55話終わりの時……

 早いもので、春香達がきて4ヶ月になろうとしている。


 仕事して、送り迎えして、一緒に過ごして……。


 慌ただしい日々だし、疲れることもあるけれど……。


 それ以上に、不思議な気持ちがあることに気づく。


 多分……幸せってやつなんだろうと思う。







「兄貴と桜さんも、こんな気持ちだったのかもな……」


 俺を引き取ったことで、二人に負担をかけてしまったが……。

 でも、それを嫌だと思ったりはしなかったのかもしれない。

 ……今の俺と同じように。


「おじたん!」


「へいへい、どうした?」


 夏休みに入り、二人が家にいる時間が増えた。

 その分、俺も大変だが、なるべく相手をするようにしている。


「折り紙できたお!」


「おお、鶴か……」


「おじたん、へたくそ!」


「ほっとけ」


 テーブルで一緒に折り紙をしているが……。

 こんなのやるなんざ何十年ぶりだぞ?

 さっぱり覚えていない。


「お兄ちゃん、詩織、もうすぐご飯だからね」


 キッチンから、春香の声が聞こえる。


「おう、わかった。詩織、テーブル拭けるか?」


 折り紙をしまい、昼飯の準備をする。


「あいっ!」


「じゃあ、任せるな」


 俺はキッチンに向かい……立ち止まる。


「ふんふふ〜ん」


 鼻歌を歌いながら、慣れた手つきでフライパンを動かしている。

 ……いやはや、ついこの間まで何もできなかった子には見えないな。


「随分と、上手になったな?」


「そ、そうかな……えへへ。といっても、焼きそばだから難しくもないけどね」


「おお、言うねぇ。きた頃は、それすらも出来なかったに」


「むぅ……それは言わないでよぉ」


「悪い悪い、じゃあ皿に盛りつけるかね」






 食事を済ませたら、お勉強の時間である。


「詩織、芹沢詩織よ……そう!」


「かけたっ!」


「おお、えらいなぁ。こりゃ、兄貴達びっくりするぞ」


「ほんと!?」


「ああ、間違いない」


 漢字や平仮名の練習や、算数ドリルをやらせている。

 来年は小学校だし、早めにやっておくに越したことはないだろうから。




 そして三十分後……お眠である。


「スヤ〜」


「ふふ、寝ちゃったね」


「まあ、お腹いっぱい頭も使ったからな」


 優しく抱き上げ、部屋の布団に寝かせる。




 その後は、二人で並んで作業をする。

 春香は夏休みの宿題、俺は店の売り上げや給料の仕分けだ。


「そういや、バイト代は何に使ってるんだ? お前、ちっとも出掛けないし」


 夏休みに入ったっていうのに、ほとんど家にいるし。

 ……そのせいか、俺は色々困っています。


「えっ、えっと……内緒」


「そうか……まあ、好きに使うといい」


「う、うん……」


 再び、黙々と作業をする。

 静かだが、不思議と落ち着き、心が休まる気がする。

 ……これは、もうダメかもしれない。






 そんな時だった……事態が急変したのは。


 定休日なので、店の掃除をしていたら……兄貴から電話が来た。


「なに?」


『いや、こっちも驚いたよ。あっさりと契約が成立したもんだから』


「そ、そうか」


『だから、夏休みが終わる頃には帰れるはずだ』


「良かったね、兄貴」


 どうやら仕事がひと段落して、転勤が終わるようだ。


『ああ、下手すると一年はかかると思っていたからな』


「そんなにいなかったら、二人とも成長しちゃうぜ」


『ああ、だから良かったよ』


 そうか……つまり、この生活も終わりか。

 ……今のうちに、聞いておくべきかもしれない。


「なあ、兄貴……」


『うん?』


「俺を引き取って……後悔した?」


『そうだなぁ……大変だなって思ってた。でも、後悔はしていない。お前を引き取ると決めた日から、今日までずっと』


「そっか……うん、ありがとう。ずっと、それを聞くのが怖かった」


『宗馬……俺は、それを聞かれるのを待ってた。俺から言い出したんじゃ意味がないと思って。何度も言うが、お前は俺の家族だ』


「ああ、わかってる。それは、ずっとわかってたんだ」


『どうやら、転勤も悪いことばかりじゃなかったな』


「うん?」


『実は、引き受けるか少し迷ってだんだ。会社での心象が良くなったり、給料が上がるとはいえ……育つ盛りの娘二人を置いていくことに』


「まあ……そうだろうな」


『だが、この先を考えたら必要だと思ったし、お前がいたから安心して引き受けることができた。そして、何より……お前が、大事なことに気がついてくれた』


「兄貴……」


『お節介ついでに言うと……お前は幸せになって良いんだ。失うことは辛いが、それを恐れていては何にもならない。家族を失った心の傷を埋めてくれるのもまた、家族だからだ。俺が、お前達や桜に癒されたように』


「ああ、今ならわかる。春香や詩織のおかげで」


『で、決心はついたか?』


「うっ……まあ、とりあえずは」


『父親としては複雑だが、お前が相手なら文句はない』


「わ、わかった……今度、誕生日だから伝えるとするよ」


『ああ……そういや、これだけは言っておく』


「うん?」


『今のお前なら聞く耳を持つから言うが……詩織が生まれたのはたまたまだ。ずっと作ってはいたが、それがタイミングよく重なっただけだから』


「うん、わかった。今なら、素直に聞ける」


『ほっ……これで、心残りが消えたな。じゃあ、決定したら連絡する。それまでは二人には言わなくて良い』


「ああ、そうするよ」


 通話を切って、椅子に座る。


「もう誤魔化せないか……」


 俺は確実に春香に惹かれている。


 いつの間にか、目線で追っている自分がいる。


 まだ高校生だというのに……それを言い訳にしてたが。


 ……いい加減、覚悟を決めよう。


 もう、残された時間は少ないのだから……。


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