第9話春香の過去~春香視点~

 わたしはお兄ちゃんが好き。


 気づいたのは、中学生になってからだけど……。


 きっと、あの日からそうだったのかもしれない。


 わたしは、お兄ちゃんの家の布団の中で当時のことを思い出す……。




「お父さん、お母さん、お兄ちゃんは本当のお兄ちゃんじゃないの?」


 あれは、小学二年生くらいだったかな?


「春香……桜」


「どうしてそう思ったの?」


「近所の人に言われたの……お兄ちゃんと妹さん仲が良いですねって。本当の兄妹じゃないのにって……」


 わたしがお兄ちゃん?って聞いたら、お兄ちゃんは少し悲しそうな顔をしてた気がする。


「なるほどな……まあ、特に隠してるわけでもないからな」


「悪気もないでしょうし……あの子自身が苗字を変えたくないって言ったしね」


「よくわかんない……」


「そうだな……その人の言う通り、宗馬は本当のお兄ちゃんではない」


 その言葉を聞いたわたしの心は、どう言って良いのか未だにわからない。

 ショックなのはもちろんのこと、悲しいや怒りや……少しの嬉しさがあったのかも。


「でも、本当のお兄ちゃんでもあるのよ?」


「ふえっ?」


 今なら理解できるけど、その時のわたしにはよくわからなかった。


「まだ理解するのは難しいよな。今はわからなくていい」


「そうね、ただ……春香はお兄ちゃんが好き? それを聞いて嫌いになった?」


「そんなことないもんっ! お兄ちゃん好きだもん!」


 その時のわたしは、それだけは迷いなく答えたと思う。

 だって、お兄ちゃんはいつだって側にいてくれた。

 お父さんが出張でいない時も、お母さんがパートに出てる時も……。

 わたしが寂しい気持ちになると、いつも察してそばに来てくれた。


「それだけわかっていれば良いさ。宗馬も、本当の妹ではないが春香のことが好きだしな」


「ふふ、そうね。春香、お兄ちゃんのこと好きでいてあげてね。それがきっと、あの子の傷を癒してくれるわ」


「お兄ちゃんは、どこか痛いの?」


「目には見えてないけどな……心の傷ってやつだ。それは厄介でな、俺達では治してやれなかったんだ。我ながらなんと情けのないことか」


「あなた……仕方ないわ。稼ぎがなくては生活ができないもの。その分、あの子との時間が取れないのは……難しいわね」


 当時のわたしは知らなかったけど、うちにはお金がなかったみたい。

 だからお父さんは休みなく働いていたし、お母さんも週4回もパートに出ていた。

 だからわたしの面倒は、お兄ちゃんが見てくれてた。


「わ、わたしは何をしたらいいの?」


 幼心にも、わたしは必死になっていた。

 お兄ちゃんは、わたしの寂しさを埋めてくれた。

 そんな大好きなお兄ちゃんに、わたしがなにができるのかを。


「さっき言った通りよ。そのまま、お兄ちゃんを好きでいてあげてね」


「そうだな、それが宗馬の一番の薬になる」


「そんなの簡単だよっ! じゃあ、行ってくる!」


 確か二階に上がり、お兄ちゃんの部屋に突撃しました。


「お兄ちゃん!」


「春香、もう少し静かに階段を……」


「お兄ちゃん好き!」


「うん? そ、そうか……ありがとな」


「お兄ちゃん好き!」


「いや、わかったから!」


 お兄ちゃんは照れ臭そうに笑ってくれた……。

 だから結局、お父さんとお母さんが止めるまで言っていた気がする。

 今考えると……ものすごく恥ずかしぃ。

 でも当時のわたしは、こんなこと簡単だと思って疑ってなかった……。

 これでお兄ちゃんの傷が癒えるなら、いくらでも言い続けようと。



 それから一年後、お兄ちゃんは家を出て行ってしまった。

 その時は泣いて喚いて、我ながら大変だったけど……。

 でもわたしは相変わらずお兄ちゃんが好きで、帰ってくるたびに大好きって言い続けた。




「でも……わたしは約束を破っちゃった」


 中学に上がった頃から、何故か言うのが恥ずかしくなってきた。

 お兄ちゃんの顔を見たらドキドキして、真っ直ぐに見れなくて……。

 そんな状態で、大好きなんて言えるわけもなく。


「そしたら、お兄ちゃんが帰ってこなくなっちゃって……」


 帰ってきても、他人行儀な態度を取ってしまったり……。

 詩織と遊んでばっかりで、的外れな嫉妬してしまったり……。

 そしたら、ますますお兄ちゃんは帰ってこなくなった。


「きっと、わたしの所為だよね……わたしが嫌な態度とったから」


 でも……わかってるのに、どうしても無理だった。

 流石のわたしも、その時になって気づいた。

 お兄ちゃんが異性として好きなんだと……。


「でも、気づいたら尚更変な態度とっちゃって……お兄ちゃんを傷つけちゃったかも」


 だから、今回のことをきっかけに決めたの。

 お兄ちゃんに、わたしは今でも好きだよって伝えようって。


「流石に言葉にして言えないけど……」


 久しぶりに会ったお兄ちゃんは、変わらずに接してくれる。

 やっぱり、大人の人なんだなって思った。

 ひとまず昔みたいに戻れたから一安心したけど……。


「むぅ……それにしても、全然気づいてくれないよぉ」


 やっぱり、子供で眼中にないのかな?

 そ、それなりには成長したと思うんだけど!


「うぅー……どうしたらいいかな?」


 でも、お母さん達が焦っても良いことないって言ってた。

 まずは、自分が何ができるのかを考えなさいって。

 決して、押し付けになってはいけないって。


「……料理とか?」


 全然やってこなかったけど……できるかな?

 小さい頃はお兄ちゃんが作ってたし……。

 お兄ちゃんが出て行く頃には、お父さんの収入が増えて、お母さんが家にいるようになったけど……わたしは受験もあってそれどころじゃなかったし。


「ううん、今からでも間に合うはず……!」


 決心したわたしは、目覚ましをセットして、眠りにつくことにしました。


 お兄ちゃん、わたし頑張るから見ててねっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る