3-7 その声の届く君

 ミドローインの宿泊施設に限らず、大体の宿屋は各部屋に防音処置が施されている。また、大型楽器の搬入を考慮されており、たとえ一人が泊まる部屋であってもグランドピアノの搬入が可能な広さと搬入口が大体の宿屋には備わっている。


 レイヤーたちがヴェラムリオ楽士団から間借りした部屋もその仕様に外れず、四人で寝泊まりするにはかなりの広さと防音設計がされている。


「ここなら、多少話をしても聞かれることは無いでしょう」


 そういうことで、街に入ってからようやくティファは沈黙から解放されることとなった。


『……逆に、いきなり話してもいいよって言われても、何から話していい分からないんだけど』


「俺はコダから出たことなくて、こんなにたくさんの人や建物、それにティファ以外の楽機が見れたの、初めてだったぞ。ティファはダルンカートに来る前はどこにいたんだ?」


『ああ、そうね…… 賑やかだったのは覚えてるけど、どこにいたとか、どんな人がいたとか、そういうのあまり覚えてない。タギングにあったあたりからの方がよっぽどよく覚えてるくらい』


「結構最近の話題ばっかりなのよね。ティファのする昔の話って」


『うん。タクトが生まれてからの方が毎日が楽しくて。それより前の事は、どちらかというと私をモノとして扱う人ばかりだったし。タクトみたいに話を聞いてくれる人は少なかったのかもね』


「では、久しぶりの外出といったところでしょうか?」


『そう。劇場があんなことにならなかったら、きっと今でもあそこにいただろうし』


「え? じゃあずっとあそこにいたかった?」


 タクトが心配そうにティファの顔を覗き込む。


『……タクトのお願いなら、一緒に来たかもね。私の声が聞こえる数少ない友人だもん』


「あ、そうだった。タクトはティファの声を聞けるんだっけ」


 レイヤーが『あっ』という顔をする。


「あ、そういえばみんなは聞こえないんだっけ、ティファの声」


「……タクトくん、初めて君と出会った時、あなたはまだ楽士ではなかったですよね」


「そもそも、レイヤーに楽士にしてもらったんだけど」


「これは常識とも言える事なのですが……」


 レイヤーは、ずっと抱いていた疑問をタクトにぶつけた。


「なぜあなたは、ティファさんの声を聞けるのですか?」


 レイヤーの顔は真剣だった。


「え? 何を言ってるの? レイヤーもカノンも、ティファと会話してたじゃないか」


「そうですね。確かに私もティファさんとお話したことはあります。ですがカノンさんがティファさんと話すことができるようになったのはつい最近じゃあないですか?」


 カノンは深く頷く。


「……え? そうだっけ」


「まだ私が楽士になる前は、タクトにティファの言ったことをまた聞きして会話してたのよ。普通の人は、から」




 メルディナーレで行われる吹奏楽の祭典はそれから四日後、三日に分けて行われた。


 中でも、一級楽士の上の階級にあたる『国響こっきょう楽士』だけで構成された楽士団『ユーティアーノ楽士団』の演奏は、最終日のトリを飾るにふさわしい演奏だった。


「あれでまだ天奏楽士になるには間に一つ階級があるなんて、想像できませんね」


 レイヤーはその滞在時間のほとんどをネンディや資料館への時間に費やしていたが、最終日のゲスト演奏だけ会場に来ていた。レイヤー曰く「それだけの価値がある」とのことだったが、確かに素晴らしい演奏だった。


「まさに『国に響き渡る』とはこの事です。種族も楽器も超えてもたらされた演奏は、メルディナーレを飛び出して周辺にいる音怪すべてが浄化されたと言っても過言ではないでしょう」


 レイヤーの言葉は決して冗談や比喩ではなく、実際この祭典の開催理由の一つに、メルディナーレにいる音怪を一気に浄化する目的も存在する。むしろ、他の楽士団が前座よろしく演奏して団員募集をすることがあとから発生した演目であるとも言えるのだ。


 僅か二十名足らずの人数であるにも関わらず楽機もなしに紡がれたフレーズは、会場の外にいても響く低音からどこまでも遠くに飛びゆく高音の


 そして、光あれば闇あり。レイヤーたちと一緒に演奏を聞いていたヴェラムリオ楽士団は、やはり新規入団者が現れなかったようだ。


「最近は、自分から楽士団に入ろう言うもんは少のうなってます。優秀な楽士が増えて、自分から危険な依頼を受けに行かんでもようになった言うことは、それだけ安心して暮らせる世界になっとるということですし」


 ヴェラムリオ楽士団の団長パテーノは、それでも寂しそうな顔をしながら片付けを始めた舞台を眺めている。


「ウチの団も、他の楽士団への吸収の話が出てますんや。団員の中には加齢で体の不調を理由にまともな演奏が出来んくなってきた奏者が増えてきて、もう今年の運営も難しゅうなってきとる」


「パテーノ団長! 来年もありますやんか! 今の今で集まらへんかったからって、諦めたらそれでしまいになってまう。そんなん……」


 ネンディは団長の言葉につい口を出してしまう。


「……せやな。まだ自分ネンディみたいな若いモンる。けどな。やけど、だからこそ自分らには、自分の力を発揮できる楽士団で頑張ってほしいとも思うんや」


 解散・吸収は今ではないにしても、恐らくヴェラムリオ楽士団は近いうちに無くなるだろう。タクトは、そんな予感がしていた。


「なら、どこかに行ってしまわれるくらいなら、彼女だけでも我が楽士団に受け入れたいと思いま「レイヤーさーーーん!」」


 ここぞとばかりに勧誘を始めたレイヤーの声にかぶるように、遠方からレイヤーを大音量で呼ぶ声が耳に届いた。


「この声、本部の受付にいた人じゃない?」


 カノンの勘はあたり、組合にいた受付の制服を着た女性が神妙な面持ちでこちらへと向かっていた。


「はあ、はあ、ふぅ…… 最終日の演奏は聞きに行くと聞いていたので」


「何事ですか? 資料館からは特に持ち出しはしてませんし」


 心当たりがないレイヤーは、受付の女性の狼狽ぶりに状況を飲み込めないでいた。


「伝言です。〝帝国〟の楽士団組織連合から……」


 『帝国』と聞いて一瞬身構えたレイヤーたちだが、続きの言葉でレイヤーだけがほくそ笑んだ。


「〝帝王カイザー〟が直々に、『神が愛した旋律サレインズ・フルスコア』について話がしたい。直ちに参られよ、と」

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