33話ほどけていく心

 しばらく、フェンスに寄りかかりながら空を見上げいると……。


「お兄ちゃん?」


「おっ、終わったか?」


「う、うん。お兄ちゃんに、よろしくって……どうしたの?」


「ん? なにがだ?」


「急にどっかに行っちゃうし……なんか、泣きそうな顔してたから」


 ……いかんな、春香に気づかれるくらいか。

 ふぅ……俺のつまらんことで、心配をかけるわけにはいかないな。


「いや、何でもないさ。ほら、出かける準備するぞ」


 頭を軽くポンポンして、先に部屋に入った。


「おじたん!」


 すると、詩織が駆け寄ってくる。


「おっ、機嫌いいな? パパとママとお話し出来たか?」


「あいっ!」


「そうか、なら良かった」


「おじたんの言うことを聞くようにって! そしたら、帰ってきた時に褒めてくれるって!」


 ……なるほど、良い考えだな。

 というか、俺が助かる。


「そうか。なら、引き続きお着替えや歯磨きとか頑張らないとな?」


「あいっ!」


「うし、良い返事だ。じゃあ、出掛けるから着替えてきなさい。春香もな」


「はーい、詩織行こっか?」


「あいっ!」


 詩織は春香に手を引かれ、自分の部屋の中に入った。


「さて、俺も着替えるとしますか」





 スエット上下から、青のジーパンとV字Tシャツ、黒のジャケットに着替える。


「わぁ……」


「ん? どうした?」


「う、ううん! ここにきてから、初めてまともな格好を見たから……」


「そんなことは……あるな」


 そういや、基本的にはジャージとかスエットだなぁ。

 詩織のお迎えの時も、ジャージてこそないが……短パンにTシャツとかだな。

 これからは、そういったことにも気を配らないといけないのか。


「お、お兄ちゃんはカッコいいんだから……もったいないもん」


「お、おう、ありがとな。お前も、よく似合ってるよ」


 今日は白のワンピースに、黒のカーディガンを羽織っている。

 肩にはショルダーバッグ、頭には黒のベレー帽をしている。


「ほんと? ……えへへ」


 へぇ……こんな風に笑うようになったのか。

 笑うというか、微笑みというか……。

 いつまでも、ガキ扱いはできないかもな……そうか、高校生だもんな。


「おじたん! しおりは!?」


「おう、詩織も可愛いぞ。お姫様みたいだな」


 至って普通の格好なのだが、着ているのが詩織だからな。

 抱っこして、思わず頬摺りをしてしまうくらいだ。


「きゃはー!」


「むぅ……温度差があります」


「おいおい、お前にもこれくらいしてやったろうに」


「お、覚えてないもん!」


「やれやれ、困ったお姉ちゃんだこと」





 準備を済ませたら、車へと向かう。


「あっ——前にチャイルドシートがついてる……」


「あん? 後ろの方が良いか? それなら付け替えるが……」


 もしかして、前だと危ないのか?


「う、ううん! 助手席に乗りたかっただけだもん……」



「助手席に? なんでだ?」


「べ、別に良いの!」


一応、チャイルドシートを後ろの席に移す。

春香が隣の方がいいだろうし。


「よくわからんが……乗りたいなら、今度乗せてやるか?」


「ふえっ? ……い、良いの……?」


「別にかまわん。時間があれば話だが」


「乗る! 絶対に乗る!」


「お、おう」


「変なおねえたん!」


「あぅぅ……」


 相変わらず、よくわからん奴だ。


 まあ、機嫌が良くなったから良いか。







 その後、車を走らせ……。


 イトーヨーカ○ーへやってくる。


「ふぅ……割とあちこちにあって助かったな」


 昨夜何件か調べたところ、遊具場があるところは一つしかなかった。

 どうやら、怪我などや危険ということでほとんどが廃止されたらしい。

 今の世の中では仕方のないことかもしれんが……釈然としない部分もある。

 危険や怪我を避けていたら……いざという時にどうするのだろうか?


「お兄ちゃん? どうしたの?」


「おじたん! はやくはやく!」


 ……でも、この二人を見ていると思う。

 出来るだけ安全に危険な目には合わせたくないと。

 何というか……親って大変だな。





 まずは詩織の要望通りに、屋上へとやってくる。


「わぁーい!」


「詩織! 走っちゃダメ!」


「あい、ごめんなさい」


「はい、良い子ね。ほら、一緒に行こ?」


「あいっ!」


「クク……よく言うぜ」


 ついこの間まで、走っていたのはお前だろうに。

 すっかり、お姉ちゃんになっちまったな。





「おじたん! 見てー!」


「はいはい、見てるよ。怪我するなよー」


 なるほど、そのためのズボンか。

 出かける前に、何か手に持ってると思ったら……。

 あのままでは、中身が見えてしまうからな。


「わわっ!?」


「きゃはー!」


 二人で手を繋いで、トランポリンで跳ねている。

 というか、春香の方が危なっかしい。


「そういや、あいつ運動オンチだったな」


 確か、逆上がりが出来なくて泣いてたっけ……。

 可愛い妹のために、頑張ってるんだろうなぁ。


「お兄ちゃん〜! 代わって〜!」


「へいへい、おっさんも頑張りますかね」


 大人も出来る方に向かい、詩織の手を取る。


「ほら、飛ぶぞ」


「あいっ!」


「それっ!」


「わぁー! すごいお!」


 しっかりと身体の軸を持って、詩織の手を握る。

 楽しませることを優先して、怪我でもさせたら元も子もないからな。


「うぅー……ずるい」


 フェンス越しから、春香が何かブツブツ言っている。

 ……そういうことか?




 その後、詩織が満足したので……。


「詩織、お姉ちゃんも俺とやりたいらしい。ここで待ってられるか?」


「ふえっ!?」


「あいっ! 楽しいからおねえたんもやるお!」


「おう、良い子だな」


「えっ、えっと……」


「何だ? 違うのか? なら、別」


「やる! やるもん!」


「おい、女の子がやるとか大声で連呼するなよ」


 周りは何事かと思い、こちらを見ている。


「はぅぅ……お兄ちゃんのばかぁぁ……」


 え? これって俺が悪いの?





 二人でトランポリンに乗り……。


「おい、手を出して」


「は、はぃ……」


「何を緊張している? ははーん、怖いんだろ? お前、運動オンチだったからな」


「ち、違うもん!」


 恐る恐る、俺の手を握り返す。


「よし、いくぞ」


「う、うん——ひゃっ!?」


 春香をしっかりと支えつつ、高く飛び上がる。


「こ、腰!」


「ん? ああ、悪い。こっちのがバランスが良いかと思って」


 片手を春香の両手で握らせ、俺のもう片方が腰を押さえている。


「あぅぅ……」


「やめるか?」


「う、ううん!」


「よし、じゃあ——行くか」


「キャ——!?」


 結局、楽しいんだかよくわかんない奴だ。






 その後は、屋上にあるアイスクリームを三人で食べる。


 昼飯が食えなくなったらあれなので、三人で一個を分ける形だ。


「美味しいねー?」


「おいちい!」


 ……なんか、平和だな。


 ここ二年くらいは店を探したり、実際に開店したり……。


 日々に追われ、忙しい時を過ごしていたから……。


 心休まるというか……家族って良いものだな。



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