第13話春香と二人きり

家に帰り軽く昼食を食べた後、詩織はお昼寝の時間になる。


「お兄ちゃん、詩織寝たよー」


「そうか。どれくらい寝かせて良いんだ?」


「うーん、一時間から二時間くらいかな?」


「なら、その間は平気ってことか」


嫌ということはないが、色々と神経を使うから疲れたな。

どうしても目を離せないし、行動も予測がつかない。

ましてや、兄貴達の大事な娘だ。

俺の不注意で何かあったら……死んでも死にきれん。


「お、お兄ちゃんは何かする予定あるの?」


「あん? 何か用事でもあるのか?」


「い、いや、その……二人きりだね」


「いや、詩織いるけど?」


「そういうことじゃなく——!?」


大声を出しそうになったので、素早く口を手で塞ぐ。


「静かに……いま、寝たところなんだろ?」


春香は顔を真っ赤にして、コクコクと頷く。

俺はそっと口から手を離す。


「はぅ……」


「すまんな、咄嗟とはいえ」


「う、ううん……私が悪かったから」


春香は何故か、自分の心臓を手で押さえている。

びっくりさせすぎたか?


「んで、どうした?」


「だって、久しぶりだから……こうして話すのだって」


「そうだな、お前には避けられてたし」


「ぅっ……べ、別に避けてたわけじゃ」


「じゃあ、なんだ?」


「その、あの、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなったというか、お兄ちゃんなんだけどお兄ちゃんには見えなくなったというか……」


「……謎かけか?」


「むぅ……違うもん」


「よくわからないが、今は解決したってことか?」


「う、うん……違う問題ができたけど」


「うん? まあ良いさ、嫌われてないなら」


「ふえっ? ……き、嫌われてると思ってたの?」


「いやだっておまえ……目も合わさなかったし」


「うぅー……わたしのばかぁ」


「今はわかってるから大丈夫だよ。ほら、泣きそうな顔をするな。俺は、昔からその顔には弱いんだよ」


昔のように、優しく頭を撫でてやる。


「えへへ……いつも泣いてるとお兄ちゃんが来てくれたね」


「おまえは泣き虫だったからな。俺が出て行く時も大変だったよ」


「あ、あれは、お兄ちゃんが悪いもん……急に出て行っちゃうから」


「まあ、春香からしたらそうかもな。兄貴と桜さんとは話し合っていたからな……悪かったよ」


「あ、あのね……お兄ちゃん」


「うん?」


何やら真剣な表情をしている。


「お兄ちゃんは家族だから」


その言葉が、俺の心に響く。


「春香……ありがとな。優しい子に育って」


「べ、別に! それだけだから……詩織の様子見てくる」


恥ずかしそうにしながら、春香は自分の部屋に入っていった。


……そうか、家族か。


そう思ってもらえてるのか。


いや、昔からわかってはいるつもりなんだ。


ただ、俺の心の何かが、それを否定するだけで……。




その後、俺も自分の部屋に入って、仕事をする。


「明日の予約は三件……コース料理のメインは、和牛のローストビーフにするか」


今日のお肉屋さんで良いのが買えたし。

わざわざ知り合いの人に頼んでもらって、それを俺に売ってくれている。

お客さんにも好評で、俺の店の看板メニューの一つだ。


「前菜はスモークサーモンと季節の野菜、スープはカボチャのポタージュ……」


その後も、明日のメニューや仕込みの準備などを書き出していく。




俺が集中していると、扉がノックされる。


「お兄ちゃん?」


「おっ、春香か。入って良いぞ」


「お、お邪魔します……」


何故か恐る恐る部屋へと入ってくる。

しかも、やたらにあちこちを見回している。


「どうした?」


「い、いや、お兄ちゃんのお部屋見てなかったなぁって」


「何も面白いものはないぞ? いや、漫画とかゲームならあるが」


「み、見ても良い?」


「良いぞ、好きなの持っていって。詩織は?」


「まだ寝てるよ。あと三十分したら起こすかな。あんまり寝すぎると夜寝てなくなっちゃうから」


「なるほど、そういやそうだったな。お前の寝顔が可愛くて、俺は起こすのを躊躇った記憶がある。そしたら、桜さんに叱られてな……夜に寝なくて大変なのよっ!って」


「か、可愛い……」


「あん?」


「う、ううん! そ、それは何してるの?」


「うん? 見てもつまらんが見るか? 明日のメニューを考えている」


「みるっ!」


机に座っている俺の後ろから、俺の肩に手を置き春香が覗き込む。


「へぇ〜いつもこうやって考えてるの?」


俺は、その横顔を間近で見て……何を思ったのか、綺麗だなと思ってしまった。

おいおい、相手は春香だぞ? でも、そうか……もう高校生なんだよな。


「まあな。その日のお客さんの好みや、仕入れてきた食材と相談して決めている」


「へぇー! すごいねっ!」


目をキラキラさせた春香が、そう言ってくる。


「クク……」


「ふえっ? な、なんで笑うの?」


「いや、すまん。可愛いと思ってな」


「か、可愛い!?」


「お前、子供みたいに笑うもんだから」


やれやれ、やっぱりまだまだ子供だな。


「子供みたい……おっ」


「おっ?」


「お兄ちゃんのばかぁぁ——!」


そう言い、部屋から出て行ってしまった。


しかも、借りるといった本まで置いて行ってしまっている。


はて? 結局、あいつは何しにきたんだ?





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