48話返事は……

 ……これを誤魔化すことは簡単だ。


 ただ、聞こえなかったふりをして……。


 その後は、なあなあにすれば良い。


 ……しかし、それで良いのか?


 春香はまだまだ子供だが、それでも完全な子供ではない。


 生半可な気持ちで言ってるわけではないはず。


 今だって……手が震えている。


 きっと、勇気を振り絞ったに違いない。


 ならば……俺も正直に、そして真摯に対応するべきだろう。





「それは……男女の意味でか?」


「う、うん……」


「そうか……結論から言うが——その気持ちは」


「待って!」


「うん?」


「へ、返事はいいの! 」


「どういうことだ?」


「お、お兄ちゃんは断るつもりでしょ?」


「それは……」


「わ、わたしは、まずは知って欲しくて……」


「そ、そうか……」


「そ、それで、これからのわたしを見て判断して欲しいの」


「いや、しかし……」


 俺のこの気持ちが、どういったものかわからないが……。

 そのために貴重な高校生活を費やしてしまうのは……。


「お、お兄ちゃん、彼女いないんだよね?」


「あ、ああ、今のところ」


「す、好きな人も?」


「まあ……そうだな」


「じゃあ、わ、わたしが好きでいる分には問題ないよね?」


「えっ? ……いや、しかし、それは……」


「お兄ちゃんは……お兄ちゃんを好きなわたしのこと嫌い……? もし振られちゃったら、もう妹でもいられない?」


「いや! それだけはない!」


 考える前に言葉が出てきた。

 だが、それだけは断言できる。

 春香が、俺にとって大事だということだけは。


「えへへ、よかったぁ……あ、あのね、わたしはお兄ちゃんが好き」


「お、おう」


 いつからこんな顔を……ついこの間までガキンチョだったのに。

 そういや……もうすぐ十六歳になるんだっけな。


「そ、それだけは伝えたかったの! じゃあ……いこ!」


「お、おい?」


 手を引かれ、引っ張られていく。


「きょ、今日はご褒美なんでしょ?」


 振り返った顔は……不安に満ちていた。

 当たり前だ……俺に拒絶されるのが怖いに決まってる。


「ああ、そうだな。好きなところに連れて行くさ」


 俺がそう言うと、ようやく笑顔なる。


 どうなるかわからないが……真摯に向き合っていこうと思う。


 それが、勇気を出した春香に対する誠意というものだろう。






 ◇◇◇◇◇◇



 ……い、言っちゃった……。


 で、でも、こうしないと気付いてくれないって……。


 目を見開いたまま固まっているお兄ちゃんを見ながら、少し前のことを思い出す。







 あれは確か、親睦会という名目で、定休日に店に集まって……。


「パチパチパチ! 第10回大将と春香ちゃんをくっつけよう大作戦〜!」


「ふえっ!? そんなにやったんですか!?」


「春香ちゃん、冗談よ。美沙ちゃん、春香ちゃんは真面目なのよ?」


「加奈子さん、わかってますよ〜。春香ちゃんは可愛いなぁ!」


「あ、あの! 揉まないでください!」


「ぐへへ、いいではないか」


「あの〜、俺らいりますか?」


「美沙ちゃん、男の子もいるんだからやめなさい。必要ですよ、和也君が一番長くいるんですから」


「そうですよー」


「まあ、そうですけど……」


「ほほ、和也君。我々は大人しく見守って、意見を求められたら答えればいいのです」


「さすが亮司さん! わかってる!」


「でも、健二は?」


「健二君は大将の足止めをしてもらってます。一緒に買い出しという名目で」


 みんながポンポンと話をして、わたしは追いつくのに精一杯でした。


「えっと、あの……」


「ほら、主役が困ってるじゃない」


「ごめんねー、春香ちゃん……コホン! では作戦会議です。和也君、首尾はどうだね?」


「とりあえず彼女がいないこと、作りたいけど時間と出会いがないことは判明してるかな」


「うむ、ご苦労さんです。亮司さん、経験豊富な貴方のご意見は?」


「そうですね……まずは皆も知ってる通り、彼には両親がいません。ここに雇われた皆のように、事情を抱えております」


 そうだった……和也さんは父親が亡くなってて、お母さんは入院。

 今野さんは両親共働きの中、長女として家のことを一手に引き受けてるって。

 加奈子さんはシングルマザー、亮司さんも奥さんを亡くしてる。

 健二さんも、お父さんがいないって。


「故に……最後の一線を越えさせない壁があります。私達の壁は壊してきたというのに」


「それですよ! 兄貴は自分のことがわかってない!」


「それですよねー!」


「ふふ、その通りですね」


 そっか、ここにいる人はお兄ちゃんが……。


「そして、その壁を壊せるのは春香さんだと思います」


 膝で寝ている詩織を撫でながら、亮司さんが言いました。


「ふえっ!?」


「そうですよねー。大将、よく笑うようになりましたから」


「そうなんすよ。兄貴、仏頂面してる時が多かったのに。今はしませんからね」


「ふふ、春香ちゃんを見る目が優しいもの」


「そ、そうなんですか……?」


「というわけで! 春香ちゃんには、告白をしてもらいます!」


「えっ……えぇ!?」


 い、いきなり話が飛んだよぉ〜!


「これまで作戦立ててきたけど、大将はガードが固い! ここは、意識してもらうことから始めないと」


「あぁーそれは言えてるっす」


「そうですよね〜まずは妹ではなく女性としてみてもらわないと」


「ふむ……荒療治ですが、宗馬君には必要かもしれません」





 だからわたしは、勇気を振り絞って告白をしました。


 そして……こっからは、遠慮しないもん。


「お兄ちゃん!」


「ん? どうした?」


「大好き!」


「へっ……っ——!?」


 い、言っちゃった……!


 でも……お兄ちゃんも照れてる?


 えへへ、だったら嬉しいなぁ。

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