第15話朝食にて
翌日は日曜日となり、いよいよ仕事を再開する。
眠い目をこすり、なんとかベットから出る。
「昨日、遅くまでメニューを考えていたからな……」
個人店は楽な部分もあるが、きつい部分もある。
雇われの身と違い、全部自分で決めないといけないからだ。
税金などのお金、メニューやその値段など。
「でも、自分で決めた道だ。やりたいことをやれる幸せを有り難く思わないとな」
気合いを入れて、部屋を出ると……。
「お、おはよ、お兄ちゃん」
エプロンを着けた春香が、キッチンに立っていた。
不覚にも、少しだけドキッとしてしまった。
やれやれ、彼女いない歴が長すぎたかね。
「早速、今日からか?」
「う、うん。昨日、お兄ちゃんの本を読んで……」
俺は近づいて様子を確認する。
「おい? ……目の下にクマがあるぞ」
「へっ? ……いや、その、あの」
「何時に寝て、何時に起きたんだ?」
「よ、夜の十二時過ぎに寝て、朝の五時前には起きました……」
「おいおい、四時間くらいしか寝てないのか」
「あぅぅ……ごめんなさい」
「別に謝ることはないさ。ただ、高校生のうちはきちんと寝なさい。じゃないと、色々なところが成長しないぞ?」
「ふえっ? ……お兄ちゃんのエッチ——!」
「おわっ!? お玉を振り回すな!」
その後、何とか誤解を解く。
「はぅ……また迷惑かけちゃった」
「だから迷惑に思うことなどない。ただ、心配なだけだ」
「お兄ちゃん……」
「やる気や頑張りを否定するつもりもない」
俺だって人のことは言えないし。
よく早起きして、朝ごはんを作ろうとしたし。
「そっかぁ」
「気持ちは有り難いが、無理はするなよ?」
「うんっ!」
「じゃあ、包丁の持ち方からだな」
「ふえっ?」
「料理の手伝いはしないが、包丁くらいはな」
後ろに立って、春香の両手に触れる。
「は、はぃ……」
「おい? そんなに緊張しなくていい、リラックスだ」
「ひゃい!? 耳が……」
「おっと、すまん。ほら、行くぞ? とんとんとん……」
ゆっくりと包丁を降ろす。
「とんとんとん……」
「そうだ、その感じだ。指をきちんと添えて……」
その後、何とか基本の扱いを教える。
「随分と強張っていたが、家庭科とかでやらなかったのか?」
「へっ!? い、いや、やったんだけど……さっきはそれどころじゃなかったというか」
「うん?」
「な、何でもない! お兄ちゃんは、代わりに詩織を起こしてきて!」
「へいへい、わかりましたよ」
やれやれ、相変わらずよくわからん妹だこと。
まあ、基本的な和食だし、あれなら本の通りにやれば失敗しないだろ。
……しないよね?
部屋にこっそり入り、詩織の様子を確認する。
そして、その際にあることに気がつく。
「ん? なんか……甘ったるい?」
すでに、俺の家の匂いではない……。
春香と詩織がいるからか?
「そういや、さっき後ろから教えた時も……」
なんか、微かに違和感があったが……。
……まさか、女性として見てるのか?
いやいや、ないない、俺は正常な人間だ。
義妹とはいえ、そんなことはない。
というか、春香に失礼だ。
「さて……しかし、起こすのはしのびないな」
「スヤ〜むにゃ……」
「しかし、寝かせすぎると良くないって言うし……よし、詩織〜朝だぞー」
「うーん……」
「おーい、起きないと朝ご飯食べれないぞー?」
懐かしいな……よく春香もこうやって起こしたっけ。
いつの間にやら大きくなっちまって。
いつまでも子供扱いはできないかもな。
「おじたん……?」
「おっ、起きたか」
「あい……」
「さあ、歯ブラシして顔を洗ってきなさい」
「あい」
コクンと頷いて、部屋を出ていく。
俺も、その後を追って部屋を出る。
そして、次は春香の様子を確認する。
「えっと……これを大さじ一杯……これを適量……適量って何!?」
「クク……そうなるわな」
「お、お兄ちゃん!? あれ? 詩織は?」
「おねえたん、おはよーございます」
歯ブラシを持って、詩織がやってくる。
「あれ、いつの間に。おはよ、詩織」
「詩織、お姉ちゃん頑張ってるから邪魔しないでおこうな。おじたんとテーブルに行こう」
「あいっ!」
「そうそう、春香」
「へっ?」
「適量っていうのは料理によりけりだが、基本的には一つまみ程度と思って良い」
「わ、わかった……えっと、じゃあこれを入れて……」
うんうん、懐かしいな。
俺も最初はあんなだったよなー。
詩織の歯ブラシを終えた後、朝ごはんが出てくる。
「ふむ……」
「くろいおー?」
「うぅー……ごめんね」
「最初のうちは仕方ないさ。まずは俺が食べるから待ってなさい」
……この焦げた卵焼きを……ふむ。
「ドキドキ……」
「うん、焦げてるな」
「はぅぅ……!」
「次は味噌汁か……うん、塩辛いな」
少し沸いてしまったのだろうな。
味噌汁は沸かしちゃいけない。
「はうっ!?」
「焼き鮭は……まあ、問題ないよな」
魚に関してはグリルだし。
卵焼きは焼き過ぎだし、味噌汁も塩辛いが……。
「つ、作り直す……?」
「いや、別に食えるさ。ただ、ちょっと待ってろ」
ささっと新しい卵焼きを作り、さらに味噌汁にだしの素を入れてお湯を足す。
「はいよ、詩織はこれを食いな」
「わぁ〜! きれいだおっ!」
「うぅー……早いしきれい」
「おいおい、こっちはプロだぞ? それに何年やってると思う」
「でも……」
「ほら、食べよう。最初から上手くできる奴なんかいない。失敗の数だけ成長するんだよ」
「お兄ちゃんも……?」
「お前、覚えてないのか? ……まあ、無理もないか」
「へっ?」
「やり始めのころ、お前にも食わせたら……不味いって言われたよ」
「そ、そうなんだ……」
「だから気にしなくて良い。どんなものだろうが、春香が頑張って作ったなら全部食べるから」
「お兄ちゃん……ありがとう」
「まだー?」
「おっと、すまん。じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「いたーきます!」
少し焦げてるし味付けも濃いが……俺は嬉しかった。
きっと、春香が俺達を想って作ったからだろう。
料理を作る上で、一番大事なことをわかっている。
ありきたりなセリフだが、料理には愛情が一番ってな。
その気持ちさえあれば、きっと上手くなれるさ。
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