54話定番? お約束?

 ……何故、こうなった?


 落ち着け、俺……こういう時は素数を数えるんだ。


「お、お兄ちゃん……? 目をつぶってたら危ないよ?」


「お、おう」


 目を開けて、まじまじとその姿を見る。


 10代特有の張りのある白い肌、程よく肉のついたついた太もも……。


 健康的な二の腕のラインから……綺麗なデコルテ、そして……見事な双丘。


 フリフリタイプの青い水着に包まれた姿は、清楚だが色香も漂うようだ。


「はぅ……」


「す、すまん! お、泳ぐとするか!」


「う、うん!」


 手を引いて、プールの中へと入っていく。


 ……はて? 一体全体何がどうなって、このような状況になったのだろう……?










 あれは、この間の定休日の日だった。


 詩織のお昼寝中だったっけ……。


「お、お兄ちゃん!」


「うん?」


 ソファーでくつろいでいた俺に、春香が話し掛けてくる。


「あ、あの……」


「どうした? テストの結果が悪かったのか?」


 確か、この間期末試験の結果が出たとか言ってたな。


「う、うん! それは問題なくて……」


「じゃあ、なんだ? もうすぐ夏休みだからバイト休みたいか?」


 高校生にとって、夏休みは重要だ。

 中学生と違って遠出もできるし、やれることも増える。


「バ、バイトは続けるよ……プ、プールに行きたいです……」


 春香は、モジモジしながらそう言った。

 ……プール……なんと、懐かしい響きだ。


「うん? ……連れて行けってことか?」


「う、うん……ダメ……?」


 不安そうな表情で、上目遣いをしてくる。

 ……こんなのが、プールにいたら狼の群れに羊を放り込むようなものだな。


「いや、良いさ。じゃあ、計画を立てるとしよう」


「わぁ……! ありがとう!」


 そして、詩織も行きたいということで……。


 一人では目が届かないこともあるので、亮司さんに頼んだら快く引き受けてくれて……。


 土曜日の定休日に行くことを決めて……。


 いざ、到着したら……詩織がはしゃいでて……。


 亮司さんが、子供用に連れて行くから、春香ちゃんを待ってると良いですよって……。








 ……そうだ、そういう流れだった。


「お、お兄ちゃん!?」


「平気だよ、ほら、バタバタさせてみなさい」


「は、離さないでね!?」


「へいへい。それにしても、未だに泳げないとは……」


 春香の手を引きつつ、俺は口に出してしまう。

 なるほど、この姿を詩織に見られたくなかったのか。

 だから、出てくるのを遅らせたのか。


「うぅ……だってぇぇ……中学からプールなんて授業ないもん」


「えっ?」


「えっ?」


「な、ないのか?」


「な、ないよ?」


 ……そういや、そんなニュースを見たことがある。

 少し前から、プールの授業がなくなった所が増えたとか。

 設備の問題や、嫌がる生徒が多かったり、怪我や事故などが一因らしい。


「そっか……まあ、仕方ないのか」


 運動会とかも危険な種目がないし、色々と過保護すぎるよなぁ。

 海難事故とかで溺れたらどうするんだろう?

 何でもかんでも守ってしまったら、いざという時どうするんかね?


「お、お兄ちゃん! ちゃんと見てて!」


「いや、それは……」


 どうやら、俺がずっと顔を背けているのがお気に召さないらしい。

 しかし……正面を向くわけにはいかない。

 どうしても、胸元に目がいってしまうからだ……情けないことに。


「は、早く覚えないと……!」


 まあ、姉としての沽券に関わるよなぁ。

 仕方ない……息子よ、反応しないでくれよ?


「へいへい、わかったよ……ぐぉぉ……!」


「ふえっ?」


「な、なんでもない……!」


 子供だと思ってたのに、もう子供とは思えん。

 いや、胸の谷間に吸い寄せられるのは男の性だから仕方ない。

 そう、これは、あれで、それで、あれじゃないはず。

 ……何言ってんだ、俺は。


「せ、成功なのかな……?」


「あん?」


「う、ううん!」





 その後休憩を取り、子供用プールに移動する。


 そこでは、詩織が気持ちよさそうに泳いでいる。


 もちろん浮き輪付きだが、きっちりと泳いでいるように見える。


「おじたん! おねえたん! みて!」


「おぉー、上手だな!」


「えへへ! おじいたんが教えてくれたお!」


「いえいえ、私など大したことはしてませんよ」


「うぅー……どうして、姉妹なのに違うのかなぁ。あの子、運動神経もいいし」


 プールの傍に座り込んで、春香が落ち込んでいる。


「なに、気にすることはない。姉妹だろうが、別の人間だ。それぞれに良さがあるだろう」


「わ、わたしの良いところってなにかな……?」


「うーん……面倒見が良いし、何事にも一生懸命だし、苦手でも頑張ろうとするし……」


「えへへ……嬉しい」


「お、おう……そういや、髪伸びてきたな?」


 隣で微笑む顔を見るのが照れ臭いので、話題を変える。


「ど、どうかな? もう、ポニーテールもできるんだよ?」


 そういって、両手で縛る素振りを見せてくるが……。

 そうなると、綺麗なうなじや、胸元が強調される。

 その姿は、まるで雑誌に出てくるグラビアのポーズだった。


「し、しくった……!」


 自ら死地に飛び込んでしまった……!


「ふえっ?」


「い、いや……似合ってるよ」


「う、うん……ありがとぅ」


 ……はぁ。


 どうやら、俺の方が……色々まいってしまったなぁ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る