31話やることが山積みのようだ

 その後、家に戻ると……。


「おっ、おかえりなさい……」


 明らかに沈んだ様子の春香がいた。

 どうやら、上手くいかなかったようだ。


「おう、ただいま」


「おねえたん! ただいま! どうかしたお?」


「う、ううん! 何でもないのよ。さあ、お兄ちゃんは任務があるからね。帰ってくるまで、お姉ちゃんと遊ぼっか?」


「あいっ!」


「じゃあ、頼んだ」


「お兄ちゃん! ……これ」


「おっ、また作ってくれたのか。というか、お前はちゃんと食べたんだろうな?」


 その手には、ラップに包まれたおにぎりとサンドイッチがある。


「う、うん……同じやつ作ったから」


「そうか、ありがとな。じゃあ、行ってくる」


「「いってらっしゃい!!」」


 二人に見送られ、階段を下りていく。


 気になるし、バイトの件もあるが……。


 とりあえず、今は仕事に集中しなくては。






 金曜のディナーは、正しく戦争である。


 一般的に、金曜日というのは財布の紐が緩む。


 うちの店は予約制とはいえ、金曜は単品注文も多いので大変だ。


「宗馬君、生ハムサラダ二つお願いします」


「大将! 鯛のカルパッチョ三つです!」


「宗馬さん、マルゲリータピザ二つ追加です」


 亮司さん、今野さん、健二君の三人体制だが……。


「兄貴! ピザやります!」


「おう、任せた」


 俺の手は休むことなく、ひたすら動いている。


「カルパッチョソースはバルサミコ酢とオリーブオイル……生ハムサラダにはパルメザンチーズとシーザードレッシング……」


 小声で口に出しつつ、次の行程を確認しながら作業する。

 この方がミスが少ないし、作業スピードも上がるからだ。


「兄貴!」


 焼き上げの確認を横目でチラッと見る。


「おう、いい焼き色だ」


「うしっ!」





 忙しい金曜日だが、このように和也の成長もあり……。


 なんとか無事に、終わりを迎えた。


「ふたりとも、お疲れ様。先に上がってくれ」


「お疲れ様でーす。じゃあ、私達はお先に失礼しますねー」


「お疲れ様でした」


 学生さんの二人を先に帰して、後片付けをする。


「いやー、疲れましたね」


「だな。でも、和也が使えるようになってきたから助かるよ」


「まじっすか!? ……でも、言われたことぐらいしかできてないですけど」


「それだけでも助かるさ。少しずつ覚えていけばいい」


「はいっ!」


「眩しい若者を見るのは気分が良いものですね」


 隣でワイングラスを磨きつつ、亮司さんがつぶやく。


「亮司さんだって、まだまだこれからですよ」


 還暦を過ぎたとはいえ、平均年齢を考えればまだまだ人生は長い。


「いえいえ、私は妻も子供もいませんから。あとは、静かに余生を過ごすだけですよ」


 うーん……仕事はできるし、会話も普通に出来るんだけど。

 少し覇気がないというか、経緯を知っているから踏み込み過ぎるのもどうかと思うし。

 俺の原点であり恩人でもあるから、何か力になれたらいいけど……。







 仕事を終えて、帰宅すると……。


「お兄ちゃん、お帰りなさい」


「ああ、ただいま」


 出迎えてくれた春香に挨拶をし、手洗いうがいをしてからソファーに座る。


「明日はお休みなんだよね?」


「ああ、土曜日だからな。詩織は何か言っていたか?」


「お出掛けしたいって……どうしよう?」


「どうしようもないだろ。何処か連れて行かないとな」


「いいの? お兄ちゃん、疲れてるのに……」


「はん、舐めるなよ。俺はまだ若いんだぞ? お前から見たらおっさんかもしれないが」


「お、おっさんじゃないもん。お兄ちゃんは若いもん」


「おっ、嬉しい事言ってくれるな。さて……バイトの件だが、全員から許可をもらったよ。あとは、タイミングを見て始めるとしよう」


「あ、ありがとう……で、できるかな?」


「さあな、そればっかりはやってみないとわからん。皆も出来る限りフォローするってさ」


「みんな、良い人だよね。なんていうかな……自分を持ってる?」


「そうかもしれないな。種類は違うが、自分の中に確固たる信念や考えを持っているかもしれない」


「わたしには、そういうのが足りないのかな……? 」


「ないのか? これだけは負けないとか、これだけは譲れないものとか」


「ふえっ? ……あっ——」


「ん? ありそうな顔だな。それは何だ?」


「お、お兄ちゃんには言えないもん! ばかぁ……!」


「あん?」


 ただ、聞いただけなのに……難しいやつ。


「そ、それより! わたしは、そういうのがあまりなくて……だから、友達も出来ないのかも」


「なんだ、今日も話せなかったのか?」


 春香は気まずそうにコクンと頷く。


「まあ、一人が好きなら話は別だが……そうじゃない場合は、友達いないとしんどいわな」


「月曜から通常授業が始まるから……お昼ご飯どうしよう?」


「もうグループが出来てる感じなのか?」


「うん……YouTubeの知らない話とか、SNSの話題とかわかんないし。もちろん、興味自体もあまりないけど……少しくらいは、覚えたいと思ったり」


 あぁー時代が違うな。

 そうだよな、今の時代の子達は大変だな。

 俺が学生の頃は、まだここまでじゃなかった。

 ちょうどスマホが出てきて……あっ——。


「おい、今更なこと聞くが……スマホは?」


 よく考えて見たら、いじってるのを見たこともない。

 というか、連絡先の電話番号しか知らない。

 それも、一度もかけたこともないし、かかってきたこともない。


「へっ? も、持ってないよ? 今も、ガラケーを使ってるよ」


「なに? ……いや、普通なのか?」


「ううん、高校生の9割はスマホを持ってるって……」


「そりゃ、友達も出来づらいわな。兄貴や桜さんは?」


 俺の独断で買わせるわけにはいかない。


「実は、そういう話も出たんだけど……急に転勤が決まって、それどころじゃなくなっちゃって」


「まあ……それもそうか。欲しいのか?」


「お、お兄ちゃんも持ってるよね?」


「俺も最近買ったばかりだよ。だから、ちっとも使い方もわからん」


 ライン登録やらPayPayやらさっぱりだ。

 なにせ高校生の時は、スマホを持てるような環境ではなかったし。

 元々ものぐさなので、大人になっても大した必要性も感じなかったし。


「そ、そうなんだ。でも、あった方が良いかな?」


「すまんが、ちょっと待ってくれな。確か、明日辺りに兄貴から連絡が来るはずだ」


「そういえば、お父さんが間違っても電話するなって」


「料金がえげつないからな。多分、あっちで使えるWi-fiをレンタルしてるはずだ」


「えっと……?」


「大丈夫だ、俺もよくわからん。ただ、それを使えば容量の関係もあるが通話やメールを送れるようになるらしい。ただ、時差があるから前もって時間調整をしないとな」


「へぇ〜……お兄ちゃん、ありがとう」


「あん?」


「そういう面倒なこと聞いててくれて……わたし、全然知らなくて」


「良いんだよ、それで。甘えるのが妹の仕事だ。俺の楽しみを奪うんじゃない」


 照れ臭いので、頭をわしわしと撫で回す。


「うぅー……頭くしゃくしゃだよぉ〜」


「悪い悪い。げっ、こんな時間かよ。ほら、とりあえず寝ろ」


「はーい。お兄ちゃん、おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 春香が部屋に入るのを確認して……。


「ふぅ……」


 やることは山積みだ。


 春香のバイトのこと、スマホのこと、学校のこと。


 春香が通常授業になるから、詩織の面倒もどうするか……。


 五歳児を、一人でこの部屋に居させるのもな……。


 危険だし……何より寂しがらせてしまう。


「その辺りも、兄貴達に相談しないといけないか」


 ……俺も大変だったけど。


 兄貴達も、俺が居て大変だっただろうなぁ。


 その分の恩だけでも、返していかないと。

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