第12話

「どうだった、夏休み・・・。どこまで行ったの?」

 二学期の初めの日の放課後、香奈は千佳にまとわりつくようにして尋ねてきた。どこまで行った?、と言うのは勉強の話じゃない。もちろん・・・関係代名詞の非限定用法の使い方がやっとわかるようになりました、なんていう冗談では通用しない。千佳は溜息をつくと、校庭にある古ぼけたベンチに腰かけた。

 夏休みに三回ほど、香奈と遊んだのだが、そのたびに香奈は修介との付き合いについて探りを入れてきた。

 最初のうちは、

「うん、一緒に勉強している」

 とか、

「こんどサイクリングにいくの」

 とか言えば、

「あ、そうなんだ」

 と納得してくれたのだが、三度目に会った時は、

「え、まだそれだけ・・・?」

 と疑いの目を向けてきたのだけど・・・。


「すいません、全く進展はないです。そっち方面は」

 野球部のノックを眺めながら千佳は答えた。選手が滑りこむようにしてゴロを取るたびに砂煙があがるのが見える。

「ええ?」

 千佳の答えに香奈は、

「だって・・・ほぼ毎日会っていたんでしょ?それに『そっち方面』以外にどんな方面があるの?どういうこと?」

 ベンチに腰掛けると、ずいっと顔を近づけてきた。

「うん、まあ」

 千佳は言葉をにごしながらベンチの端へ体をずらした。

「休み中、少なくとも三十回は会っていたんだよね」

 と香奈は腕を組むと千佳をにらみつけるように見てきた。

「そう言うことになる、かな」

 千佳は渋々肯定した。

「それで・・・何にもなかったの?キスとかも?」

「・・・。はい、ございませんでした。」

 居直った心境で、潔く千佳は答えた。

「心配」

「へ?」

 真面目な顔でそう言った香奈に千佳は目を丸くした。心配?

「心配だよ」

 香奈は繰り返した。

「どういうこと?」

「だって、男子高校生なんてもうそういうことで妄想が溢れているんだよ。それなのに、毎日デートして何にもないなんて心配。向こうから誘ってもこなかったの?もしかしたら佐地くんって宇宙人なの」

「ええと・・・」

 どう答えればいいんだろう。今の修介の頭の中は、きっと、井戸、受験の次くらいに私が来るんだろうな。そう考えると、ちょっとだけ寂しくなる。何か適当にごまかそうと考えていると、答える前に香奈が続けた。

「まさか、勉強ばっかりしてたとか?」

 それは違う。でも、

「まあ、そんなところ・・・」

 と千佳は消え入るような声で答えた。

「佐地くんは家庭教師じゃないんだよ。千佳の彼氏なんだよ」

 まるで劣等生を教師が諭すような口調で香奈が千佳を非難した。

「うん、分かっています」

 千佳は神妙に頷いた。

「ほんとに?」

 香奈はじとっとした眼で見てきた。

「頑張ります」

 そう言って頭を下げた千佳に

「うん」

 と香奈は満足げな表情をしたけど頑張るって・・・何をどう?と思いながら下げた頭から上目遣いに香奈を見た。

「千佳には色気がないのかなぁ・・・」

 聞きようによっては失礼な言葉を溜息を吐くように漏らした香奈に、

「ところで師匠の方は・・・どうだったんです?」

 香奈は夏休み早々新しい彼氏ができた、と言っていた。もっとも相手は別の高校だったから顔は見たことがないんだけど。

「あ、彼?別れた」

 あっさりと香奈は答えた。

「え?」

 千佳は絶句した。

「なんかさ、やたらべたべたしてくるし、下心丸見えなんだよね。家に行ったら押し倒してきたし。思わずぶん殴っちゃった。で、逃げ出して・・・おしまい。千佳も気を付けた方がいいよ」

 師匠・・・。あなたは私たちがどうなったら満足してくれるんでしょう。いざとなったら押し倒されるべきか、清らかな関係でいるべきか?目を丸くしている千佳に向かって香奈は厳かな口調で告げた。

「とにかく千佳は私にとって特別な存在なんだから。ちゃんとどうなったのか教えてよね」

「・・・はい」

 千佳は不本意ながら項垂れた。当面進展はなさそうだ。だって・・・古井戸に潜るんだよ、あいつ。古井戸と色気って・・・これほど無関係なものってなくない?


 だが、色気と全く関係なく意外な方向へと事態は進行していった。

 修介が井戸に潜るその日も天気は快晴だった。ヘッドライトをつけ、登山の恰好そのままに修介は千佳の脇で古井戸の中を覗いていた。ザイルは片方が石に巻き付けられ、片方は金具で修介の腰のあたりに結び付けられている。修介の登山姿を見たのは初めてだけど、かっこいい。

 千佳のたっての頼みで、石が動きはしないか、石に巻き付いたロープが外れないか、祖父を含めた三人で引っ張って何度か試したが、石は微動だにもせずロープは全く外らなかった。それでも、

「じゃ、行くよ」

 と言って修介が井戸の木枠に足を掛けた時、千佳は思わず祈るように手を合わせてしまった。それを見て修介が苦笑した。

「別に大したことじゃないから、ちゃんと深さを測ってくれよ。拝まれると、なんだか死にに行くような気がするよ」

 苦情を言った修介に、

「はい」

 と素直に答えたが、千佳はの心境は、答えとは裏腹に昔何かの映画で見た特攻隊員の妻にでもなったかのようだった。

「じゃ」

 もう一度気合を入れなおした修介に、祖父が

「気をつけてな」

 と声を掛けた。

「はい」

 と答えると修介は井戸の中へ消えていった。

「二メートル・・・三メートル」

 ロープに付けた印を読みながら千佳は井戸の中に声を掛けた。

「八メートル・・・、九メートル、ストップ」

 ザイルが留まった。

「どう、何かありそう?」

 井戸の奥に向かって問い掛けた千佳に、暫く間を置いて、

「いや・・・何もない」

 修介の声が井戸に共鳴しながら返って来た。

「もうちょっと降りてみる」

 十メートル。

 「ない」

 がっかりしたような声が千佳の心を搔き乱した。やはりあれは夢だったのだろうか?修介の思いを叶えることの役には立たなかったのだろうか?だが突然、横にいた祖父が、

「もう一メートル半、降りて見なさい」

 と穴に向かって声を上げた。

「十一メートルにもなるよ。九メートルの筈なのに」

 千佳は祖父を振り返ったが、腕を組んでいた祖父は

「尺でも鯨尺かもしれん」

 と呟いた。

「くじらじゃく?」

「うむ・・・」

 と祖父が呟いた瞬間、

「あった、何かありました」

 と井戸の中から興奮した修介の声が聞こえてきた。

「ほんと?」

「うん、結構重いし、大きい。両手が使えない。ゆっくりと引き上げてくれるかな?」

 何かを持ったままでは自力で上がって来るのが難しいのだろう。千佳と祖父は目を交わすと、ザイルに手を掛けた。

「そっと・・・箱が少し弱っているみたいだから」

 引き上げられた修介は両手一杯に抱えた木箱をゆっくりと差し出した。受け取るときの千佳の手は震えていた。祖父も手を伸ばして支えてくれた。

「持った?」

「うん」

 千佳は受け取った箱を青いビニールシートの上にそっと置くと、そのまま腰が抜けたように座り込んだ。

「これがお宝か」

 祖父は放心したように古ぼけたその箱を見詰めていた。

「いったい何が入っておるんだろうな?」

 郷土史家の祖父にとっても、それはまだ見たことのない宝箱のようであった。


 見守っていた男は三人が歓声を上げたのを聞くと、そっとその場を離れた。そして100メートルほど道路の下に停めた車に戻ると、スマートフォンを取り出した。

「ええ、何かを見つけたようです。歓声を上げていました。・・・何かまではちょっと古い箱のような物を引き上げたのは確かですが・・・。ええ、分かりました。後で合流という事で」

 言い終えて電話を切ると、道路脇の小さな駐車場で白の、目立たない国産車を転回させると、運転席の中に体を沈めた。


「どうやら何かを見つけたらしいですよ」

 車の男から電話を受け取った男は受話器を置くと、向かいのソファで切られた電話機を凝視している男に淡々としたで話しかけた。街で最高格を誇るホテルの一番高いデラックススィートのソファに頭を抱え込むようにして沈み込んでいた男は、

「何を・・・?」

 と唸るような声を上げた。

「それはまだ分からない。すぐ確かめさせますがね」

「手荒なことはしないでくれ」

 突然顔を上げ、そう頼みこんできた相手に男は感情の乏しい視線を返した。

「なるべくはね、そうします」

「沼田さん、この事を報せたのは俺だ。俺のいう事を聞いてくれ。俺が報せなかったらあんただって困った事態に立ち入った筈だ」

 男は縋るような眼で部屋の主・・・沼田惣介に頼み込んだ。

 甥とその恋人らしい少女、それに土地を売った相手の老人が頻繁に埋め立て予定の上にある、昔、城があったという台地に訪れているのを見つけたのはこの男だった。そこは男が老人に売り払った土地だった。何をしているのだろう、そう思って暫く観察しているうちに彼らが重機をそこに持ち込んだことも知った。

 重機を持ち込んだ会社の社長は男も知っている人間だった。しかし、その建設会社が男の工事の指名に不満を持っていることも知っていた。工事を沼田の関係している会社に一括発注せざるを得なかったのだ。自分がどうこうできる話ではなかった。仕方なく、男は一緒にいた運転手の方を金で懐柔することを選び、その土地に井戸が掘られていることを知った。そして彼らがその井戸を調査することも聞いたのである。

 もし、何か見つかってしまったら工事に影響が出るかもしれない。中止どころか、工事が延期されることでも自転車操業の今では致命的なダメージになる。それは自分のパートナーでにとっても同じことの筈だ、と考え、男はその話を沼田に持ち込んだ。

 痩せた・・・だが70という歳のわりに筋肉質の体格をした沼田は、テーブルの上の箱から葉巻を出すと、葉巻の先をカットした。そしてゆっくりと火をつけると葉巻の煙を吸い込んだ。

「困るのは、幸さん、あなただって同じ筈だ」

 蛇が獲物の蛙を見るような視線を送ると、沼田は火を着けたばかりの葉巻を灰皿に圧し潰した。

「結局、あなたは自分が窮地に陥ることを悟って、私に汚れ役を頼んできた・・・そうじゃないですか?」

 幸の視線は落ちた。

「だが・・・。命を落とすようなことだけはやめてくれ。修介は賢明で素直な性格だ。女の子が命を落とすようなことがあったらあいつは絶対に許さないと思う。彼女を愛しているみたいなんだ」

「ふうむ」

 沼田は肺に溜めていた煙をゆっくりと吐き出した。

「では・・・こうしたらどうですかね・・・」


 幸は沼田の言葉を聞いて、懸命に首を振った。

「そんな・・・。高校生相手に残虐すぎる」

「でなければ・・・三人纏めてどこかに消えてもらった方が安心ですよ」

 沼田は面倒くさそうに答えた。

「それは・・・」

 幸は顎を落とし、頭を抱えた。

「いいじゃないですか。そうすれば、きっとあの二人は一生ここで仲良く暮らせるでしょう。あなたの甥はそういう人間で、そういう風に運命に生まれついたのだ。一生余計な好奇心と正義感を後悔するようにね」

 だが目の前の男がいやいやをするように首を振っているのを見ると、沼田は苛立たしげな声を上げた。

「どうするんです?さっさと決めなければ、私が決めます」

 その言葉に目の前の男が抗する術はなかった。

「とはいっても・・・まあ、その箱の中身次第ですがね。つまらないものなら気にする必要はない。私だって無駄に手を汚したくないですから。せいぜい、がらくたであることを祈っていてください」

 そう言い終えると、沼田は今度はスマートフォンを手に持ち、広い部屋の窓際に行って誰かに指示をし始めた。声は低く聞き取れなかったが、ソファの上の男にはその中味が何であるのか、明確に分かっていた。


 修介たちは興奮のあまり、帰路についたとき自分たちの車をつかず離れず追ってくる白い車が有ることに気付かなかった。

「ねぇ、何が入っているんだろ?楽しみだね」

 眼をきらきらさせて千佳が助手席に大切そうに置かれている木箱を座席越しに覗き込んだ。

「落ち着きなさい、千佳。それは明けてからのお楽しみだ」

 祖父は落ち着いた口調で答えたが、突然中央車線からはみ出して慌ててハンドルを切り直した。

「おじいちゃんこそ落ち着いてよ。ここで事故なんか起こしたら目も当てられないよ」

 体を思いっきり振られた千佳の文句に、

「その通りだ。ふぅ」

 と言うと祖父は少しスピードを落とした。

「どうやら、私も年甲斐もなく興奮しているみたいだな」

 その言葉に頷くと、

「ねぇ、修介は何が入っていると思う?」

 と問い掛けた。

 修介だけは見つけた時の興奮は消えて、静かに何かを考えている様子だった。

「どうしたの?」

「いや・・・まだ何が入っているか分からないけど」

「うん?」

「もしも重要な何かが入っていたらその時どうするべきなのか、ちょっと考えていたんだ」

「で?」

 千佳の問いに、

「有無を言わさずすぐに鑑定してもらって、その結果を公表するのがいいと思う」

 修介の言葉に、

「相手に付け入る隙を与えないという事だな」

 と祖父が応えた。

「ええ、まだそんな価値のあるものかは分からないけど、でも少しでも価値のあるものなら・・・。瞬間的にでも相手に大きなダメージを与えられるでしょう。それに街の人々の興味を引くことができる」

「そうだな。私にも何人か知り合いの鑑定人がいる。中身にもよるが・・・」

 祖父の言葉に、

「またお手数を掛けてしまうかもしれませんが」

 と修介は済まなそうに言った。

「なに、気にしないでくれ。もうすぐ着くぞ」

 祖父の言葉に、

「そんなこと・・・。分かっているわよ、おじいちゃん。ずっとここに住んでいるんだから」

 と千佳が応じた。


「今、車が止まりました」

「どこだ?」

「郷土館ですね。じじいのやっている」

「ふむ・・・。取り敢えず一人向かわせる。分かっているな」

「分かっていますよ」

「まず品物が何かを確かめなければならん。それによって先が決まる。俺の指示を聞きもしないで変なことをしたら絞め殺すぞ」

「・・・分かっていますよ」

 電話を切ってから男はちっと舌を鳴らした。


 大きなテーブルの上に載せた木箱の蓋は寸分の隙間もなく嵌められてた。木の材質は正目の通った上質なものだったが、長い歳月と湿気で少し歪んでいて、祖父は薄いへらを使って丹念に隙間を開けて行った。やがて、ことんと音がして蓋が外れた。

釘付けになった皆の視線の先には茶色くなった油紙の包みがあった。

「さて・・・何だろう」

 祖父はそう言うと包みを取り出してテーブルの上に置いた。

 油紙は何重にも巻かれていたが、最後の方は外側に比べてだいぶ白っぽかった。その最後の髪を除けると、古びた書物の束がでてきた。

「なに?」

 と千佳は覗き込んだが、表紙に筆で書いてある字が読めない。その時、

「む、これは」

 と唸った祖父の語尾が裏返った。

「なんなの?」

 千佳は祖父の顔を見た。修介も同じく祖父の表情を息を呑むようにして窺っている。

「もしや、大発見かもしれん。それも超弩級ちょうどきゅうの」

「え、どういうこと?」

 千佳の問いに、祖父は息を一つ入れてから答えた。

「これは・・・」


 白の車は郷土館の駐車場にひっそりと停まっていた。中には運転してきた男ともう一人の男が乗っていた。

「用意はしてきたか?」

 運転してきた男の問いにもう一人の男が黙って首を縦に振って足元に置かれたバッグに視線を遣った。その時、家の中から三人の歓声が聞こえてきた。男はポケットからスマートフォンを取り出した。


「歓声?」

 電話を受けた男は眉をひそめたが、

「そうか・・・」

 と頷いた。

「すぐに押し入ることはできそうか?」

 電話の向こう側の男からの声が離れたソファに座っている幸いにも、漏れて聞こえた。

「いえ、今はちょっと人通りがあるし、向かいの家で庭をいじっているばあさんがいます。あ・・・。ガキが出てきました」

 男の視線の先で玄関から出てきた修介が残った二人に手を振って自転車に跨った。

「ガキはその箱を持って出たか?」

 電話の主が尋ねた。

「いえ・・・。ただ大きなバッグを担いでいますが」

「大きなバッグ?」

「背中に担ぐやつです。来た時ももっていましたが・・・。自転車に乗ろうとしています。おっと・・・、見つかりそうだった」

 受話器の向こうの慌てたような声を無視して電話の主は考え込んだ。

「そのバッグは登山用の道具を詰めたものだろう。ブツはそこにある筈だ。人けがなくなってから襲ってブツを持ってこい、それに爺さんと娘を拉致するんだ。終わったら建設用に作ったプレハブまで持ってこい」

「分かりました」

 男は電話を切ると、隣の男に陽気な声を掛けた。

「さぁ、パーティの始まりだぜ」


「残念ながら、どうやら放置できかねる状態のようです。あなたの甥御さんと恋人にはかわいそうなことになるが」

 沼田の声にソファに座ったまま幸は視線を逸らした。


「さて、お前はどうする?夕飯でも食べていくか?」

 祖父の問いに、

「うーん、そうしたいけど今日は夕飯は食べるって言って出てきちゃったから」

千佳が答えると、祖父は少し淋しそうな表情になった。一人で食べる夕食は味気ないものなのだろう。

「じゃあ、おじいちゃんが家に来ればいいよ」

 そう千佳が答えた時、突然裏でがたん、という物音がした。

「ん?なんじゃろ」

 そう言って祖父が立ち上がったのと、部屋の扉が開いたのは同時だった。黒い衣裳の男たちがなだれ込んできたのだった。

「あ・・・」

 悲鳴を上げる間もなく、千佳は侵入してきた男に首筋を叩かれ昏倒した。その眼に最後に映ったのは祖父が懸命に男の手から逃れるように足をばたばたとさせて藻掻く姿だった。


 ホテルのスィートで電話を取った男はにやりと笑った。連絡が来たという事は成功したという事だ。

「どうだ?中身は分かったか」

「ええ。娘を殴って失神させておいて、その娘を殺すとじじいを脅してようやく吐かせたんですが・・・」

「どうした?」

「言っていることがちょっと・・・わからねえんで」

「何と言っているんだ?」

「なんか、源氏物語のテイカボンだっていうんですけどね」

「ん?」

沼田は目を細めた。

「テイカボン・・・そう言ったのか?」

「ええ」

「そこにあるのか?」

「いや・・・・それがガキが持って帰ったっていうんで」

「嘘だろう?」

「いや、それが・・・。あのバッグにそれが入っていたようなんです。その証拠に登山用具がみんな部屋に残っていたんで」

 沼田は眉を寄せた。

「分かった、とにかくお前たちはその二人を例の所へ連れてこい。私も行く」

「あ・・・分かりやした」

 電話を切った沼田は、

「思いもかけないボーナスが転がり込んできたみたいですよ」

 と幸にウィンクをした。

「私たちも行ってみた方がよさそうだ」

「勘弁してくれ。みんな顔見知りだ」

 抗った男を、沼田は冷たい目で見た。

「もしも、手に入れることができるなら、あなたにも一千万ほどお分けしましょう」

そう言うとソファに蹲っていた男は顔を上げた。

「一千万?」

「ええ、どうします?」

 幸は、のろのろとソファから立ち上がった。


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