魔法世界に終わりを告げる ~一族に伝わる魔法を使えないと殺されかけたので、見下されていた劣等魔法二種でこのくそったれな魔法至上主義に終止符を打とうと思います~
夕影草 一葉
第1話
古くより魔法の研究と改良を続けてきた魔術師の名家、アルハート家。
その邸宅の大広間は、いつもなら閑散としている。
しかし今だけは、いつもならば絶対に集まらない顔ぶれがそろっていた。
それが余計に僕の緊張を高めるのだが。
「アルタリオ様! 頑張ってください!」
「ありがとう、メリア。でも神童と名高い兄さんの手前、そんなに期待されても困るんだけど」
甘利色の髪を揺らす、最愛の婚約者であるメリア。
彼女の声援を受けて微かに緊張が和らぐが、完全に肩の力が抜けたかと言えば、そうともいえない。
なぜなら、天賦の才を遺憾なく発揮し、すでに神童とさえ讃えられる義兄、ゼノックが珍しく顔を見せていたからだ。
「おいおい、始める前から言い訳かよ。可愛い婚約者の前でぐらいもっと恰好つけたらどうだ。偉大な親父様の血を引いてるんだからな」
彼が血のつながらない俺の前に姿を現すことは、様々な理由から滅多になかった。
そして気を抜けない理由の、もう一つ。それは――
「ゼノックの言う通りだ、アルタリオ。私もお前には私も期待している。我がアルハート家の名に相応しい結果を見せてくれ」
「期待に応えられるよう、善処します」
重厚で威圧的な声音に、思わず肩を震わせる。
ゼノックや僕の実父にして、現アルハート家当主であるダーゲスト・ディ・アルハート。
魔術師の中でも有名な、水帝と呼ばれる第魔術師である彼は、兄以上に僕と顔を合わせることは無い。
と言うのも、魔法に関する事にしか興味を示さず、優秀な魔術師である兄の教育に熱を入れていたからだ。
その入れ込みようはすさまじく、僕の母が病で亡くなった日も、父は姿を見せなかった。
言ってしまえば、父は魔法や魔術師に関すること以外は、全てどうでもいいと考えている。
そんな父がこの場所に姿を現した理由はもちろん、僕が受ける魔術的な儀式にある。
魔術師の家系に生まれた者が13歳になると受ける、萌芽の儀式だ。
魔法を扱う際に必要な魔力の保有量や、魔法への適性は血筋で大きく左右される。
それらを実数値として測定するのが、この萌芽の儀式という訳である。
なんの魔法に適性を持っているかは次の儀式まで分からないのだが、この萌芽の儀式は魔術師としての素質を計る重要な儀式として位置づけられている。
普段、姿を見る事さえない父や兄が見に来たことを考えれば、おのずとその重要さは理解できる。
一掃身が引き締まる思いで、儀式へと望む。
「では萌芽の儀式を始めさせていただきます。アルタリオ様、魔法結晶に手を」
測定士に言われるがまま、不思議な光彩を放つ水晶に手を載せる。
そんな僕に、父と兄の視線が突き刺さる。
この一瞬で魔術師としての価値が決まってしまうのだ。
押しつぶされそうな重圧に、思わず小さな声が漏れる。
「お願いします、僕に力を貸してください! 母さん!」
その祈りが、届いたのかは分からない。
だが測定士は悲鳴に近い歓声を上げた。
「す、素晴らしい数値です! アルタリオ様の魔力数値は、今現在で75万を突破しています!」
「嘘だろ!? その歳で、親父の倍以上も魔力を持ってるっていうのかよ……。」
「それだけではありません! アルタリオ様は複数の属性に適性を持っています! 特に二種の魔法に関しては、最高位の適性値です!」
酷く興奮した測定士の言葉を聞いて、思わず父と兄を盗み見る。
ふたりは呆然と並んだまま、僕の方を眺めていた。
測定士の言う適性値とは、魔法にどれだけ親和性が高いかを示す数値だ。
この数値が高ければ高いほど、階位の高い魔法を使えるようになる。
そしてアルハート家であれば水属性の親和性が高いことが特徴だ。
しかし測定士の言うことが正しければ、僕は二つもその才能を持っているということになる。
徐々にその言葉の意味を理解し始めた頃、兄のゼノックがぽつりとつぶやいた。
「つまりアルタリオは、百年に一度の逸材……
基本的に魔術師が高い適性値を持つ魔法は一種類と限られている。
なぜなのかは解明されていない。しかしこれは、魔術師の中では常識とされている。
そしてごくまれに、その例外として生まれてくるのが、『双魔』と呼ばれる存在だ。
二種の魔法に高い適性値を持ち、二種の魔法を自在に操る者。
つまり僕は、その双魔だったという訳である。
驚愕に目を見開き、動きを止める兄。
そして父はと言えば、肩を震わせ、狂ったような笑い声をあげた。
「は、ははははははは! よくやったぞ、アルタリオ! これでアルハート家の繁栄は約束された! やはりアルハート家の血筋は他の低俗な魔術師共とは格が違うのだ!」
「あ、ありがとうございます。これもお父さんのお陰です」
「まさかお前がそんな逸材だったなんてな。まったく驚かされたぜ」
「おめでとうございます、アルタリオ様! 私はずっと信じてましたわ!」
次々と賞賛の言葉を口にする兄とメリア。
アレだけの緊張は何処かへ消えて、思わず口元も緩む。
「ありがとう、メリア。兄さんも」
だが、そんな緩やかな空気は長く続かなかった。
視界が揺れたと思えば、いつの間にか父に肩をつかまれていた。
そして強引とも思える力で、父は僕を部屋の外へと連れ出そうとする。
「なにを呆けている! すぐに魔術継承の準備に移るぞ! 今は一瞬の時間さえも惜しい!」
「い、今すぐにですか!?」
「当然だ。私の魔法の全てを継承するのだぞ? 悠長に構えてられると思っているのか」
怒鳴りつける様な言い方だが、父の主張は至極真っ当な物だった。
魔法継承とは、魔術師が次代に魔法や知識を継承するための儀式である。
しかし儀式を行えば全てを継承できるわけではなく、受け継ぐ側にも十分な能力がなければならない。
とはいえ萌芽の儀式を終えたばかりの僕が、水帝と呼ばれる魔術師である父から魔法を受け継ぐなど時期尚早にも思えた。
だが父はそうは思っていない様子で、僕の手を引っ張って外へと向かう。
それに疑問を持っていたのは、僕だけではなかった。
背中から兄であるゼノックの声が飛ぶ。
「ま、待ってくれよ親父。確かにアルタリオは素晴らしい逸材だが、まだ何の魔法に適性があるか分かった訳じゃないだろ。適性が判明する次の儀式をしてからでも、魔法継承は遅くないはずだ」
「この百年、アルハート家の魔術師が持つ魔法の適性など、水属性魔法を置いて他にはない。アルタリオ程の素質を持つのなら、疑いの余地もない」
「で、でもさ――」
「見苦しいぞ、ゼノック。もはや貴様は用無しだ。我がアルハート家の当主は、アルタリオに決まったのだからな!」
「っ!?」
とっさに父を見上げ、そして兄を見る。
そこには言葉では形容しがたい、混沌とした感情を浮かべる兄の姿があった。
今朝までは神童と呼ばれ、恐ろしい程の熱量で教育を受けていた。
しかしたった一瞬でその立場が失われ、これほど扱いに差が出るのか。
「で、でも父さん! 兄さんも凄い才能を持っているはずだ! それなのに――」
「口答えをするな、アルタリオ。お前は選ばれたのだ。選ばれたのであれば、その役目だけを果たせばよい。なにより」
一拍おいて、水帝ダーゲスト・ディ・アルハートは、心が凍えてしまう程に冷たい声音で、言い捨てた。
「お前に比べれば、ゼノックの才能など掃いて捨てる塵のようなものだ」
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