35話おじいたん
店を閉めて、亮司さんを連れて家に戻る。
「お兄ちゃん、おか……あれ?」
パタパタとやってきた春香が固まる。
どうやら、人見知りが発動したようだ。
「こんにちは、お嬢さん。初めまして、私の名前は佐々木亮司と申します。宗馬君の店で雇われている者ですよ」
「ご、ご丁寧にありがとうございましゅ! ……はぅ……」
……噛んだな、盛大に。
「いえいえ、お気になさらないでください。お名前を伺ってよろしいですか?」
おおっ! あれをスルーした!
これが、大人というやつか!
俺は亮司さんがいなかったら、間違いなく突っ込んでしまったな。
……ばかぁぁと言われる結末が待っているがな。
「は、初めまして! 松井春香っていいます!」
「ふむ、やはり苗字が違うのですね」
「あ、えっと、その……」
「春香、亮司さんは知っているから平気だ」
亮司さんには、それについて相談したことがある。
「ええ、詳しいことは聞いてませんが、事情はわかっているつもりです。では、お邪魔しても良いですか?」
「は、はい! もちろんです! わ、わたしの家じゃないんですけど……」
「何をいうか。今は、ここがお前の家だ。そのうち、友達だって連れてきて良いんだぞ?」
「お、お兄ちゃん……えへへ、ありがとう」
その後リビングに案内して、お茶を飲みながら話をする。
「えっと、この税金に関してなんですけど……」
「固定資産税ですね。今年から支払わないといけないですね」
「はい、そうなんですよ」
「お、お兄ちゃん!」
隣に座る春香が、上目遣いで俺の服の端をつまんでいる。
その際に揺れる髪から、同じものを使っているはずなのに……。
何故だか、全く別の良い香りがする。
うん、我が妹ながらあざといな。
「どうした?」
「わ、わたしにも教えてもらっていい……?」
「あん? なんでだ? 聞いてもつまらんぞ?」
「だ、だって……そのうち家計のこととか……」
「おい? 何をごにょごにょ言っている?」
「あぅぅ……」
「まあまあ、宗馬君。いいじゃないですか。人に説明することで、自分がより理解できることもあります。貴方は、それをよく知っているはずですよ?」
「亮司さん……そうですね。春香、なんでも聞くといい」
「亮司さん! ありがとうございます!」
「いえいえ、さあどうぞ」
「えっと……固定資産税ってなに?」
「えっと……確か、土地や建物に課せられる税金のことだな。ちなみに、購入した場合に発生する」
亮司さんの顔を横目で見ながら、春香に説明する。
「へぇ〜! それってどれくらいなの?」
「建物の年数や土地の広さもよるが……一般的な新築の家なら、年間で二十万くらいかな」
「ふえっ!? そ、そんなに?」
「ああ、大変なんだぞ? 年に四回にわたって請求が来るからな。車のローンや店のリフォームのローン、家のローンとかもあるし。車検代や色々な保険代も支払わないといけないし」
「ぜ、全部でどれくらいかかるの……?」
「俺は大体……普通なら、年間200万くらいか。もちろん、今年度が最初だから詳しい数字はわからんが」
「に、200万……そ、そんなに」
「ただ、実際には130万くらいになるけどな」
「ふえっ?」
「ふむ……まずは固定資産だ。この家は新築ではないので、個性資産税が安い」
「あっ——建物の年数……」
「そういうことだ。だから、元が二十万でも今は六万で済む」
「へぇ〜!」
「あとは、俺は店と家が一体化してるから……税金が安くなる」
「ふえっ?」
「経費といって、個人事業主が使えるのだが……まあ、俺も詳しいことはまだ分からん。ただ、それを使えば家のローンや電気ガス水道までもが安くなる」
「そ、そうなんだ……」
春香の頭から湯気が上がっているかのようだ。
うんうん、気持ちはわかります。
俺も最初は意味がわからなかったし。
「まあ、そういうのは覚えなくてもいい。税理士っていう強い味方がいるからな。きちんと書類に何に使ったとか、領収書を貼っておけばいい。あとは、彼らがやってくれる」
俺は亮司さんから、信頼できる人を紹介してもらったしな。
もちろん、全てを任せることはしないが。
「まあ、大体合っていますね。ところどころアレですが……まあ、二十六歳ですからね。これから少しずつ覚えていくといいでしょう」
「はい! ご指導をよろしくお願いします!」
「はい、承りました」
「なんで、亮司さんに?」
「もともと二階建ての家で、一階で喫茶店をやっていたからだよ」
「あっ———お兄ちゃんと同じ」
「ああ、というか俺が真似た形だな。そうすることによって通勤時間もなくなるし、節税にもなるって教えてくれたから」
「ええ、そういうことです。頑張る若い方は応援したいですから」
「亮司さん! お兄ちゃんのためにありがとうございます!」
「ほほ……良い妹さんですね」
「ええ、自慢の妹ですよ」
「はぅ……」
「おじたん? ……おねえたん?」
「あっ、詩織。起こしちゃった?」
「ううん……」
時計を見ると……うん、一時間くらい寝ていたようだな。
「おや? 下の妹さんですか?」
「はい、詩織っていいます」
「……だえ?」
寝ぼけているのか、トタトタと亮司さんに向かっていく。
そして、そのままボフッと膝の上に寄りかかる。
「こら、詩織」
「いえいえ、構いませんよ。詩織ちゃん、初めまして。わたしの名前は亮司と申します」
「ジョージ?」
「ププッ!?」
いかん! 色々なジョージが出てきた!
火星のゴキブ○から所まで!
「宗馬君?」
「す、すみません!」
いかん! この人は怒らせてはいけないタイプだった!
若い頃は、相当なイケイケだったらしいし。
「詩織、りょ、う、じ、さんよ」
「りょーじ?」
「ふむ……もともと発音が難しい名前ですからね。おじいさんでいいですよ」
「おじいたん?」
「……ワンモア」
「ふえっ?」
「はい?」
なんか、今……色々変だったぞ?
「い、いえ。申し訳ない。子供がいないものですから……少し嬉しくなってしまいました」
……ああ、そういうことか。
「詩織、このおじいさんはな、俺のおじいさんみたいな人なんだ」
「宗馬君……」
俺は、この方に様々なことを教わった。
家を買うことから、店を開くまでのアドバイスから……。
兄貴や桜さんの教育が間違っていたわけではないが、二人とも若い時に親を亡くしている。
なので、古い慣習や言葉などを教えられることはなかった。
この方は、そんな俺に先達の知恵を授けてくれた。
本来なら、おじいちゃんやおばあちゃんに聞かされるようなことを。
ならば、何も間違っていないはず。
「おじたんのおじいたん? ……じゃあ、詩織のおじいたん!」
「グハッ!?」
「へ、平気ですか!?」
「え、ええ……破壊力が」
「ええ、わかりますとも。あの笑顔は反則ですね」
「ハハ……変な二人」
「春香も、歳をとればわかるさ。あっ——実は、さっきのバイトの相談が……」
「そういえば、言っていましたね」
「で、もし良かったらなんですけど……」
俺は一通りの説明をした後、とある提案をしてみる。
「なるほど……」
「もちろん、その分のお給料はお支払いするので……」
「ふむ、しかしそれでは……これこれで……」
「うーん……じゃあ、その方向で……」
こうして話はまとまった。
さて、あとは明日から試してみるしかない。
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