第2話
儀式の日から、僕の生活は一変した。
まず、それまでの扱いからは考えられないほど、生活が良くなった。
メイド達にすら見下されていた母と僕だったが、双魔と分かった途端に次期当主扱いだ。
悪い気分ではないけれど、まだ慣れるのには時間がかかりそうだ。
そして最も変わったのは、父ダーゲストとの時間が極端に増えたことだ。
アルハート家の当主として相応しい魔術師となるため、ダーゲストの魔法に関する教育は苛烈を極めた。
日が昇る前かた魔導書を読み漁り、月が登りきるまで魔法の練習を続ける。
となると、もちろんプライベートな時間なんてあるはずもなく、婚約者であるメリアは不満を募らせていった。
「ねえ、アルタリオ様。また今日もお勉強なの?」
「ごめんよ、メリア。でも、これは父さんからいち早く魔法を継承するために必要なことなんだ」
「それは知っているけど、つまんないわ。こんな近くにいるのに、勉強勉強って言って、ちっとも構ってくれないんですもの」
「正式な魔法の継承はすごく大変なんだよ。なんせ父さんの持つ魔法と知識の全てを受け継ぐってことだからね。十分な準備をしておかなくちゃいけない。だから、それまでの我慢だよ」
頬を膨らませて、そっぽを向くメリア。
そんな彼女さえも愛おしいと思ってしまう。
僕とメリアは、家同士の繋がりを作るために親が決めた婚約者だ。
最初こそ、そんな婚約者と仲良くできるとは思っていなかった。
しかし時間を重ねる中で、その考えは変わっていた。
お互いに知る中で、彼女が婚約者で良かったと心から思えるようになっていた。
特にメリアの髪飾りは僕が送った物で、受け取った彼女は涙して喜んでくれた。
それからお互いの距離が縮まったように思える。
しかし多忙のため、そんな彼女とも最近では全く時間を作れていない。
婚約者として、そして恋人してメリアが怒るのも無理はなかった。
「その魔法の継承って……いつ終わるの?」
「明言はできない。父さんが言うには、僕の才能があれば一年で終わるらしいけど、努力次第では早まるかもしれないって。だから早く魔法を継承できるように頑張るよ。もちろん、メリアのために」
「え、えへへ。私のために? なら我慢します!」
とは言え多少の努力でどうにかなる問題ではない。水帝の全てを継承する事は、生半可なことではないのだ。
魔法面での技術もそうだが、なにより父には長年蓄えてきた魔法の知識がある。それらを継承するのには一年必要だと言われているが、それも父が言っているだけで保証はどこにもない。
場合によっては数年にも及ぶ可能性があるが、結果的にメリアを幸せにするためだ。
今の彼女を納得させるための嘘だったけど、屈託のない笑みを浮かべるメリアを見て小さな罪悪感を覚える。
そんなところに、ゼノックが顔を出した。
「おや、メリア。またアルタリオの邪魔をしてたのかい?」
父にあれほどの言葉を受けた兄だったが、今ではすっかりと元気を取り戻していた。
元々の兄を深く知らないが、今では気軽に頼れる兄として接していた。
そんなゼノックの事をメリアも気に入っているらしく、自然体に振る舞っている。
「邪魔ではありません! それに、もうわがままは言わないって決めましたから!」
「それはお利口だね。さぁ、こっちにおいで。街から取り寄せたケーキがあるんだ。一緒に食べようか」
「本当ですか!? あっ、でもあまり食べ過ぎると……。」
「気にすることは無いさ。育ち盛りだし、どうなってもメリアは美しいよ」
「そ、そうですか? では、お言葉に甘えて」
父が兄に婚約者を付けなかった理由を、なんとなく理解していた。
兄はそのルックスと性格から、非常に遊び人気質なところがある。
見ての通り、女性の扱いは非常にうまい。
今の様に、メリアが不機嫌になってもたちまち機嫌を直してしまうのだ。
忙しい僕にとって、メリアの相手をしてくれる兄の存在は非常に助かっていた。
「いつもありがとう、兄さん。でも本当にいいの? 魔法の練習は」
「いいんだよ。この家を継ぐのは俺じゃなくてお前だからな。親父もその気でいる事だし、俺が今さら魔法の練習をしたところで、意味はないんだよ」
過去に何度か、父と一緒でなくとも、魔法の練習をしようと何度も持ち掛けていた。
しかし兄は魔術師として生きる事をあきらめた様子で、いつもすげなく断られていた。
そんな兄を見ると、自分としても何かをしたくなる。
だがゼノックは力のない笑顔を浮かべて首を横に振るだけだった。
「兄さん……。」
「そんな顔するな。双魔のお前が家を継げば、ほかの魔術師の家系と一気に差が生まれる。となればアルハート家は今後数世代にわたって安泰だ。おかげで俺は遊んで暮らしていけるわけだしな」
父からあれだけの扱いを受けたと言うのに、今では僕のフォローまでしてくれる。
そんな兄に少しでも報いる為には、今のアルハート家をもっと繁栄させるほかない。
手に持った魔導書を再び握り直し、兄の肩を叩く。
「なら僕は、兄さんと父さんの期待に応えてみせるよ。絶対に」
「……あぁ、頼んだぜ?」
しかしながら、この時から小さな違和感は覚えていた。
その違和感が明確になる前に、気付ければよかったのだ。
どうしようもなく、家族と言う形は壊れていった。
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