第22話子供の気持ちは難しい

 その後、春香のおかげで元気になった俺は、夜の仕込みを始める。


 まずはカボチャを半分に切り、それぞれをラップに包む。


 そして電子レンジを500Wにセットして、十二分間温める。


「さて、その間にやってしまうか」


 冷蔵庫から牛ブロックを取り出す。

 この肉はニンニクやローズマリー、塩胡椒とハチミツに漬けてある。

 二日間ほど漬けることで、身が柔らかくジューシーになる。

 これを油をひいたフライパンに入れ、弱火でじっくりとすべての面に焼き目をつけていく。





「よし……いいだろう」


 一つの面を五分ほど焼いたら、それをホイルに包む。

 その頃にはカボチャが出来ているので、レンジから取り出す。

 そして入れ替えるように、牛ブロックを入れる。

 そして、オーブンを150に設定して三十分のタイマーをセットする。


「これで下準備はよしと……次は」


 カボチャの皮を取り、適度な大きさに切る。

 用意したミキサーに入れ、ストックしてある飴色たまねぎと、さらに牛乳を入れる。

 スイッチを入れ、ある程度経ったら止める。


「そしたら、これを……」


 ボールとザルを用意して、その中に注ぎ込みつつ、ゴムベラを使ってこしていく。


「よし……うん、いい味だ。甘くて美味しいし、さらっとしてる」


 味見を済ませたら、ラップをして冷蔵庫で冷やしておく。


「あとは鯛のカルパッチョと、スモークサーモンのサラダにするか」


 鯛を丸々捌いて、薄くスライスしていく。

 下にたまねぎをひいたお皿に盛り付け、オリーブオイルとバルサミコ酢を合わせたソースをかける。

 これで、下準備は完了だ。


「サラダは用意することもないし……おっ、出来たな」


 オーブンが鳴ったので、お肉を取り出す。

 それを常温保存して、じっくりと火を通していく、

 これで、お手軽ローストビーフの完成だ。


「これで、仕込みは終わったかな……」


「おじたん!」


「こ、こら! 邪魔しちゃダメでしょ!?」


「あん? ……どうやって入った?」


 厨房の外から、二人が覗いていた。

 鍵は閉めたはずだが……。


「兄貴っ! 戻りましたっ!」


「なるほど、和也が開けたのか」


「だ、だめでしたかね? 店の前で、その子達がウロウロしてたんで……」


「お兄ちゃん、ごめんなさい。詩織が、おじたんはって言ってきかなくて」


「あぅ?」


「いや、和也も春香も気にするな。今、仕込みも終わったところだ」


 俺はしゃがんで、詩織と視線を合わせる。


「どうした?」


「うぅ……」


 何やら唸っている……。


「春香?」


「わたしにも、よくわからなくて……」


「おじたんいない……」


「うん?」


「知らないおうちで……うぅー……」


 確か、何かの本で読んだはず。

 子供は言葉一つ一つは覚えるし、理解もできるが、それを繋げることが難しいと。

 そして、それを説明することが難しいとも。


「詩織、ゆっくりでいい……まずは、おじたんに何の用だ?」


「……おじたんに会いたかったの」


 ……いかんいかん、娘が欲しいとか思ってしまった。

 こりゃー兄貴が親バカになるのも無理はない。


「そっか、ありがとな」


「あい……知らないおうちで、おねえたんと二人きりなの」


「おじたんの家だぞ?」


「うぅー……」


「前の家に帰りたいか?」


「……でも、ママとパパいないお」


「そうだな」


 とりあえず抱っこをして、背中をさすってやる。

 うーん……もしかしたら。


「怖くなったのか?」


 すると、迷った末に………コクンと頷いた。


「自分のお家じゃない場所だから、不安になったんだな?」


「……あい」


「お兄ちゃん? どういうこと?」


「いや、俺も正解はわからないが……俺も似たような経験があるからな。兄貴達に引き取られた時に、あの家に一人でいたり、春香といても怖くなった時がある。ここはどこだろう? ここにいていいのか? なんでここにいるんだろう?って」


「そうなんだ……わたしは、そんなことないけど」


「まあ、もう高校生くらいならな。さて……ありゃ」


「にゃ……むにゃ………」


「さっき寝たんじゃなかったのか?」


「不安になって起きちゃったみたいなの」


「そういうことか……うん、これは考える必要があるな」


 いくら仕事があるとはいえ、詩織を寂しがらせることはよくない。

 できる限りのことはしてあげたいし、俺がそうしてもらったことを返すべきだ。

 兄貴達だって仕事の合間を縫って、俺が寂しい思いをさせないようにしてくれたのだから。





 そして、女性二人も戻ってきて、ディナータイムが始まる。


 だがランチと違い、実は割と楽である。


 完全予約制だし、コースメニューも決まっている。


 もちろん単品もあるが、それでも大した手間ではない。


 サラダは和也も作れるし、メインのローストビーフはカットするだけだ。


 カルパッチョも、仕上げにブラックペッパーをするだけだ。


 カボチャのポタージュは器に入れて、パセリと生クリームを入れるだけだ。


 あとはパンかライスを選んでもらい、提供するだけとなる。





 ただ、違う意味で疲れることと……大変なのは終わった後である。


「ふぅ……みんなお疲れ様」


「お、お疲れっす」


「やっぱり、夜は違う意味で疲れますねー」


「お値段も違う分、高い接客を求められますものね」


 そう、そこである。

 ランチは、はっきり言ってあまり儲からない。

 それに手を抜いていいわけではないが、接客もそこまでのクオリティは求められない。


 しかしディナーは違う。

 お酒やワインも出るし、値段も高くなる。

 その分、色々な面で高いクオリティを求められる。


「ああ、でもおかげでやっていくことができるからな。明日からもよろしく頼みます」




 女性二人を十時前に帰して、和也と洗い物をする。

 今は、色々と物騒な世の中だし。


「さて……」


 どうする?

 詩織を寂しくさせないために、俺には何ができる?

 一番簡単なのは、空き時間に顔を出すことだが……。

 俺とて昼飯を食ったり、仕込みをしなくてはいけないし……。


「兄貴!」


「うおっ!? びっくりした……どうした?」


「す、すいません……あの、昼の仕込みを教えてくれませんか!?」


「なに?」


「まだ使えないことはわかってるっす。でも、少しでもお手伝いできればなと……そしたら、兄貴も空き時間に顔を出してあげられるじゃないかと」


「和也……」


「お、俺も兄貴に恩返しがしたいっす!」


 たしかに、半年経って手際も良くなってきた。

 和也が覚えてくれれば、空き時間に家に戻れる。


「……ありがとな、和也。じゃあ、明日からやるとするか?」


「はいっ! よろしくおねがいします!」


 料理を覚えてくれることも助かるが、その気持ちが何より嬉しいものだ。


 よし……詩織、少し待ってろ。


 おじたんが、和也をビシバシ鍛えるからな。

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