 行かんとまずいんとちゃう?」


「……なんであなたがここにいるわけ?」


 さも当然のようにネンディはレイヤーへ相槌を打つところにカノンが一段と低い声で突っ込む。


「団長はんが帝国に呼び出し食らうなんて聞いて、冷静で居られんかったんよ」


「本当は?」カノンがすぐさま本性を伺う。


「あんな、『神が愛した旋律サレインズ・フルスコア』の話や聞いて黙ってられるほどお子ちゃまちゃうねん! なあ、連れてってぇな~」


「十分お子ちゃまでしょう? あなた、私の肩くらいまでしか身長無いじゃない」


「なんや、第一の音チューリンの身体的特徴を知らんのか? ウチはもう成人やし、おっぱいもアンタより大きいし、なんなら自分ジブンらよりもずーーーーーっと年上なんやぞ!」


「む、胸は関係ないでしょう! ウソばっかり! どう見てもタクトより年下に見えるわ!」


「カノンさん、恐らく本当ですよ。ネンディさんは私の見立てでは四十歳あたりぐらいかと思いますよ」


「え、そんなこう見える?」


 レイヤーの助け舟に、ネンディが頬を赤く染める。


「もともと第一の音チューリンの皆さんは成人しても、我々で言う十代半ばくらいまでしか体は成長しません。彼らは内臓の構造が私たちとは違っていて、横隔膜がないんです。そのため、楽器の演奏の際に腹筋が横隔膜の代わりをするので腹筋・胸筋の発達がすごいんです。胸が大きいのはほぼ筋肉なんですよ」


「あ、それ胸の話は別に言わんでいい情報やけどな」


「……え、それでしかも四十より上ってこと?」


 タクトは突然のカミングアウトにしばし硬直する。


「ウチはもうすぐ七十や。第一の音チューリンの平均寿命は百八十歳やから自分らで言う三十代半ばあたりやな」


 それはそれでと思ったカノンだったが、それを喉の奥に押し込んだ。


「それより、あなたの楽士団はいいの? えっと、ネンディ『さん』」


「さん付けなんて他人行儀やなぁ。まあヴェラムリオ楽士団あっちも、大事は大事やけどぉ……」


 ネンディはレイヤーの左腕にしがみつくように抱き着く。


「短い間とは言え、団長はんが楽譜に深い愛情を持ってた言うんが十分伝わった。今まで会うてきた中ではダントツや。波長が合う、言うんやろか」


「ま、まあ楽譜の知識をたくさん持つ人が入団してくれるのは助かるのは事実ですし」


「決まりや!」


 ネンディは腕を解き、レイヤーの正面に立つと姿勢を正し、頭二つ高いレイヤーの目を見据えた。


「二級楽士ネンディ・エードゥ! パートはフルートや! サレインノーツ楽士団に入団を希望するで!」


 レイヤーは苦笑いしながら頷く。嫌なことは嫌。好きなことは好き。まっすぐな彼女の行動を遮ることは誰にもできないということは、ここ数日レイヤー自身が嫌と言うほど見てきている。


「ええ。これからもよろしくお願いします。ネンディさん」


「……厄介者が増えただけな気もするわ」


 そういうカノンの視線はネンディの胸へと注がれていた。まだ気にしているのだろう。


「カノンだって、チューバを演奏しやすそうに見えるけど」


「え、そう?」


 カノンは、タクトの慰めを聞いて彼の方を見ると、その視線は明らかに自分とネンディの『ある部分』を比べているのが分かった。


「……なるほど。楽器と体の間にほうが演奏もしやすいものね!」


「あ、違、そうじゃなくてやめて楽機は反則ごめんってイヤあああああああああ!」

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