第17話仕事仲間

 一階の店を開けて、早速仕事の準備に取り掛かる。


「今は八時半か」


 まずは店の掃除から始める。

 二日間使っていないが、いつも綺麗にしているので大した時間はかからない。



 十五分くらいかけて、ひとまず終わりにする。

 後の準備は、社員とバイトの子がやってくれるだろう。


「兄貴! おはようございます!」


「和也、おはよう。いい加減兄貴はよせって」


「兄貴は兄貴っす!」


「ハァ……わかったよ。じゃあ、仕込み頼めるか?」


「はいっ!」


 和也は厨房に行き、野菜を切り始める。


 俺も厨房に入って、自分の仕込みをする。


「ふむ、大分手際が良くなってきたな」


「あざっす!」


 もうすぐ、ここに来て半年くらいか。

 高校の後輩なので付き合い自体は長いが、料理経験はなかったからな。


「静江さんの様子はどうだ?」


「おかげさまで今日も元気ですよ!」


「そっか、それなら良かった」


 和也の家は、若い時に父親が死んでいて母子家庭だ。

 それもあり、二つ違うが両親のいない俺と仲良くなったりした。

 二人ともいわゆるヤンチャだったこともある。

 というか、ならざる得なかった。

 みんなが、俺たちをそういう目で見てくるからだ。

 もちろん、人様に言えないようなことだけはしてないが。


「兄貴に直接お礼言いたいって、ずっと病院で言ってます」


「気にしなくていい。俺にとっては、お前は可愛い後輩だ。だから、きちんと身体を治すことが礼だと言っておいてくれ」


 確か、働きすぎて身体を壊してしまったんだよな。

 そして、和也は介護のためにサラリーマンを辞めざるを得なかった。

 バイトで食いつないでいたところを、異変を感じた俺が無理矢理聞き出した。

 それで給料は大して出せないが、この店で働かないかと声をかけたんだよな。


「兄貴……ありがとうございます! ……この店で働けて、俺嬉しいっす。休みも週に二日あるし、休みも取れますし。何より、空き時間に母親のところに顔を出せます。ここからなら、五分でいけるので」


 入院先は所沢駅前付近だから、むしろ家からよりも近いらしい。


「全く、早く言えっての」


「だって、兄貴だって開店したばっかりでしたし……それに、兄貴だけには迷惑をかけたくなかったんです」


「水臭い事言うなよ、俺とお前の仲じゃねえか」


「兄貴……ウオォ——!! 俺は働くぜ〜!」


「おいおい、張り切りすぎて指を切るなよ?」


「へいっ!」


 まあ、俺自身も助かってるし。

 気心が知れているから、仕事もしやすい。

 もちろん親しいからこそ、厳しくしてる面もあるが。

 それでもお金関係が絡む以上、和也なら信頼できるし。

 それに、こいつに裏切られたら仕方ないと思える。




 そのまま、仕込みをしていると……。


「おはようございます」


 綺麗なロングの黒髪をなびかせ、妖艶な空気をまとった美女が現れた。


「おはよーです!」


 こっちはゆるふわの茶髪で、小さく可愛らしい女性だ。


「二人とも、おはよう。昨日は悪かったね、店を休みにしちゃって」


「いえいえー、気にしないでくださいよ、大将!」


「おい? それどうにかならない?」


 今時の雰囲気の大学生である今野美沙さんは、何故か俺を大将と呼ぶ。

 居酒屋でもないし、ちゃんと店長ってネームプレートしてるのに。


「良いじゃないですかー、大将って感じですし」


「いや、全く意味がわからん」


「あははっ! 面白い人ですねー。じゃあ、着替えてきますねー」


 ……何が面白かったのだろうか?

 今時の子の笑いポイントは謎である。


「そうですよ、宗馬さん。呼び名なんて気にしてはダメですよ」


「えぇー……ダメですか?」


「それぞれ呼び名が違って良いじゃないですか。親しみを込めて言っていますし」


「まあ、それはわかります」


「ふふ、良い子ですね。では、私も着替えてきますね」


 ……良い子って、俺アラサーなんだけど。

 いや、アラフォーの加奈子さんから見たらそんなもんか。


「いやー相変わらず、すごい色気っすね」


「ん?」


「笹原さんっすよ。とても、子持ちとは思えないですよ」


「まあ、未亡人だしな」


「娘さん、まだ六歳ですからね……俺、その子の気持ちわかるっす」


「ああ、俺もだ。出来るだけ力になってあげたいよな」


 俺の店で雇っている人は、それぞれに事情を抱えている。

 未亡人だったり、片親がいなかったり、働く場所がなかったり……。

 そして俺は自分自身がそうだったから、そういう人を雇うことにしている。

 俺もバイトを探すのすら大変だったし、色眼鏡で見られてきた。

 お金が足りなければ疑われるし、少し態度が悪いと親がいないからと言われてきた。




 その後着替えてきた二人と一緒に、開店準備を進める。


 すると、入り口から声が聞こえてくる。


「お客様、まだ開店時刻ではないのですが……」


 どうやら、誰かが入ってきたらしい。

 それを、加奈子さんが対応している。


「あ、あの! わたし、春香っていいます! お、お兄ちゃんはいますか?」


「お兄ちゃんですかー? あっ! 噂の妹さん!?」


「あらあら! こんな可愛らしい妹さんなんて!」


「ふえっ!? えっと、あの、その」


「きゃー! 可愛い!」


「良いわねー、私の娘もこうなったら嬉しいわ」


「だ、抱きしめないでください! おっ、お兄ちゃん〜!!」


 ……そういや思い出した。


 あいつ、人見知りだったわ。


 小さい頃は、よく俺の後ろに隠れていたっけ。


 というか、まだ直ってなかったのか……。


「あっ——そういや、兄貴の手紙に書いてあったな」


 過保護に育てすぎたので、内気で引っ込み思案な性格になったと。


 俺はそんなバカなと思っていたが……。


 俺はその光景を見て、疑問に思った。


 あれ? じゃあ、俺への態度はなんだったんだ?


 ……心を許してたってことか。


 なんか、それって嬉しいな。

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