26話変わる生活

急いで戻った俺は、すぐに店の鍵を開けて中に入る。


「パスタソースの仕込みをして……」


車の中でシュミレーションをしてきたので、素早く作業に取り掛かる。


「玉ねぎニンニクをオリーブオイルで炒めて……」


その間にトマトホール缶を処理する。

今作っているのは、全てのトマト系のベースになるソースだ。


すると……。


「おはようございます!」


「悪いな、和也。いつもより早くて。平気そうか?」


「はいっ! 余裕っすよ! 友達とかの通勤時間を考えたら楽なもんですし」


「まあ、俺もそれがあって自宅兼仕事場にしたけど。それとありがとな、きちんと上乗せはするから」


「い、良いんですか? ただでさえ売り上げ下がってるのに……俺のしては指導代だと思ってたんですけど……」


「うん? 上の者が下の者に教えるのに金なんかとるか。セミナーや昔の料理人じゃあるまいし。俺が、そういうのが嫌いなのは知ってるだろ?」


教えてもらいたければ、無償で何かをしろとか。

酷いやつは、仕事以外の雑用まで頼んだりしてたからな。

さっさと仕事を教えて、それで手伝ったもらった方が効率が良いに決まってる。


「ええ、知っていますけど……」


「なら、この話はおしまい。その代わりに、さっとと覚えてくれれば良いから」


「は、はいっ! よろしくお願いします!」


「おう、こちらこそよろしく。じゃあ、これからやってもらうか」


「手羽元ですか?」


「ああ、これを水から煮出す」


「えっ? 水からですか?」


「ああ、そうだ。骨つきだし、その方が出汁が出やすいんだよ。何より濁りにくく、透き通るような色になるしな」


「へぇー、そうなんですね」


「しいたけみたいなキノコ類もそうだから覚えておくと良い」


「なるほど……」


和也は一生懸命にメモを取っている。

まあ、最初のうちは逆に時間がかかるが仕方あるまい。

いわゆる、先行投資ってやつだな。


「弱火で煮て、そしてアクが出てきたら、それを丁寧にすくってくれ。そして、真横で野菜類をカットしてくれると助かる。あとは洗い物とか」


「わかりました!」


「よし、任せた。何かわからなかったら……わかるな?」


「はいっ! すぐに聞きます! 何回でも!」


「そういうことだ」


そっからは時間もないので、黙って作業をする。

いつもより三十分ほど早くきてもらったが……。

はっきりいって、それだけでも大きな違いだ。

その間は自分のことに集中できるし、洗い物なんかも気にしなくていい。





ふぅ……なんとか間に合ったか。


「おはよーございまーす」


「おはようございます」


和也のおかげで、アルバイトの子が来る前に終わらせる作業をこなすことができた。


「おはよう、今野さん、健二君」


「店長、これ母さんからです」


俺を唯一店長と呼んでくれるこの子は、澤村健二君。

俺が野菜を仕入れている店の店主である、よしえさんの息子さんだ。

大学生一年生になったので、一度バイトをさせたいということで頼まれたんだっけ。


「えっと……いやいや! 悪いって!」


貰った袋の中には、新鮮なお野菜がたくさん入っていた。


「母さんが是非受け取ってほしいって言ってました。売り物にならない商品ですが、味は保障しますって」


貰った野菜は、どれも不揃いだ。

確かに売り物にはならないが、味は良いのは知っている。


「ああ、それは知ってるよ。そっか、捨てちゃうやつだもんな?」


「ええ、そうです。僕たちも食べ切れませんし」


「じゃあ、有難く頂くよ。お母さんに、今度お裾分けするから何が良」


「ビーフシチューだそうです」


「……はい?」


俺が言い切る前に答えが返ってきたぞ?


「母さんが、店長ならそういうだろうって。家族みんな好きですし、俺も大好きです」


「ハハ……これは1本取られたな。わかった、用意しておくよ。それと、ありがとな」


「大将! 私には!?」


「なんで今野さんにもあげない……いや、いいか。春香や詩織が世話になるしな」


「わぁーい! よーし! お仕事頑張ります!」


「ええ、僕も頑張ります」


「少年! 元気出してこー!」


「僕は元気ですけど……それに一個しか違わないじゃないですか」


「ほら! 細かいことは気にしない! 行くよ!」


健二君は、今時の子にしては真面目な青年だ。

しっかり挨拶もできるし、落ち着いている。

よしえさんは、自己主張がないのが悩みだって言ってたっけ……。

うーん、難しい問題だよなぁ……俺も世話になってるから何か出来れば良いけど。





そして、いつもの激戦のランチタイムを終え……休憩とはいかない。


「お疲れ様でした」


「お疲れでーす! 私は夜もきますねー」


「ああ、二人ともありがとね」


アルバイトの子が帰ったら、俺にはすぐにやることがある。


「和也、悪いが頼めるか?」


「はいっ!」


「助かる、では行ってくる」


準備を済ませ、店を出て行く。

信頼できる和也だからこそ、店を任せることができるな。






そして車に乗って……再び、この場所にやってくる。


「おじたん!」


そう、俺にはお迎えがある。

ちょうどいい時間に休憩時間になるからな。


「おう、詩織。楽しかったか?」


「あいっ!」


「よし、じゃあ帰るとするか」





先生方に挨拶をして、再び車を走らせる。


「ルンルン〜」


「随分とご機嫌だな?」


「あいっ! おねえたんなのっ!」


「うん?」


「ちっちゃい子たちのお世話したのっ!」


……なるほど、年長さんだからか。


「そっか、偉いぞ。後で、お姉ちゃんにも言わないとな」


「あいっ!」


それからも一人で鼻歌を歌っている。


どうやら、幼稚園生活はうまく行っているらしい。


春香の方は……大丈夫かね?





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