29話春香とのお話

 ……確か、兄貴が言っていたな。


 何回か電話しあって色々と確認したはすだ……。






『兄貴、何かさせてはいけないこととかあるか?』


『男女交際だっ!』


『お、おう。いや、でも高校生だぜ?』


『まだ早すぎる!』


『兄貴、それってブーメランだからな? 兄貴が桜さんと付き合ったの、高校一年だろうに』


『ぐっ!? ……いや、しかし……』


『というか、そればっかりは俺にはどうにもできないし』


『いや、お前なら問題ないのだが……』


『あん?』


『い、いや、なんでもない。そうだな……バイトはさせないでくれ』


『なに? 出会いが出来るからか?』


『それもあるが……俺たちはお金で苦労しただろ? 特に、お前は春香の世話とバイトでろくに遊ぶこともできなかった。しまいには、彼女に振られているだろう? まあ、俺の稼ぎが良くないのが原因だが』


『言っておくけど、それを悔やむことだけはやめてくれ。俺は春香の世話を嫌だと思ったことはないし、バイトだって自分で決めたことだ。振られたのも、全部俺が悪かったし』


『宗馬……ありがとな、お前が弟で良かったよ』


『はいはい、そうですね』


『まあ、照れるなよ。そうだな……俺は学生の本業は勉強だと思っている。今の世の中は多様性があって、勉強は必要ないという人もいるがな。それでも努力して勉強したことや、学校生活で経験したことは無駄にはならないと思う』


『まあ、言いたいことはわかる。俺も大学行けば良かったかなとか思うこともあるし。経済学とか心理学、あとは税金関係の本を読んでるけど独学だと中々難しいし』


『行かせてやり……いや、今のなしだ』


『ああ、そうしてくれ。行きたかったなら、奨学金でも何でもして行けば良かっただけだ。でも、バイトだって社会経験になるぜ?』


「それもわかる。だから……もし春香がバイトしたいと言い出したら、お前のところで雇ってもらえないか?』


『……なるほど』


『もちろん、最終的な判断はお前に任せる。お前だって生活がかかっているしな。まあ、そんなにすぐには言ってこないだろう。その前に俺の転勤も終わるかもしれんし』









 ……兄貴、一週間も経たずに早速言ってきたけど?


「お、お兄ちゃん……?」


「そうだな。まずは……どうしてだ?」


「う、うんとね……わ、わたし、人見知りなの」


「ああ、そうらしいな。俺には大分遠慮ないけど」


「お兄ちゃんのばか……」


「あん?」


「なんでもない! そ、それでね、それを直したいなって思って……でも、勉強もあるから週二回くらいで……こんな理由じゃ雇ってもらえないかな? 色々調べては見たんだけど」


「なるほど。まあ、雇うかどうか微妙だな。相手は慈善事業じゃないし。バイトとはいえ、お給料は発生するし、店の一員となる」


「そうだよね……」


「ただ、その真っ直ぐさは良いと思うがな」


「ふえっ?」


「大体の奴は面接で嘘をつくからな。社会経験がしたいとか、週五で入れますとか。実際は遊ぶ金欲しさや、週に三回くらいになったりする」


「そ、そうなの?」


「まあ、俺の知る限りではな。あと、バイト募集に記載してあるものは鵜呑みにしない方がいい。大体が嘘……とは言えないが、そういうものもある」


「えっと……どういうこと?」


「実際の時給が違ったり、研修という名のもとにこき使ったりもする。あとは希望した時間帯とは違うシフトになったりな」


「えぇー……そんなことしても良いの?」


「良くはないさ。しかし、それがまかり通ってるところもある」


「ふぇ〜怖いね……」


「まあ、どんなところでしたいかにもよるけどな」


「接客業かなって……人と話すの苦手だから」


「ふむふむ。まあ、可愛いからケーキ屋さんとかカフェなら雇ってもらえるかもな」


「か、可愛い!?」


「あん? ああ、俺の妹は可愛い決まってる」


 というか、あまり自覚がないのか?

 周りの男子たちは何をしている?

 それとも、清楚系美少女は最近では人気ないのか?


「あぅぅ……そ、そういう意味かぁ……ばか」


「おい? ばかばかいうなよ」


「だ、だってぇ……」


「何故泣きそうになる? ……さて、突然だが提案だ」


「えっ?」


「ここにお店を経営しているオーナー兼店長がいるのだが?」


「そ、それって」


「俺の店で働くか?」


「うぅー……グスッ」


「な、何故泣く?」


「だ、だってぇ……わたし、迷惑ばっかりかけてるのに……」


「俺が一言でも迷惑だと言ったか?」


「ううん……言ったことない。でも、生活まで面倒みてもらってるのに……」


「それ、やめにしないか?」


「ふぇ?」


 俺の言葉に、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「してもらってるのにとか、迷惑とか、面倒とか。俺は俺の意思でお前を預かってるし、嫌々暮らしているわけでもない。むしろ、お前と詩織には助けられてるさ」


「えっ? な、何もしてないよ?」


「家に帰ってきて、誰かがいるっていうのは良いもんだ。それが寝てたとしても、空気感っていうのかな。人の気配がするって安心するんだよ」


「……わかるよ。わたしも、お兄ちゃんが帰ってきてると安心したもん」


「まあ、そういうことだ。それに片付けや料理だって頑張ってるだろ?」


「でも、全然上手くできないよ……?」


「初めから上手く行く奴なんていないさ。少なくとも、俺は嬉しいけどな」


「で、でもぉ……」


「それに——家族なんだから」


 今、自然とそう言えた気がする。

 一度は家族になることから逃げ出した俺が……。

 でも、そういうことなのかもしれない。

 その暖かさ、有り難みを……二人が思い出させてくれた。


「お兄ちゃん……」


「だから、遠慮なく俺を頼ってくれ。俺はお兄ちゃんなんだからな」


「う、うん! ……ありがとう、お兄ちゃん」


 そう言って、ようやく笑顔を見せてくれた。


「おう……ほら、さっさと寝なさい」


 いかん、今更恥ずかしくなってきた。

 我ながら、なんつーくさいセリフを……!


「う、うん、おやすみなさい」


 春香の方も照れ臭いのか、そそくさと退散して部屋に戻る。


 ……とりあえず明日の金曜日に、従業員の皆に相談だな。


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