第18話妹は勘違いをする

 ひとまず、俺も厨房から出て行く。


「二人とも、その辺にしといてくれ」


「お兄ちゃん!」


「うおっ!? 抱きつくなよ!」


「だってぇ〜」


 今にも泣き出しそうな表情だ。

 全く、普段の態度とまるで違うぞ。


「あらあら、仲がいいのね〜」


「いいなぁー、可愛い妹がいて。私なんか、生意気な弟しかいないのに」


「うぅー……」


 俺の後ろに回り込み、ぎゅっと抱きつかれる。


「ハァ……すまんが、人見知りなんで勘弁してやってください」


「ごめんなさいね、少しはしゃいじゃったわ」


「私もです、ごめんね」


「い、いえ……わたしこそ、ごめんなさい」


「兄貴!!」


 突然、後ろから声がする。


「ひゃい!?」


「うおっ!?」


 背中に柔らかなモノが当たる。

 ま、待て! 俺は何に動揺してる!?


「だ、誰!?」


「可愛い子っすね! 兄貴の妹さんですか!」


「あ、あう、あの、その……」


「……和也、あんまり驚かさないでくれ。少し、人見知りなんだ」


「す、すみません」


「い、いえ、わたしこそ……」


「春香、どうした? というか、詩織は?」


「えっと……」


 周りをキョロキョロ見ている。


「みんな、悪いが頼めるか?」


「俺、準備をしておきます!」


「私達でやっちゃいましょー」


「そうね、その方が良さそうね」


「ごめんな、みんな。後できちんと自己紹介するから」


 それぞれ移動して開店の準備を進める。


「ご、ごめんね、お仕事の邪魔して……」


「いや、まだ時間には余裕があるから平気だ。それで、何かあったのか?」


「あ、あのね、お兄ちゃんのお店でお昼ご飯は食べられないのかなって……」


 ……そうか、その手があったか。

 我ながら、何というアホ具合……。

 何も冷凍食品を食わせることもないし、俺がいない間に料理して火事にでもなったら……。


「お、お兄ちゃん? やっぱり、ダメかな……? 他のお客さんや、従業員の人には迷惑だよね……」


「いや、そんなことはない。ここにいる奴らなら、そういった事情をわかってくれる。加奈子さん、今野さん、少しいいですか?」


「どうしたの?」


「どしましたー?」


「いえ、妹たちがここで食事をしたいというので……」


「もちろん、私は良いわよ〜。まだ小さい妹さんもいるらしいし」


「私もです。私も弟を連れて食べさせてもらったこともありますからねー」


「ありがとう、二人とも。平気だってさ、よかったな」


「あ、ありがとうございます!」


「ふふ、可愛い子ね。もしかして、お兄ちゃんを盗られないか心配したのかしら?」


「ふえっ!?」


「ああ、そういうことですかー。大将、モテますしねー」


「ええっ!?」


「おい?」


「お客さんの中にも、何人かファンがいますものね〜」


「あー、いますね。まあ、見た目も悪くないですしねー。今の子達は料理できる男子好きですし」


「お、お、お兄ちゃん!?」


「待て! 揺するなっ! そこっ! ニヤニヤしない!」


 完全にからかわれている!

 俺がモテたためしなどない!

 ……悲しくなるわっ!


「うぅー……」


「ほら、離せって。あんなのは冗談に決まってるだろ。モテてるわけでもないし、単純に俺の料理が好きなんだろうよ」


「そ、そっか……そうだよねっ!」


「いやいやー、そんなことはないですって」


「そうですよ〜……それに私達だって」


「あっ、面白そう! えい!」


「ちょっと!?」


 両腕が柔らかいモノに包まれる。

 というか、物凄い良い匂いがする。


「ふふ〜、こんなおばさんじゃ嫌かしら?」


「大学生はいかがですかー?」


「お、お、お兄ちゃんのばかぁぁ——!!」


「待て! おい!?」


 春香は走り去ってしまった。


「あらあら〜」


「あららー」


「二人とも……あんまり調子こくと、給料減らしますよ?」


 この二人が俺に興味がないことは知っている。

 というか、それも込みで雇っている。

 大体揉めるのは、従業員同士の恋愛だからな。


「「ごめんなさい」」


 二人は一瞬で離れ、それぞれ頭を下げてくる。

 何という変わり身の速さであろうか。


「全く……後で誤解を解いてくださいね。春香はまだ子供なんですから。冗談とかそういうの信じちゃうので」


「いや、大将……まあ、良いですかねー」


「ふふ、そうね。妹さんも苦労しそうだわ」


「はい?」


 何で春香の話が出てくる?


「兄貴〜! 俺だけじゃ無理ですよー!」


「悪い! 今すぐ行く!」


 俺は厨房に戻って開店準備を進めるのだった。



 ◇◇◇◇



 うぅー……お兄ちゃんのばか。


 ううん……一番ばかなのは、わたしだ。


 いつも初対面の人とうまく会話できないし、すぐにテンパっちゃう。


 お兄ちゃんにも、まだ直ってないことがばれちゃったよぉ〜。


「おねえたん?」


「詩織、ごめんね」


「あえっ? 泣いてるお?」


「ううん、違うの。あなたを口実に使っちゃって……」


 ただ、洗濯物を干していたら……。

 綺麗な大人の女性と、可愛い若い女の人が店に入ったから。

 そしたら、居ても立っても居られなくて……。


「仲よさそうだったなぁ……」


 どっちかと付き合ってるのかな?

 あの可愛いらしい人? それとも大人のお姉さん?

 どっちも、わたしなんかより全然素敵だった。


「お兄ちゃんは、モテるんだ……むぅ」


 わたしは全然モテないし、男の子と会話も上手くできないし……。

 わたしが唯一話せる異性は、お兄ちゃんくらいだもん。

 なんか、男の子って声が大きいし、話しかけないのにチラチラ見てくるし……。

 それとお兄ちゃんが素敵なのはわかるけど、何だがもやっとするよぉ〜。


「おねえたん? どうしたお?」


 詩織が不思議そうな顔をしている。

 そうだ……それで行こう!


「詩織! 任務よっ!」


「はえっ?」


「お兄ちゃんを二人で守るわよっ!」


「あいっ!」


 お兄ちゃんは誰にも渡さないもんっ!


 わ、わたしだって負けないもんっ!



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