第17話

 相島教授が途中で腹を立て記者を怒鳴りつけるというアクシデントはあったものの、記者会見は無事に終わり、控室で千佳はみんなと一緒にお茶を飲んでいた。まだ怒っているんではないかと千佳ははらはらしながら時折教授の顔を窺っていたが、当の本人は存外、機嫌が良さそうに祖父と談笑していた。

「それはそうと、お二人とも大変でしたな」

 祖父との会話が一通り済むと、いきなり相島教授が修介と千佳に語り掛けた。

「すいません。なんだかせっかくの会見を台無しにしたみたいで」

 千佳の思いを修介が代弁するかのように答え、千佳は修介の顔をそっと見てから頷いた。

「なんの」

 教授は悪戯いたずらを見つかった子供のような笑みを浮かべた。

「おかげさまで記事は大々的になるでしょうな。発見しただけでも十分一面に載る価値があるが、社会面にも関連記事が出ることになるでしょう。なにより発見にまつわるストーリーがある。歴史的発見にストーリーが加わると人々を惹きつけ、その記憶に残るものです。あまり良くないたとえですが、ツタンカーメンなんかその典型ですな」

「でも・・・あんなに怒られていたから」

 千佳が小声で言うと、ははは、と教授は笑った。

「なに、あれはわざとでね。学芸面・文化面の記者の中には政治や社会面から移って来た記者もいる。そうして記者はついついそうした要素のある方に興味が行ってしまうものですからね、ちゃんと発見自体の評価をきちんと記事にしろ、と叱ったんです」

「そうなんですか・・・」

 頷いた千佳を見て教授は心配そうに千佳の顔を見た。

「いや、僕もね、その話を聞いて、こういっちゃなんだがまるでドラマを見ているような気がしましたよ。とはいえお嬢さんには怖い体験でしたね。本当に大丈夫ですか。僕の生徒の中にもお嬢さんとたいして歳の変わらない子たちもいるんで、人ごとには思えなんだ。悪いやつらが捕まってほんとうに良かった。」

「ありがとうございます。今のところ大丈夫です」

 千佳は頭を下げた。

「ああいう犯罪者と言うのはのさばらせてはいけない。同じ犯罪を繰り返して起こしていたそうじゃないか。警察も手緩てぬるいが、日本の司法はどうかしているね。ま欧米ではもう少しましな矯正を行っているし、それが有効でない場合はもう少し踏み込んで犯罪者に処置をする。過去の事例にとらわれ過ぎてジャンバルジャンの時代のような犯罪者への対応を今でも続けているのはどうかと思うね。今の犯罪者は貧困や困窮を理由に犯罪を行っているわけではないのだから。一種の社会病理現象だよ。それを踏まえて刑事訴訟法を変え、それに相応する施設と療法を整備するべきなんだ」

 大学教授らしく持論を滔々とうとうと述べると、それにしても、と前置きして

「あらためてお三方には感謝します。大変なものを見つけてくださった。正直なところ、私は人生でこんな日を迎えられるとは思わなかった」

 と言うと深々と頭を下げた。それを見て、

「いや、そんな・・・」

「頭を上げてください」

 慌てて三人は声を合わせた。


「姉ちゃんがテレビに出てた」

 帰って来るとすぐに弟が未知の生物を発見したような眼で出迎えた。地元のテレビ局が話を聞きつけてカメラを回していたから、千佳もそんなこともあるかな、とは千佳も思っていた。

「今日は御赤飯だってさ」

 赤飯が好物の弟は嬉しそうだった。

「私・・・ちゃんと映っていた?」

 弟は激しくかぶりをふった。

「え?どこか変だった?」

 千佳は思わず全身をチェックした。

「変じゃないじゃん」

「姉ちゃんが、いつもより全然大人しかった」

「なによ、それ?」

 むくれた千佳に向かって

「だって、姉ちゃんらしくなかったもん」

 弟は真顔で答えた。

「なんかどじをやってくれるかと思っていたのに」

 千佳は思わず弟を踏ん捕まえようと手を伸ばし、龍彦は巧みにそれをかわして逃げて行った。そのドタドタを聞いたのか、

「千佳、帰って来たの?」

 奥から母親の声がした。

「うん。いつもと変わらない姉ちゃんのまんまだった」

 千佳の代わりに階上に逃げた弟が答えた。

「あら、まあ・・・」

 とんとんとんと足音がして母親が顔を覗かせた。

「お帰り、ニュースに出ていたよ、あんた」

「うん、聞いた」

「おじいちゃんも一緒にね、今日はお祝いしようと思ってね、赤飯」

「え、おじいちゃんも呼んだの?準備大丈夫なの」

「任せなさい。それよりもあんた。ちゃんと録画もしておいたからね。夕食を食べながらみんなで見よう」

「いいよ、そんなの。恥ずかしい」

「もういろんなところから電話がかかってきちゃって、大変よ」

 母親は千佳のいう事なんかろくすっぽ聞かずににこにことしている。

 はぁ、と千佳は内心溜息を吐いた。

 なんだか知らないうちにまるで航海が始まったような気がする。曖昧な気持ちを抱いたまま船は岸を離れていく。自分の乗った船がどこに行きつこうとしているのか分からない。でも・・・その船には修介も一緒に乗っている。いや、修介はその船を操っているのかもしれない。そう思うとその船に乗ってどこまでも行ってみたい気もした。


「美味しかったよ」

 祖父は母の料理をめた。テレビの画面はまた千佳と祖父が映っている画面を映している。これで八度目だ。

「ほんとうに、もっとたびたびいらしてくださいな」

 母は答えた。

「そうだよ。おじいちゃん、もっと来てよ。そうしたらいつもよりご馳走が増えるじゃん」

「こら、それじゃいつも粗末なもの食べさせているみたいじゃない」

 母親が叱った。とはいえ、実際滅多に目にすることのないご馳走だった。

 赤飯に天ぷら、野菜の煮つけ、鯛やまぐろにボタン海老のお刺身、豚汁、テーブルに所狭しと並んでいた料理はあらかた食べつくされていて、お茶を運んできた母親と入れ替わりに父親が食べ終えた皿を台所に運んでいった。

「もういいよね、テレビ」

そう言ってテレビを消すと、

「私も片付ける」

 千佳は席を立って、

「ほら、タツも」

 と弟を促した。

「えぇー?姉ちゃんおじいちゃんが来ていないときはそんなことしないのに」

 ぶつくさ言いながらそれでも弟も席を立った。

「今日はお皿の数が多いんだから」

「分かったよ」

 渋々と姉の後から皿を運んでいく龍彦をにこにこ眺めながら、祖父は母親に

「いい子供たちじゃないか」

 と言った。

「ほんとうにおかげさまで」


 皿を洗い終えた千佳が戻って来ると、祖父は真面目な顔で

「明日、私の家に来なさい。面白いものを見せてあげよう」

「面白いもの?」

 千佳が目を上げると、

「僕も面白いもの見たい」

 龍彦が口を挟んだ。

「来てもいいが、面白いものと言うのは昔の本だよ」

「なあんだ」

 龍彦は不満げに頬を膨らました。

「じゃあ、いい」

 ぶしつけな弟の頭をこつんと指ではじいてから

「分かりました」

 千佳が答えると、祖父は満足げに頷いた。

「さあさ、食後のコーヒーですよ。龍彦はジュース」

 母親がそう言って大きなお盆に飲み物を載せて持ってきた。


 翌日、学校での修介と千佳はヒーロー扱いだった。定家本の発見、というよりはテレビに出た事と、発見に伴うドラマティックなストーリーが地方紙に詳細に掲載されたことがその理由で、香奈を始めとするクラスメートだけでなく、あまりよく知らない一年生の女の子から握手を求められたりして千佳は戸惑った。

 先生たちは修介を謹慎処分してしまったことで、対応に苦慮したみたいではあったが、放課後担任の吉田に呼び出され、

「今週中に校長先生が朝礼で君たちの事を紹介することになると思うから、心構えをしておいてくれないか?つまり、まあ歴史的発見の立役者、っていうことでさ。校長も学校の誇りだって言い始めてね」

 と尋ねられた。吉田はさすがに少し言いにくそうに言葉を選んでいた。そう告げられた時、

「え?」

 思わず呟いて、千佳が横にいる修介を見遣ったのは、修介がどう答えるのか気になったからだった。謹慎処分をされたばっかりなのに、次は朝礼で紹介って・・・大人って勝手だなぁ、と千佳でさえ思う。まして謹慎処分なんて食らった修介はどう思うだろう?

 だが、修介は、あっさり、

「僕はいいですよ。芹沢さんは?」

 と言って千佳を見遣った。

「ええ。分かりました」

 千佳は答えたが、修介の余りに淡々とした様子がなんだか気になった。


「ねぇ、修介」

 自転車置き場から自転車を引っ張り出し、並んで押し歩きをしながら千佳は修介に尋ねた。修介も祖父の家に呼ばれたからと言って、一緒に帰る途中だった。

「ん?」

「腹、立たないの?」

「何が?」

 修介は眩しそうに千佳を見た。

「だって・・・。謹慎処分をしておいて、今度は朝礼で挨拶してくれなんて、学校の誇りだなんて、学校の先生って勝手じゃない?吉田先生は最初から味方してくれていたから言い返さなかったけど、もし言って来たのが戸倉先生とかだったら、私キレちゃったかも」

 戸倉と言うのは千佳に嫌味を言った女性の副校長である。

「いや・・・。だって定家本を見つけたっていうのは誇れる事実だ。だけど相手に重傷を負わせたというのは現実だし、僕が先生たちの立場だったとしたら、同じ処分を負わせないなんて自信はないからね」

 修介は真っ直ぐを見ながら答えた。

「でも・・・」

「それに・・・」

「それに?」

 千佳の問いに修介は躊躇った。

「あの時、君が襲われかけた時、僕は自分じゃなかったような気がする。その方が気になるんだ」

「・・・」

 千佳は黙った。確かにあの時の修介はいつもの修介と違っていた。もしかしたら、叔父さんをあの時・・・。下手をすれば殺してしまうんじゃないかと思うほどの迫力があった。

「千佳もそうだったんじゃない?」

 修介は黙ってしまった千佳にそう語り掛けた。

「え?どうしてそう思うの?」

「千佳があいつらに襲われそうになった時、何て叫んだか覚えている?」

「助けて、修介って、呼んだ」

 千佳の言葉に修介はかぶりを振った。

「あの時、千佳は『助けて修理様』っていったんだ」

 修理さまって・・・誰?もしかしたら夢に出てきた鎧兜を被った修介とよく似た人の事?

「うそ・・・」

 千佳は目を瞠ったが、修介は

「僕が覚えているのはそこまで。自分に戻った時は、あいつらが地面に転がって呻いていた。叔父貴は気絶していた」

 と言葉を継いだ。

「警察にもそう言ったの?」

 うん、と修介は頷いた。

「でも、信じてはもらえなかった。でもまあ、釈放されたから同じことだけど」

「ふうん・・・」

「千佳にだけは言って置くけど・・・」

「うん」

「覚えていないっていうのは半分しか本当じゃないんだ」

「どういうこと?」

 学校の前の道は歩道も広くて二台並んで歩けるが曲がると狭くなる。だから、千佳は道の脇に自転車を停めてスタンドで立てた。修介も同じことをした。

「まるで千佳の見た夢と同じみたいだった。けど僕は眠ってもいないのに夢を見ていた・・・そんな気がする」

 昔の事を思い出すような遠い目付きをすると修介はそう答えた。

「まるで時代劇をみているみたいだった。僕は刀を持っていた。重い刀・・・。相手は武士だった。でも江戸時代のきれいな羽織をきているような武士じゃない。もっと地味な・・・なんて言ったらいいんだろう?」

「分かる。私も夢を見た時同じだったもの」

 千佳は頷いた。やはり・・・いや、きっと私たちは同じ世界の幻想を見たんだ。

「相手も刀を抜いて僕を襲って来た・・・。僕が戦ったのは沼田や叔父たちじゃない。顔立ちも違っていた。でも僕が助けようとしていたのは確かに千佳だった。着物を着ていたけど確かに君だった。あれは何だったんだろう?」

 下校途中に脇を通った下級生たちが千佳たちに気付いて、キャーと言いながら近づいてきた。

「先輩、握手してください」

「あ・・・うん」

 千佳だけではなく、修介も握手を求められて、へどもどしながら応じていた。

「ここにいると同じ目に遭いそうだね」

 修介が自転車のスタンドを蹴った。

「行こうか」

「うん」

「何?」

「修介、ちょっと嬉しそうだった。女の子たちに握手求められて」

 千佳がからかうと、修介は

「そんなことあるわけないじゃない」

 と怒ったように答えた。

「ふふふ、けちゃった」

 千佳の言葉に先を歩いている修介は振り返った。

「僕は・・・千佳だけだから」

 そう言うと、修介はどんどんと歩き出した。

「待ってよ」

 千佳は慌ててそう言うと自転車に跨った。そしてまだ歩いている修介に

「先に行っているからね」

 と追い越しざまに声を掛けたけど、その頬は薄く紅色に輝いていた。


 修介は千佳の後ろをゆっくりと漕いで祖父の家についた。

「私の勝ちだね」

 先に着いた千佳がそう言うと、

「うん」

 修介は素直に頷いた。

「でもさ・・・」

 修介は言った。

「なに?」

「僕はずっと千佳の後ろ姿を眺めることができた」

「え・・・」

 千佳は自分の顔が真っ赤になったような気がして、つっと顔をそむけ、

「しらない」

 そう言うと、自転車のスタンドを立てて、祖父の家に駆けこんでいった。


「おじいちゃん、面白いものって何?」

「おお、来たか?学校はどうだったかな?」

「うん、なんだか大騒ぎ。私たち、朝礼で何か挨拶させられそう」

「そうか、こっちも大変だ。あの記者会見が終わってから全国紙やテレビからの取材が殺到しているらしい」

「え、大丈夫なの?」

「市の方で対策してくれることになった」

 にこにこしながら祖父は答えた。いつもは謹厳実直を絵にかいたような祖父だったが、生き生きとしている。やっぱり注目されるという事は人生に生き甲斐を与えてくれるようだ。

「すごいね・・・」

 溜息を吐いた千佳と、横に座っている修介を交互に見てから、

「それはそれとしてな」

 祖父は切り出した。

「あの時の修介君の振舞い、そして千佳の呼んだ名前・・・お前は確かにあの時、修理様と呼んだのだよ。その事がどうも心に引っかかってな。昔読んだ郷土史を片っ端から読み返してみたのだよ。そうしたら・・・」

 祖父は一冊の古びた紐綴じの和書を置いた。鉄錆の表紙に貼られた白い和紙は少し毛羽立って灰色に変色している。書名は毛筆体で書かれていて千佳には判じられなかった。

「佐治氏始末記という書物だ。江戸時代の初期に書かれたものだが、この書を書いたのはわしらの先祖で芹澤源右衛門というお人だ」

 そう言うと、祖父はその書物を二人の前に差し出した。

「ここには佐治修理亮というお方と、その許嫁である千夏さま、今までチナツと読んでおったが、もしかしたら違う読みなのかもしれん、そのお二人の事が書かれておる。残念ながらそれは悲劇ではあるが・・・。どういうわけだか、この書物の事を今までずっと失念しておった。修介君の先祖である佐治氏の最期を描いた本であるというのにな」

 修理という名前が祖父の口から出た時、思わず目を見合わせた二人は、その書物をじっと眺めた。

「おじいちゃん、良かったらそこに何が書いてあるのか教えて。私たちには読めない」

「そうか、修介君ならだいぶ読めると思うが、それなら私が大体のストリーを聞かせてあげよう。この書は我々が今住んでいる土地を治めていた佐治氏が滅んでいった時の事を詳しく書いている」

 そう言うと、祖父は語りだした。佐治氏が沼田氏の侵略を受けた時の事、叔父の裏切りによって孤立し、籠城を余儀なくされた事。そして・・・。


 城はそれから十日と十夜、持ちこたえた。千夏は祖母や義理の母と共に、城内の残った女と共に炊き出しや負傷者の手当てに没頭した。時折、夫である修理亮の姿を遠くから眺めることはできたが平時と異なり、互いに言葉を交わすことは殆どできなかった。城門は固く閉ざされていたが、それを守る城内の弓を撃つ兵士は次第に少なくなり、城門を突き破る敵の数は日増しに増えていった。城内の食料が次第に乏しくなったのは、修理が食糧を頼んでいた叔父その人が裏切ったからである。

 十日が過ぎた朝、払暁ふつぎょうと共に敵のときがあがった。大木を二本、兵士たちが担ぎ、門を打ち壊しにかかり、その傍らで弓を引くものがひっきりなしに門を守る味方の兵士に矢を浴びせかけた。一人、また一人と兵士がたおれて行った。

 やがて、千夏の居る望楼ぼうろうから、どよめく敵の軍勢が一斉に門を破って城内になだれ込んできたのが眼下に見えた。それを留めようとする味方の軍勢の末尾に夫の姿があったが、敵は雪崩を打ったかのように城の内部へと押し込んできた。それを見て

「もはや・・・これまででございますね」

 静かに言うと、はらりと一粒の涙を零し千夏は懐剣を取り出した。母と祖母は別の場所に寝所があり気がかりではあったが、もはや探しに行く猶予はない。心を鎮め千夏が鞘から剣を抜こうとしたその時、戸を蹴立てて十名ほどの兵士が躍りこんできた。

「あっ」

 と叫ぶ間もなく、先頭にいた男が千夏の懐剣を叩き落とした。

「何をなされます」

 鋭い声で問うた千夏に後ろにいた侍が進み出た。

「千夏殿、私だ」

 兜を取ったのは、見知った顔であった。

「叔父様・・・」

 そこにいたのは、佐治孝晴、夫の叔父であった。義理の叔父は

「なぜ、ここにおられます。あなたさまは夫を裏切った御方」

「勝手知ったるこの城。もとは私が継ぐはずだった城だ。抜け道を知らぬわけがなかろう」

 酷薄な笑みを浮かべると叔父は、

「そなたには死んでもらっては困る」

 と意外なことを口にした。

「なぜでございます。夫と共に行くのが武士の妻の倣い、と存じます」

「そなたに甥の手がついてないと聞いておる。沼田の領主様がそなたをもらい受けたいと仰っておる」

「何を申されます」

 男たちに体を抑えつけられながらも千夏は抵抗した。

「そのようなこと、父上が許すはずがありませぬ」

「そなたの父はもはや、この世にはおらぬ」

 義理の叔父はあっさりと言った。

 千夏は目を瞠った。そして、身をよじると、

「修理様、修理様・・・お助けください」

 と叫んだ。

「ええい、くつわを噛ませよ」

 孝晴が命じ、気を失ったかのような千夏に男たちが轡を噛ませようとした時であった。男たちの入って来た戸からつむじ風のような勢いで一人の男が突進し、千夏を取り囲んでいた男たちを蹴散らすように倒していった。

「修理・・・」

 茫然と、孝晴が口にした時には、その孝晴の頭蓋めがけて既に刃の毀れた剣が打ち下ろされた。何とも表現しがたい、グギッというような大きな音と共に孝晴は背中から地面に倒れこんだ。


 息を呑むような音がして、千佳は隣に座っている修介を見遣った。その顔は少し蒼褪めていた。祖父もそれに気づいたのか、

「大丈夫かい?」

 と尋ね、修介は小さく頷いたが暫く黙っていた。

「それは・・・あの時の僕です」

 やがて修介は思い切ったかのようにそう言った。

「あの時、僕の心には裏切った叔父への怒りがあった。でもそれだけじゃない。もっと激しい・・・なんて言ったらいいんだろう?」

 いつもの修介らしい歯切れの良さはどこに行ったのか、躊躇うような口調でそう言うと修介は重い口調のまま続けた。

「もし、千佳が止めてくれなかったら、僕は叔父を殺してしまったかもしれない」

 そう言った修介を千佳と祖父は唖然とした眼で見詰めた。

「僕にも・・・千佳にもその二人の魂が乗り移ったんだ、そう思います。その二人はどうなったのですか?」

 修介の問いに、祖父は

「詳しい最期までは書いてないが、城で共に討ち死にした、そうなっておる」

 と答えた。

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