第二編第一章第二節 醒めよ我が同志(はらから)

「副校長、貴方は下がっていてください。以後の号令は、鈴木二尉に一任します」

「……りょ、了」

 有無を言わせぬ佐藤の命令に、事情がいまだ飲み込めぬ顔で副校長が引き下がる。

 朝礼台に足を揃えて腰掛けた佐藤は、完全装備で歩み寄ってきた鈴木二尉にニヤリと笑いかけた。

「お待たせしました、鈴木。南スーダンでの約束を果たしに来ました」

「お待ちしておりました、佐藤

 鈴木は小銃を右足の脇に垂直に立て、銃口に左手を伸ばす『銃礼』を取る。

「私はこれから、この国を目覚めさせるのに必要な戦争を起こします。この機会に、共産党も一挙に殲滅しましょう。……さて、私は防衛大臣としてここに命令します。基幹要員と生徒の中から、ごく少人数で大臣警護班を編成してください。その際、宣伝のためにテレビ映りの良い女子生徒も一名入れるように。マスコミのいい目くらましになります」

「了解しました。……それはそうと、少し老けましたか? 佐藤大臣」

「減らず口は相変わらずですね、鈴木二尉。懐かしい話です。私が三尉で、貴方が三曹で。それが……私達の南スーダンでした」

「自分はあのときの『契約』を、今でもはっきりと覚えています。……ところで大臣、今までの警護要員はどうされたのですか?」

 小声で訊ねる鈴木に、佐藤は当然のように返した。

防衛省いちがやを出るときに、暇を与えました。『武山高校長』の警護ならば、武山高が行うのが筋です。……ことに、これから始まる政治劇においては」

「自分らは警務科ではありません。要人警護訓練など受けてはおりませんが、それでも宜しいのですか?」

「構いません。それ自体に、政治的価値があるのです。人選と人数は貴方に任せます。それと、貴方自身は必ず警護班に加わるように。貴方には、防衛大臣秘書官も兼務してもらいます。現在の秘書官は、議員秘書業務に専念させるつもりです」

「……了解。では我が校の関係者から、自分を含めて四名選びます。大臣、朝礼台にお立ち下さい」

 佐藤が再び、朝礼台の上に立ち上がる。鈴木は回れ右をすると、校庭に向けて大声で告げた。

「大隊! になえー、つつッ!」

 鈴木の号令に教官・事務官・佐官以外の全員が小銃を持ち上げ、右肩に担ぐ。それは、武山高生徒隊の部隊行動が間近に迫っていることを示していた。鈴木は続けた。

「今から名前を呼ぶ三名は、現在時をもって特殊任務に従事する。呼ばれた者は、駆け足で自分のもとに集まるように!」

「……」

 静まりかえった校庭に、全員が息を呑む気配が続く。鈴木はぐるりと生徒隊を見渡すと、鋭く三名の名を口にした。

「第二教育隊第一区隊第三営内班助教、児玉紫苑三曹! 同班員、普通科生、石馬晃嗣一士! 第二教育隊第五区隊第一営内班員、衛生科生、山口雪緒一士! 以上、集まれッ!!」

「オー!」と了解を示す大声が、三つ起こる。

 足元の鈴木が名前を言い終えたのを確認し、佐藤はその脇に控えていた副校長に意識を向けた。

「副校長!」

「はい!」

「鈴木二尉本人に加え、私は鈴木二尉の選んだ三名を現在時より防衛省大臣官房警護班員に任命します。基幹要員から後任の区隊長と助教を選び、調整してください。じの行動についてですが、本校生徒隊は霞が関にて陸上総隊直轄部隊と合流。警察官職務執行法に準じ、都心部における治安出動の任についてください。速やかに実施願います」

「実施します!」

 じ後の命令を受けた副校長は各教育隊の隊長を集め、行動の段取りを相談し始めた。

 普段は昼行灯の副校長だが、この学校に所属する自衛官の中で最も古株の最上級者だ。当然、霞が関への部隊展開は副校長の責任と指揮において行われることになる。

 鈴木が生徒隊の方に目を向けると、部下の若い女性三曹と自分の教え子でもある一士の男子生徒、そして左腕に赤十字腕章せきわんを巻きメガネを掛けた一士の女子生徒が駆け足で寄ってくるところだった。

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