49話再会

 ……今日は暇そうだな。


 降りしきる雨を眺めながら、俺は店の外で立ち尽くす。


 梅雨の時期は、店の営業時間も考える必要があるかもしれん。


 例えば、長期休暇にするとか……でも、収入面で困る人もいるか。


「兄貴!」


「ん? どうした?」


 和也はメキメキと上達し、大分使えるようになってきた。

 そのおかげで、俺もこうして目を離すことも増えてきた。


「目の下のクマ凄いっすよ? 少し寝てきてください。もうピークは過ぎましたし……こんは雨じゃお客さんもアレですから」


「……そんなにひどいか?」


「うす。詩織ちゃんを迎えに行くんすよね? そんな状態で運転したら危ないっすよ?」


「そうだな……悪い、少し寝てくるわ。何かあればすぐに知らせてくれ」


「了解っす!」


 交通事故だけは起こすわけにいかないからな。





 俺は家に帰り、仮眠をとるべくソファーに横になる。


「……春香がねぇ」


 告白?をされてから二週間が過ぎたが……。

 特に春香の態度が変わったということはない。

 むしろ、変わってしまったのは俺の方だ。


「俺は思春期の中学生か」


 告白されて、モヤモヤして寝れないとか。

 風呂上がりの姿に、ドギマギしてしまうとか。


「なんか、急に大人っぽくなりやがったし」


 単純に、年齢の問題なのか……。

 それとも、俺の見る目が変わったからなのか……。


「……俺は、どうするのが一番正解何だろうな」


 そんなことを考えつつ、微睡んでいく……。








 ……うん?……今何時だ!?


 意識が覚醒した俺は、身体を起こす。


「うん? 毛布?」


「あっ——お兄ちゃん、起きた?」


 声のする方を見ると、ブレザー姿の春香がいた。


「なんで、春香がいる?」


「あ、あのね」


「詩織は!? というか仕事!!」


「お兄ちゃん、落ち着いてよ。和也さんが店を閉めたら平気だって。あと、詩織は佐々木さんの家で遊んでくるって」


「そ、そうか」


 時計を見ると、四時になっていた。

 どうやら、二時間くらい寝てしまっていたようだ。


「コーヒーでも飲む?」


「あ、ああ」


 キッチンに立つ春香を、寝ぼけた頭で見つめる。


「ふんふ〜ん」


 ご機嫌に鼻歌を歌いながら、手早く作業をしている。

 ついこの間まで、何もできなかったのに。





 五分ほど待っていると……。


「はい、お兄ちゃん」


「おう、ありがとな」


 並んでソファーに座り、それぞれ紅茶とコーヒーを飲む。


「うん、美味い」


「い、インスタントだよ?」


「最初の頃は混ざってなかったり、下に溜まってたりしたからな」


「えへへ、もうできるもん」


「そういや……今更だが、部活って入らないのか?」


 すっかり忘れていたが、学生には部活動があったよな。

 もう記憶の彼方にあるから忘れていたが……。


「うーん、バレちゃった……入ろうかと思ったんだけど、そうすると家のことできないもん」


「おい? 学生のうちにしかできないぞ?」


「この生活だって、今しかできないよ?」


「まあ、それは……そうだな」


 転勤が終われば、当たり前だが兄貴達と暮らすことになる。

 ……うん? いま……感じた痛みはなんだ?


「それに部活入ってない子もたくさんいるし。舞衣ちゃんとかも入ってなくて、代わりに習い事とかしてるみたい。わたしは、詩織のこともあるし……バイトだって楽しいし……その、お兄ちゃんとの時間のが大事だもん」


「そ、そうか、いいお姉ちゃんだな」


「で、でしょ? ……わ、わたし、オトメちゃんの小屋掃除するね!」


 頬を赤らめた春香は、そそくさと退散した。

 最近、ああいうことを言うようになってきたが……。

 未だに、どうして良いのか分からん。





 その後、ディナータイムの準備をする。


「和也、悪かったな」


「いえ! 気にしないでください!」


 色々と確認をしてみるが、ほとんどの仕込みが終わっていた。


「うん、どれも丁寧で綺麗だ。ありがとな」


「は、はいっ! ありがとうございます!」


「おいおい、お前が礼を言ってどうする?」


「へへ、嬉しいっすから。これで兄貴も色々考えたり、余裕ができたりしますよね?」


「和也……へっ、生意気言いやがって」


 ……そうか、そのために頑張ってたのか。

 やれやれ、みんなそれぞれ成長していくな。

 ……俺も、変わっていくべきなのかもしれない。






 ディナータイムの時間になるが、今のところは特にすることはない。


「やっぱり、こんな雨じゃお客さんこないっすね」


「まあ、元々予約制だしな。今日の予報はわかっていたから、キャンセルも多かったし。幸い前もってのキャンセルだったから、材料は無駄にはならなかったから良しとしよう」


「それも、そうっすね。さて……そろそろかな」


「うん? 何がそろそろなんだ?」


「い、いや……」


すると、店の入り口から声が聞こえてきた。


「ん? 誰だ?」


 今日のバイトは春香だけだ。

 一通りのことはできるようになったし、今日は暇だからな。

 だが、予約の時間が来るまではのんびりしてて良いと伝えたのだが……。

ふむ、何か用事でもあるのかもしれないな。


「おう、春香。何かあった……」


 キッチンから出た俺の目に、懐かしい人物が映る。


「元気そうね、宗馬」


「由香里……」


 元恋人である由香里が、そこに立っていた……。

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