二章 義妹との生活

25話慌ただしい日々の始まり

 ……ん? なんだ?


 ……お兄ちゃん!


 春香の声がする……。


 なんだ、昔の夢か……。


 そういや、よく俺の布団に潜り込んできたっけ……。


 仕方のないやつだ……しようがない、入れてやるとするか。



「ほら、こいよ」


 昔のように腕を引いて、腕の中におさめる。

 あれ? なんか、大きい気がする。

 まあ、気のせいか。


「へっ……きゃっ!?」


「全く、いくつになっても甘えん坊だな」


「お、お、お兄ちゃん!?」


 ……ん? 何かおかしい。

 夢の中なのに、香りまで……それも、花のような……。

 なんか、色々柔らかいし……。


「ひゃあ!? お、お、お兄ちゃんのエッチ——!」


「イテッ!?」


「あぅぅ……! お兄ちゃんのばかぁぁ——! もうお嫁にいけないよぉ〜!」


 ドタドタと音がして、ベットから春香が出て行く。

 なんか、やたらリアルな夢だな……夢?


「……なんてこった」


 ここは俺の家。

 春香と詩織と同居中。

 春香はもう小学生ではなく、女子高生の女の子だ。

 つまりは……現実ということだ。


「やっちまった……いつもと起きる時間が違うからな」


 ていうか、抱き心地が全然違ったのだが?

 ……変態か、俺は。


「とりあえず……土下座から始めるのしようか」






 ……はい、変態です。


 いえ、おじたんでお兄ちゃんです。


「おじたん?」


「わ、わかったから!」


「どうぞ、蹴るなり殴るなりしてくれ。俺の気がすまん」


 というか、こんなことが兄貴に知られたら……ブルブル。


「そ、そんなことできないよぉ〜!」


「ふむ……では、何か一つだけ願いを聞こう。それで許してくれるか?」


「ふえっ? ……何でもいいの?」


 オロオロした姿が一変して、急に真面目な表情になる。

 ……もしや、何か恐ろしいことを要求されるのでは?


「お、おう、俺にできることならな」


「じゃあ……」


「おねえたん! 遅れちゃうお!」


「はっ! いけない! お兄ちゃん! とりあえずご飯!」


「お、おう!」





 二人で朝飯を用意して、その間に詩織に着替えてもらう。


 何とかすぐに用意でき、朝食をとる。


「よし、いただきます」


「いただきます」


「いたーきます!」


 特に喋る事もなく、黙々と食事を進める。






 ……ふぅ、これなら間に合うか。


 急いだからか、少しだけ余裕が出来た。


「詩織、偉かったな。今日も一人で出来たな?」


「あいっ!」


「じゃあ、お兄ちゃん! わたし行ってくるねっ!」


「おう、気をつけろよ。友達作りがんばんな」


「うっ……はぃ……」


 いつもの強気は何処へやら、弱気のまま玄関を出て行った。


「おねえたん?」


「はは……詩織は友達いるか?」


「あいっ!」


「そっか、ならよかった。お姉ちゃんは新しい友達ができるが不安なんだよ」


「平気だおっ! お姉ちゃん優しいもん!」


「おっ、そうだな。お姉ちゃんの良さをわかってくれる人もいるよな……さて、俺たちも行くとするか」


「あいっ!」


 元気いっぱいの詩織を連れて、家を出て商店街を歩く。


「どこにいくお?」


「車に乗って行くからなー」


「おくるまっ!?」


「おっ、知ってるか」


「ブーンてやつ!」


「はは! 正解だな」


 すると、声をかけられる。


「あら、おはようございます」


「おはようございます」


「おはようごじゃいます!」


「あらあら、元気いっぱいね〜」


 次々と挨拶をされては、詩織は元気よく返していく。

 俺一人では、こんなに挨拶されないが……やっぱり、素直な子供は可愛いだろうな。





 車に乗り込み、まずはアレをしなくてはいけない。


「詩織、自分で乗れるか?」


「あいっ!」


「よし、偉いぞ」


「きゃはー」


 きちんと座れたので、優しく頭を撫でてあげる。

 しかし……俺の車にチャイルドシートか。

 まだ独身のアラサーで、彼女もいないのに。

 ……悲しくなってきたな。





 安全運転で車を走らせ、幼稚園に向かう。


 もう少し手がかかるかと思ったが、意外と大人しくしている。


「どうした? 静かにして」


「ほえっ? おはなししていいの?」


「うん?」


「パパとママが、二人きりのときは、危ないからやめなさいって……」


 なるほど……眼に浮かぶようだ。

 そして、俺にはその理由が痛いほどわかる。

 俺と兄貴の両親は、交通事故で亡くなっているからだ。


「偉いな、約束を守れて。すぐ着くからな、良い子にしてくれると助かる」


「あいっ!」


 やれやれ、少し甘えん坊なところはあるが……。

 それ以上に良い子に育って……兄貴と桜さんの育て方が良かったんだな。




 信号待ちなどで、少しだけお話をしつつ……無事に幼稚園に到着した。


「あら、詩織ちゃん、おはようございます」


 還暦くらいに見える保母さんが、優しく挨拶をしてくる。


「おはようごじゃいます!」


「よ、よろしくお願いします」


 い、いかん、よくわからないが緊張する。

 未知の世界というか、久々の感覚というか……場違い感が。


「貴方は……」


「おじたんだお!」


「芹沢宗馬と申します」


「お話は伺っております。桜さんが、頼りになる弟がいるって」


「そんなことを……はい、そうなれたら良いと思ってます」


 本当に、あの人には頭が上がらないなぁ。


「ふふ、良い答えですね。あっ——私、この園の園長を務めております、中村友恵と申します」


「中村友恵さんですね、わかりました」


「では、どれくらいになるかわかりませんが、よろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしくお願いします。色々と至らない点もあると思いますが、ご指導して頂けると嬉しいです」


「あらあら、しっかりした男性なこと。詩織ちゃん、カッコいいおじたんね?」


「あいっ!」


「では、きちんとお預かりしますね」


「ええ。詩織、後で迎えに来るからな。いい子にしてろよ?」


「あいっ! おじたんもにんむがんばって!」


「おう!」


「任務……?」


「へっ……はは、仕事のことですね」


「なるほど、いい言葉ですね。じゃあ、私も任務をしましょう。詩織ちゃん、行きましょうか?」


 中村園長に手を引かれ、詩織は幼稚園の中に入って行った。


「なんか、少し思い出してきたな」


 春香をよく送り迎えしてたんだよな……。


「今では、あんなに大きくなって……」


 ……そういや、朝の俺はどこを触ったんだ?

 めちゃくちゃ柔らかかったが……。


「ヤベッ! そんなこと言ってる場合じゃねえ!」


 俺が店を開けないと誰も入れない。


 俺は安全運転を心がけつつ、急いで家へと戻る。




 こうして……慌ただしい日々が始まりを告げたのだった。

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