第21話ミィーティング、そして……

 春香が眠そうな詩織を連れて帰った後、もう一仕事をする。


 二時半になったらラストオーダーを聞き……。


 そして三時を迎えたので、いつも通りに一度店を閉める。




「ふぅ……みんな、お疲れ様」


「お疲れっす!」


「お疲れでーす」


「お疲れ様〜」


「じゃあ、みんな予定があるし、さっさとやろうか」


 いつも終わった後に、五分だけ反省会をする。

 うちは賄いは無料で提供しているので、その代わりの時間をもらっている。

 理由は簡単で、お客さんの前では叱ったりしないようにだ。

 自分が店に入って、店長が社員やバイトに怒鳴っているのを見て嫌な思いをしたし。


「さて、和也。今日は良い動きだったと思う」


「あ、ありがとうございます!」


「でも、ピザを一枚失敗したな?」


 俺は自分の作業をしながらも、視界の端に捉えられるように心がけている。


「うっ……すみません」


「別に失敗してもいい。当たり前のことだが、俺だって失敗する時はある。ただ、その失敗したやつを……迷ったな?」


 和也が失敗したのは、少し焼き過ぎたことだ。

 お客さんに出したら、人によってはクレームを言うかもしれない。


「は、はい……ごめんなさい」


「うん、反省してるなら良い」


「えっ?」


「結果的にきちんと報告したし、作り直しもしたし。何回も言うけど、俺は怒らないから正直に言ってくれ」


「は。はい! 以後も気をつけます!」


 和也が前に入っていた会社は、相当ブラックだったらしい。

 失敗したら自腹をきらされるし、いつも怒鳴られると。

 そんな中で、いつの間にか失敗したことを無意識に報告し辛くなったらしい。

 もちろん和也にも原因はあるかもしれないが、それにしたってやり過ぎたと思う。

 しかし、俺も経験があるが……そんな会社が多いことも事実だ。


「うん、そうしてくれると助かる。俺も気持ちはわかるし。悪いことだとはわかってるし、謝った方が良いのはわかってるんだけどなぁー」


「ウンウン、わかりますよー。なんか、あれって言い辛いですよねー」


「そうよね〜、失敗した時ってつい誤魔化したくなっちゃうわよね」


 二人が上手くフォローしてくれる。


「そ、そうなんすよ! 隠すつもりもなくて! バレるのはわかってんのに!」


「そうですよね! 私も成績表とか!」


「いや、それは見せろよ」


「そうよ〜」


「え!? いつの間に私の話に!?」


 いつもこんな感じで反省会を終え、それぞれ休憩時間に入る。


 俺も前の職場でそういった経験があるし、そういうのって上司次第なんだと思う。


 だから、なるべく理不尽に怒ったりしないようには心がけているけど……。


 これが中々難しいことだと、雇われの身ではなく経営者になって初めて気づいた。




 みんなが出て行った後は、遅めのランチを取る。


「さて、何にするかね」


 いつも疲れているからか、どうしても自分の分を作るのは億劫になる。


 俺が気合を入れて作ろうと椅子から立ち上がると……ノックが聞こえてくる。


「ん? 誰だ? 」


 扉を開けてみると……。


「お、お兄ちゃん、お疲れ様!」


 何やらモジモジした春香がいた。


「おう、ありがとな。どうした?」


「がんばれ、わたし……あ、あのっ! これっ!」


 何やら小声で言った後、大きな声でお皿を差し出される。

 そこには、おにぎりやサンドウィッチがあった。


「……もしかして、俺にか?」


「う、うん……下手くそでごめんね……」


 確かにおにぎりの見た目は不恰好だし、サンドウィッチは具材が飛び出ている。

 しかし、そんなことは些細なことだ。

 俺は、その気持ちが何より嬉しかった。


「……お兄ちゃん、泣いてるの?」


「なに?」


 自分の目元を触ってみると、微かに湿っていた。

 どうやら、感激してしまったらしい。


「どっか痛かった……? そ、それとも……下手くそ過ぎて泣いてるの!?」


「ち、違う!」


「じゃあなに!?」


「い、いや……」


 言えるかっ! お前の優しさに感激したなんて!


「い、一生懸命に作ったのに……お、お兄ちゃんのばかぁぁ——!」


「ま、待て!」


 これはいかん! これを誤解されることは良くない!

 逃げ出そうとするのを、手を掴んで阻止する。


「うぅー……」


「あぁー……あれだよ、あれ」


「あれ?」


「お前が優しいから感動したんだよ。ありがとな、春香」


 なんとか恥ずかしさを押し殺して、目を見てちゃんと告げる。


「お、お兄ちゃん……えへへ、そっかぁ」


 春香は見たことないような顔で微笑んでいる。

 そして、俺はそれを見て——心が動いた気がした。


「そ、そういや、詩織は?」


「今さっき寝ちゃって……連れてこようとしたんだけど」


「上で食べてたら起こしてしまうか……五分で食べるから中に入ってくれ」




 春香を連れて、店の中に戻る。


 そして、カウンター席に並んで座る。


「いただきます」


「め、召し上がれ……」


 丸くもなく三角でもないおにぎりに、思いっきり齧り付く。

 濃いめの塩味と、明太子の味がする。


「へ、平気かな? 塩をどれくらい入れたら良いかわからなくて……」


「確かに塩が多いな」


「はぅ!?」


「米に対して具も大きすぎる」


「あぅぅ……」


 徐々に縮こまっていく。


「でも……美味いよ」


「ふえっ?」


 俺がそう言うと、不思議そうな表情で顔を上げる。


「さっき、俺が飯を食ってないって聞いたから作ったんだろ?」


「う、うん」


「ありがとな、春香。その気持ちが何よりの調味料だ」


「お兄ちゃん……ちょっとくさいかも」


「ほっとけ……自分でもそう思ったし」


「でも、嬉しい……ありがとう、お兄ちゃん」


「なんでお前が礼を言うんだよ?」


「えへへ、なんとなく。じゃあ、戻るね。詩織が起きた時、誰もいなかったら可哀想だし」


「ああ、そうだな。これで夜も頑張れるよ。夜は流石に時間ないから、何か食べておいてくれ」


「うん! お仕事頑張ってねっ!」


 そう言い、春香は店から出て行った。


「……なんだろうな? この満たされる感覚は」


 久しく忘れていた気持ちが蘇ってくる。


 そうか……家族愛ってやつを感じているのかもな。


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