40話複雑な胸中

 その日の夜、帰ってくると……。


「お、お兄ちゃん!」


「うおっ!?」


 柔らか!? 良い匂いするし! て……違う!


「えへへ」


「全く、いきなり抱きつくんじゃない」


「ふえっ……? キャ……む〜!」


 壁際に押し寄せ、慌てて口を塞ぐ。


「静かに、今寝たところだろ?」


 真っ赤な顔をして、コクコクと頷く。


「よし、離すぞ」


「お、お兄ちゃんのばかぁぁ……」


 スカートの裾をに握りしめて、涙目になってしまった。


「えっ? 俺が悪いのか?」


「うぅー……」


「わかった、わかりました。俺が悪かったから」


「ゆ、許します」


 ……うーん、普通ならめんどくさいと思うところだが。

 不思議と、そういう気持ちにはならないな。





 その後、宥めてリビングのソファーに座る。


「んで、どうした?」


「と、友達ができました……!」


 照れながら言ってくるが……男じゃないよな?


「おっ、良かったな……どんな子だ?」


 この聞き方なら問題あるまい。


「ふえっ? ……うーん、綺麗な子かなぁ。大人しいっていうよりは、大人っぽい感じで……余裕がある感じかなぁ」


 うむ、どうやら女の子のようだな。

 ……いや、別に、男だろうが女だろうが関係ないが。

 ……おれは、誰に言い訳をしているんだ?


「お兄ちゃん?」


「そっかそっか、うんうん、これで一安心だ。じゃあ、明日はスマホを買いに行かないとな」


「うんっ!」


「じゃあ、さっさと寝なさい」


「はーい。お兄ちゃん、おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 春香は大人しく、自分の部屋へと入る。





 少し寝付けない俺は、ビールを飲みながらベランダに出る。


 普段はあまり飲まないのだが……少し落ち着きたかった。


「いかんな……これはいかん」


 十も下の相手に、俺は何をしている?

 しかも、相手は妹……義妹とはいえな。


「さっきの抱きつかれた感触が消えん」


 まったく、高校生じゃあるまいし……。

 やっぱり、欲求不満なのかねぇ……。


「さっさと彼女でも作った方がいいのか……」


 しかし、そんな暇もないしなぁ。

 そもそも、相手がいない……言ってて悲しくなってきた。


「まあ、別に彼女が欲しいわけでもないし」


 今は、自分と二人のことでいっぱいいっぱいだ。

 ここで彼女なんかいたら、キャパオーバーになるのは目に見えている。


「ここは、我慢するしかないか。別に春香とどうこうなるつもりもない」


 そう、たとえ……あいつが——









 翌朝……目覚ましの音が頭に響く。


「イテェ……」


 昨日、少し飲みすぎたな。


「おじたん!」


「グハッ!?」


「朝だおー」


「お、おふっ……おはようさん」


 どうやら、タイブをくらったようだ。

 あ、危ねぇ……リバースするかと思ったぜ。

 詩織の顔にかけようものなら、トラウマになるところだった。


「詩織、もう少し加減しようね?」


「あいっ!」


「いや、そういう問題では……」


「たのちい!」


「そうか……では、加減してくれると助かる」


「お兄ちゃん、大丈夫? 顔色悪いけど……」


 春香が俺のおでこに手を当てる。

 なんだか、少し照れくさくなる。


「お、おい」


「熱はないよね……今日やめよっか?」


「いや、買いに行くぞ。平気だ、昨夜少し新作メニューを考えてしまってな」


「そうなんだ。あんまり無理しちゃダメだよ?」


「クク……ああ、わかった。ありがとな」


 頭をわしわしとする。


「むぅ……また頭をくしゃくしゃにした」


「お腹減ったお!」


「へいへい」





 重たい体を動かし、朝の準備を済ませる。


「おっ、綺麗に焼けたな」


「ほんと!?」


「ああ、美味そうだ」


「えへへ……やったぁ」


 テーブルの上には、綺麗な卵焼きがあった。

 味噌汁やサラダもあり、ご飯や納豆もある。

 シンプルだが、一番そそる朝飯だな。


「いただきます」


「いただきます」


「いたーきます!」


「どれ……うん、味も申し分ないな。昨日の弁当も美味かったしな」


「わぁ……! 頑張って良かったぁ〜」


「やはり、若いと上達も早いな」


「おねえたん! おいちい!」


「ありがとね、詩織」





 美味しい朝ごはんを食べ終えると……。


「お兄ちゃん、今日はどうするの?」


「そうだな……詩織を迎えに行って、そのまま学校まで迎えに行くか」


「あっ、近いもんね」


「そういうことだ。目立つと可哀想だから、少し離れているからな」





 予定を確認し、いつも通りに詩織を送っていく。


 そして、家に帰ってきたら……とあることに気づく。


「……一人か」


 詩織と春香がきて、二週間くらい経ったが……。

 こうして一人で家にいるのは初めてかもしれないな。


「……寂しいのか?」


 懐かしい感覚に襲われる。

 最初に家を出た頃に感じた孤独感を……。


「もう平気だと思っていたんたがなぁ……うん?」


 スマホの音が鳴る。


「兄貴?」


 とりあえず出てみる。


「兄貴? どうした?」


 制限があるから滅多にかけないと言っていたが。


『すまんな、宗馬。今日は定休日だよな?』


「ああ、そうだよ」


『二人は学校だよな?』


「うん? まあ、そりゃそうだ。どうしたんだよ?」


『いや……実は、長引きそうでな』


「……そうか」


 期間は決まっていなかったはずだが……。


『まあ、まだ決まったわけではないんだが。一応、お前には知らせておこうと思ってな』


「俺はいつまでも預かるから遠慮しなくていいから」


『おっ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。 どうだ? 誰かと過ごすのも悪くないだろ?』


「まあね……色々と思い出したというか」


『ならば、この転勤も悪いことばかりではないな。お前が、それを感じてくれたなら』


「兄貴……ありがとな。二人を預かってわかった。楽しいけど、色々大変だよ」


『ハハッ! まだ子供もいないくせに、所帯じみてきたな。なに、お前がいてくれて良かったのは俺の方だ。桜もいたが……やはり、兄弟のようなお前がいてくれて良かった。おかげで、俺はやってこれたんだと思う』


「臭え」


『ひでぇな』


「「クク」」


 二人の声が重なる。


『じゃあ、桜に変わるな』


「わかった」


『もしもし?』


「どうも、桜さん」


『二人は元気?』


「ええ、そりゃもう。今朝も起こされちゃいましたよ」


『ふふ、ごめんなさいね』


「詩織はお着替えをできるようになりましたし、春香は料理を覚えてきましたよ」


『あらあら……少し寂しいわね』


 ……無理もないよなぁ。

 子供の成長を間近で見ることができないんだから。

 今度、動画でも撮ってみるか。


「桜さん……」


『ごめんね、宗馬君。代わりに成長を見守ってくれると嬉しいわ』


「わかりました。今度、動画を撮っておきますね」


『あら、素敵。相変わらず、優しい子ね』


「そうですかね……よくわからないですけど」


『ふふ、昔から捻くれさんだからね。あとは、気づいているけど気づかないふりをするものね』


「……それは」


『良いのよ、ゆっくりで。まだまだ若いんだから』


「はい……」


『じゃあ、また連絡するわ』


「ええ、二人もお元気で」


 通話を切って、ベランダに出る。


「お見通しか」


 さすがは、俺を小さい頃から知っているだけはあるなぁ。


 俺は、色々なことから目を背けてきた。


 失うことも恐れ、関係が変わることも恐れ……。


 自分に言い訳をし続けてきた。


 自分は邪魔者だと、きっと迷惑だと……。


 そんなわけはないと、頭ではわかっているのに。


 ……変わっていく必要があるのかもしれないな。

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