28話最後の従業員は、お助けマンで老紳士

詩織を乗せて、無事に家へと戻ってくる。


すると、そこには見慣れた靴がある。


「あれ? 春香?」


「おねえたん! ただいま!」


リビングから少しおどおどした春香が顔を出す。

これは……上手くいかなかったか?


「詩織、お、おかえり! お兄ちゃんも……」


「おう、ただいま。そうか、帰ってたのか。詩織、手洗いうがいをしてきなさい」


「あいっ!」


うんうん、一人で出来ることはやらせていかないとな。


「お兄ちゃんは、すぐに仕事?」


「いや、少し飯を詰めこんでから行く。さすがに、夜まで食わないのはしんどい」


「こ、これ、良かったら……」


後ろに隠してた手から、見慣れた袋が目に入る。


「おっ、マク○か。帰りに行ったのか?」


「う、うん。それで、お兄ちゃんがお腹空いてるかなって思って……元々はお兄ちゃんのお金なんだけど」


「いや、助かったよ。そうか、友達はできたか?」


「そ、そこまでじゃないよ」


うーん……まあ、色々突っ込みたいところだが、今は時間もないしな。

それに、あんまり聞かれるのも嫌な年頃だろうし……少し待ってみるか。


「じゃあ、悪いが詩織を頼むな。俺は、有難くこれを頂戴しよう」


「うん! お仕事頑張って!」


「おう、ありがとな。頼りになるお姉さんで助かるよ」


「ふえっ!? わ、わたしが……?」


「あん?」


「ううん! ごめんね! いってらっしゃい!」


「よくわからんが……行ってきます」


一体、何に驚いたんだ?

相変わらず、よくわからん妹だこと。

まあ、暗い顔が明るくなったから良しとするか。




その後は和也の指導をしつつ、マク○を食べ……。


ディナータイムが始まる前、お助けマンが現れる。


「こんばんは、宗馬君」


「亮司さん、ありがとうございます」


お助けマンこと、佐々木亮司さんだ。

還暦を過ぎた老紳士で、以前は喫茶店のマスターをしていた。

その店の常連だった俺は、様々な事情により彼を雇いたかった。

そして、まだまだ若造の俺に、色々なことを教えてくれる大先輩でもある。


「いえいえ、私も楽しんでいますから。それに、宗馬君の料理は美味しいですからね」


「そう言って頂けると嬉しいです」


そう……この落ち着いた雰囲気こそが、ディナータイムに欲しかったんだ。

俺たちは若すぎて、そういう雰囲気がまだ出せない。

ディナータイムは年齢層が高いから、そういう人を雇いたかったんだよな。


「では、私がホールを担当いたしましょう。お二人は、料理に専念なさってください。今野さんは、ドリンク類をお願いします」


「「「イエッサー!」」」


三人とも、ついつい同じ格好で敬礼をしてしまう。

こう……ぴしっとするっていうか、きちんとしなきゃ!って気にさせられる。





もちろん、その仕事振りも見事だ。


「あら、亮司さんじゃない。今日のおすすめは何かしら?」


あれは……店の常連であり、自治会長を務めている河村さなえさんだ。

ご主人が出張でいない時に、たまに食べに来る方だ。

悪い人ではないが、少し気難しいところがある。

……俺は、少し苦手だったりする。


「こんばんは、さなえ様。本日のおすすめはローストビーフ~マスタードソースを添えて~となっております」


「あら、いいわね。じゃあ、それをお願いしようかしら」


「ご一緒にこちらのワインはいかがでしょうか? 少し甘口のワインで、よく合うと思いますよ?」


「そうね、頂こうかしら」


「ありがとうございます。では、すぐにお持ちいたしますね」


……かっけー。

いや、言葉自体はありふれたものなんだけど……。

所作が綺麗で、一個一個の動きが洗礼されている。

何よりいい声だし、声が柔らかい。


「宗馬君、おすすめを一つお願いします」


「はい、すぐにお持ちしますね」


手早くカットして、スライスした玉ねぎを敷いたお皿に盛り付ける。

さらにパセリとレモン、その脇に特製ソースを添える。


「うむ、綺麗ですな」


「あ、ありがとうございます」


亮司さんはそう言い、お皿を持っていく。


「ふぅ……」


「兄貴って、亮司さんにはいつも緊張してますよね?」


「当たり前だろ。俺があの人の店のビーフシチュー目当てに何年通ってたと思う」


俺が洋食に目覚めたきっかけをくれた人だ。

高校一年の時に、たまたま入って食べたら……感動してしまった。

濃厚で、それでいて後味の良い美味しさ。

肉はほろほろで、口の中で溶けるようで……うん、最高だった。


「確か、奥さんを亡くしているんですよね……」


「ああ、数年前にな」


愛妻家で、子供もいない亮司さんは……意気消沈してしまった。

二人でやっていた喫茶店を畳むと聞いた俺は、居ても立っても居られず……。

うちの店で働いてくれませんか!と頼み込んだんだよな。





そして、疲れないディナータイム終わる。

亮司さんがいると、ホールを気にしなくていいのが大きい。

何より、売上も上がるし。


「お疲れ様でした。亮司さん、ありがとうございます」


バイトの女性とは違い、最後まで手伝ってくれるのも助かる。

特にグラス拭きなんかはお手の物だし。


「いえいえ、こちらこそありがとうございます」


「これ、良かったら食べてください」


残業代わりに、ローストビーフとソースを入れたタッパーを渡す。


「宗馬君、いつもありがとう。では、この後ワインと一緒に飲むとしますね。では、失礼いたします」


その去り際も見事だ。

すっと、ターンのように踵を返して去っていく。


「いやー相変わらず渋いっすねー」


「だよなー、カッコいいよなぁ」


週に二回ほど来てくれる亮司さんは、正しくお助けマンである。





仕事を終えて、家に帰ると……。


「お兄ちゃん、お疲れ様」


「おっ、起きてたのか。もうすぐ十一時になるが……明日も学校だろ?」


「うん……そうなんだけど……」


少し俯いて、元気がなさそうに見える。

ふむ……疲れているが、可愛い妹のためだ。


「お茶でも飲むか?」


「ふえっ?」


「何か、話があるんじゃないのか?」


「いいの……? お兄ちゃん、疲れてるのに」


「いいに決まってる。ほら、行こうぜ」


「えへへ……ありがとう、お兄ちゃん」


お茶を用意して、リビングのソファーに座る。


「で、どうした?」


「あ、あのね……バ、バ」


「ババ?」


もしや、またバカァと言われるのか?

いや、何もしていない……はず。


「ち、違くて……お兄ちゃん、わたし……バイトがしたい」


「あん?」


……これまた難題が出てきたぞ。


疲れた頭をフル回転させ、俺は思考の整理をするのだった。



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