32話朝の事件と、兄貴に電話
……あれ? 起きないと……。
いや、待て……今日は定休日か。
でも、そろそろ起きないと……。
いかん、色々と疲れてるなぁ……。
普段なら、こんなことないんだが……。
やはり、生活が大きく変わったのが原因か。
嫌という気持ちはないが、こればっかりはなぁー。
「うーん……」
「ドーン!」
「グハッ!?」
「おじたん! 朝だおー!」
「お、おふ」
こ、呼吸が止まるかと思ったぜ……。
どうやら、腹の上にダイブされたらしい。
「こら! ダメでしょ! お兄ちゃん、平気?」
「あ、ああ。平気だ」
ほんとは、平気じゃない。
五歳児とはいえ、15キロくらいはあるはずだ。
「詩織、危ないからダメよ」
「あいっ!」
詩織は何故か、俺の枕を抱きかかえてご機嫌の様子。
あの? 多分、おっさんくさいと思うのですが?
「うぅ……全然、わかってなさそう」
「まあ、お前にもよくやられたしな」
「うっ……はい、覚えています」
「そう縮こまるな。今では、良い思い出だ」
起きるために、ひとまず布団を剥ぐ。
「はれぇ? おじたん、これなーに?」
「あん?」
詩織が指差す方を見ると……俺の息子がテントを張っていた。
「ふえっ!? ……お、お兄ちゃんのばかぁぁ——! エッチ——!」
春香は詩織から枕をぶんどり——振りかぶった。
「ま、待て——グホッ!?」
それは見事に俺の顔に当たり、俺は再び横になる。
「きゃはー! おじたんふっとんだ!」
「詩織! 見ちゃダメ! いくわよっ!」
ドタドタと音を立てて、二人が部屋から出て行った。
「……やっちまった」
いや、これは生理現象であって……若さの象徴であり……。
二人がいると、そういったモノを見るタイミングが……。
故に、これは不可抗力であり、無罪を主張したいです……。
「ダメだ……言い訳が、すでにセクハラ案件だ」
……とりあえず、おさまるまで待とう。
かちゃかちゃと、箸の音だけが聞こえる。
……いかん! 何か話さなくては!
「おじたん? おねえたん? ケンカしたお?」
空気を読んだのか、それまで黙っていた詩織が声を上げる。
少し泣きそうに見える……これはまずい!
「け、ケンカしてないぞ! そ、そうだっ! 詩織! 今日は何処に行きたい!?」
「そ、そうよっ! な、仲良しなんだから! 詩織、何かしたいことある?」
「よかったぁ! うーん……デパート行きたいお! トランポリン!」
「……あん? デパートでいいのか? というか、トランポリンって……」
「あぁ〜あそこに行きたいんだ。お兄ちゃん、イトーヨーカ○ーだよ」
「……ああ! そういやあったな!」
あそこのデパートの屋上には、遊技場みたいのがあった記憶がある。
「お父さんが、よく連れてってくれたんだ。というか、私とお母さんの買い物が長くて……それでお父さんも詩織も飽きちゃって」
「なるほど、女の買い物は長いからな」
俺も彼女がいる時は大変だった……。
何故に二、三時間も見ていられる?
しかも買わないし、意見求める割には選ばないし。
「むぅ……」
「何故、むくれる?」
「し、知らない!」
「はぁ……相変わらず、変な奴」
「お兄ちゃんが悪いんだもん!」
「そうだお!」
「へいへい、私が悪うござんした」
感情的になった女の子に逆らってもいいことはない。
経験が浅い俺でも、それくらいはわかる。
朝飯を済ませ、少し休憩していると……。
「ん? ……来たか。春香、詩織のこと頼む。少し、外に出てくる」
まずは、俺がゆっくり話したいことがあるからな。
テレビに夢中になってる今がチャンスだ。
「あっ——うん、わかった」
「あとで、お前にも代わるからな」
玄関を出て、電話に出る。
『おっ、もしもし?』
『おう、兄貴。連絡待ってたよ』
『すまんな。少し接続に手間取った』
『Wi-fiだっけ?』
『ああ、海外用のな。ただ容量の関係で長電話は出来ない』
階段の手すりに寄りかかり、話を始める。
『じゃあ、手短に済ませるか。詩織と春香にも声を聞かせないとだし』
アメリカって言っていたから、今は……あっちは夜の七時くらいか。
『何か困ったことや、変わったことはあるか?』
『詩織は良い子で助かってる。今の所、特に問題はない。春香の方が大変だ。俺は罵声を浴びせられてるよ』
『ははっ! どうせ、お前が余計なことを言ったんだろ?』
『知らん。若い娘の考えることなんか知らんし』
『まあ、大目に見てやってくれ。あいつは、お前と暮らせるのを楽しみにしてたからな』
『そうなのか? うーん、なら良いけど』
『春香のことで何かあるのか?』
『ああ、まずはバイトがしたいってよ。とりあえず、俺の店の従業員には許可を得たから。あとは、様子を見て体験からさせるつもり』
『面倒をかけて悪いな。だが、お前なら安心だ。ただ、やるからには甘やかすんじゃないぞ?』
『ああ、もちろんだ。俺も道楽でやってるわけじゃないんでね』
『それなら良い。他は?』
『あぁー……スマホを買っても良いのか? どうやら、友達作りに失敗したらしい』
『あっ——忘れてた。そうか……ただでさえ、引っ込み思案な性格だからなぁ』
『俺には全く違うけどな』
『そりゃー信頼してるからだろ。何を言ったって嫌われないと確信してるんだよ』
『まあ、たしかに嫌うことはないな。で、どうする?』
『お金は全額払うから、好きなのを買ってあげてくれ。それくらいはしてやらんと』
『わかった。じゃあ、俺の方でやっておく。料金や支払いは、預かってる通帳で良いのか?』
『ああ、それで頼む……ん? ああ、いいぞ。桜が少しだけ話したいってよ』
『もしもし?』
『桜さん、どうも』
『宗馬君、二人の面倒を見てくれてありがとね。もし悪いことしたら遠慮なく叱ってくれていいから』
『二人ともいい子なんで、今の所平気ですよ。桜さんの育て方が良かったんですね』
隣から、兄貴の『おい!?』という声が聞こえる。
『ふふ、なら宗馬君も良い子ね』
『へっ?』
『私が育てたようなものだもの』
『はは……間違いないですね』
俺が人から褒められるとしたら、この人のおかげだろうな。
他人である俺を、時に叱り、時に甘えさせてくれた。
『さて……春香とはどう?』
『ばかとか言われてますね』
『あらあら、あの子も素直じゃないから。宗馬君……時が来たら、あの子の話を真剣に聞いてあげてね?』
『はぁ……わかりました。よくわからないですけど』
『そのうちわかるわ。じゃあ、二人と代わってもらえる?』
『わかりました』
玄関には入り、スピーカーをオンにして二人に電話を渡す。
「パパ!? ママ!?」
「お父さん、お母さん」
『あらあら、元気な声ね』
『二人とも、元気そうで何よりだ』
俺はそれを見届けて、再び玄関を出る。
「ふぅ……いや、別に出る必要はなかったのか」
春香と詩織、兄貴と桜さんと別々に話す分には気にならないが……。
……全員が揃うと、自分だけが異物のような感覚に襲われる。
……我ながら、情けのないことだ。
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