34話色々気づかされる
その後買い物をして、定食屋さんでお昼を食べることにする。
和食がメインの店で、色々な種類があるしリーズナブルな価格設定だ。
「詩織、何が良い?」
「うーんとねー……ちゅるちゅる!」
「あん?」
「お兄ちゃん、多分うどんだと思う」
「なるほど、ちゅるちゅるか。一人で食いきれないよな?」
「いつもは、お母さんと半分個してて……」
「春香は意外と食べるしな」
「も、もう! お兄ちゃんのばかぁぁ……」
「何故だ? 俺は褒めているのに」
「そ、そうなの?」
「ああ、今のうちから食べておかないと身体が出来上がらないからな。それに、俺は……」
「お兄ちゃん?」
「昔から、お前が俺の料理を美味しそうに食べるのを見るのが好きだった」
俺は……何を今更照れている?
……いや、そうか。
今思えば、料理が好きになったきっかけがそれだったのかもしれない。
春香が喜ぶ顔が、桜さんと兄貴が喜ぶ顔が見たかったから……。
「そ、そうなんだ……えへへ。じゃあ、大盛りにしちゃおっかな!」
「じゃあ、俺もそうするか。んで、詩織に分けてやろう」
俺は照れ臭さを隠すように、軽い口調で言う。
「おじたん!」
隣に座っている詩織が、俺の服の端っこを引っ張る。
「うん?」
「サクサクするやつ食べたいお!」
「天ぷらだな。うどんと天ぷらだ」
「うどんとてんぷら!」
「そうだ、覚えておくと良い。しっかりと言葉遣いを覚えて、パパとママを驚かせてやろうな?」
「あいっ!」
その後、無事に食事を済ませると……。
「うぅー……」
「詩織、寝ちゃダメだよ。帰るまで我慢してね」
「あ、あい」
「よし、春香」
「なに?」
「財布を預けるから、会計を済ませてくれるか? 俺は詩織を車に乗せて、店の前まで持ってくる」
「わ、わかった」
「おい……? まさか、会計まで緊張するのか?」
「し、しないもん! ……ごめんなさい、少しします」
「そうか……いや、謝ることはない」
この歳でもと思うが、人それぞれだからな。
「でもやるから」
「おう、頑張れよ」
「うん!」
笑顔でそう言い、会計に向かう。
……これは、早めにやった方が良いかもな。
その後安全運転を心がけながらも、出来るだけ急いで帰宅して……。
「むにゃ……」
「よし、何とか間に合ったか」
「ほっ、良かったぁ」
車で寝ることなく、何とか布団で寝かせることに成功する。
詩織が寝たのを確認し、俺は春香に問いかける。
「春香、少しいいか?」
「う、うん?」
戸惑う春香を連れ、リビングのソファーに座る。
「さて、春香」
「なに、お兄ちゃん?」
「早速だが……明日からバイトしてみるか?」
「ふえっ!?」
「ああ言っておくが……もちろん、研修だ。時給は出すが、仕事をするわけじゃない。流れを見たり、どういったことをするのかを確認するためにだ」
「い、いきなりすぎないかな?」
「さっきの会計云々でも思ったが、早い方が良いだろう。学校での人見知りを直したいんだろ?」
「う、うん……でも、詩織をどうしよう?」
本当に妹思いな奴だな。
買い物中に何か買いたい物があるかって聞いたら、詩織の絵本と答えやがった。
全く……本当に、良いお姉さんだこと。
「それなんだよなぁー。流石に、店の中に置いておくわけにはいかないし」
流石に職権濫用すぎる気がするし……。
もちろん、従業員のみんなは快く受け入れてくれるが……。
来てくれるお客さんのに中には、それをよく思わない人もいるだろう。
「そうだよね……こんな時ね、いつも思うんだ」
「ん?」
「お父さんとお母さんには、言えないけど……おばあちゃんとか、おじいちゃんとかいたらなって……」
「春香……」
そうだよな……普通だったら、こういう時に俺に預けるのではなく……。
血の繋がった祖父母の家に預けるものだもんな。
「ご、ごめんね! お兄ちゃんが嫌とかじゃなくて! それは嬉しくて! ええと……お兄ちゃんだって、おじいちゃんおばあちゃんいないのに……」
「いや、良いさ。気持ちはわかる。というか、痛いほどわかる。俺も両親が死んだ時に、祖父母がいればなと……そうすれば、兄貴や桜さん達に迷惑をかけることもなく」
「それは違うもん!」
春香がその小さい手で、俺の手を握ってくる。
「春香?」
「お、お父さんとお母さんは、お兄ちゃんを迷惑だなんて思わないもん……!」
少し泣きそうになりながら、必死に訴えてくる。
「……そうだな。うん、わかってる」
「お、お兄ちゃんは、私たちがいると迷惑……?」
「そんなわけがない」
もちろん、大変なことは沢山あるが……それ以上ものを貰っている気がする。
だからなのか……それだけは、すんなりと言葉が出てきた。
「えへへ……だから、お父さんもお母さんもそうだと思うんだ」
「そうか……そうかもしれないな」
兄貴と桜さんは、こんな気持ちだったのかな?
俺は結局、一度も聞けたことはない……。
俺を引き取って後悔しなかったのかと……。
その後、俺は店に向かう。
仕込みはしないが、在庫確認をしたり……。
冷蔵庫の中を整理したり、扉や窓を開けて空気の入れ替えなんかをする。
「おや? 宗馬君?」
この声は……。
「亮司さん?」
開いたドアから、亮司さんがひょっこりと顔を出している。
「すみません、邪魔をしてしまいましたね。暇なので散歩をしていたのですが……」
「いえ、平気ですよ。ただの空気の入れ替えと、確認作業ですから」
「それは大事なことですね。一日人が入らないだけで、随分と違いますから」
「ええ、そうなんですよ……そうだ、良かったら俺の家でお茶でもどうですか?」
「えっ?」
「少し、相談に乗って頂きたいことがありまして……」
「ふむ、何ですかな?」
「税金関係のことと、妹を明日からバイトさせようと思ってまして……」
「なるほど、税金関係なら力になれそうですね。妹さんですか? 許可を取ったのではないですか?」
「ええ、皆からとりました。ですが、その際に下の妹をどうするのかと思っていて……」
「ふむ、一人にするのは可哀想ですね……。力になれるかはわからないですが、私で良ければ相談に乗りましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、私もお世話になってますから」
良かった、心強い相談相手が見つかった。
この方なら、何か良いアイデアを思いついてくれるかもしれない。
……と、この時の俺は気楽に考えていた。
……まさか、あんなことになるとは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます