第10話失敗とこれから

翌朝……何かの匂いで意識が目覚める。


なんだ……焦げ臭い……?


……まさかっ! 厨房の火をつけっぱなしか!?


……いや! 昨日は定休日だっ! 使っていないはず!


……あん? なんで定休日にしたんだ?


「……そうだっ!」


二人の娘を預かったんだった!

俺は急いで部屋を出る!


「煙くさっ!? 春香! 詩織! 無事か!?」


焦げ臭い臭いが部屋中に溢れている。


「お、お兄ちゃん!?」


「お前何を……いや、まずは止めなくては」


換気扇を全開にして、窓を開ける。

そして……目には入っていたが、あえて見ないふりをしていたものを直視する。

黒焦げになった何かを……。


「さて……説明をしてもらおうか?」


「あぅぅ……ごめんなさぃ……」


「俺は謝れと言っているんじゃない。説明をしてくれと言ってる」


ここは厳しくしないといけない。

火の扱いを誤ると大変なことになる。


「あ、あの……朝ごはんを作ろうとして……これからお世話になるから……」


「ふんふん……昨日、俺に言ったか?」


「う、ううん……驚かせようと思って……」


「まあ、驚いたがな……違う意味で」


「よ、喜んでくれるかなって……お兄ちゃん、ごめんなさい」


すっかり落ち込んでしまったな……。

やれやれ……叱るのはこのくらいにしておくか。


「ほら、片付けるぞ」


「えっ? お、怒ってないの?」


「怒ってはない、ただ心配しただけだ。お前に何かあったら俺は困る」


「お兄ちゃん……ごめんなさい」


何かあったら兄貴に殺されちゃう。

それに……人のことを言えたもんじゃないしな。




ひとまず片付け終わる。

幸い、まだ序盤だったので被害は少なかった。

……ほんと、気がついてよかったよ。


「次からは気をつけろよ?」


「えっ? ……次もして良いの?」


「ん? もう嫌になったか?」


「う、ううん! そうじゃなくて……失敗しちゃったし、勝手にやっちゃったから」


「それくらい誰にでもあることだ。それに、俺のために作ろうとしたんだろう?」


「う、うん」


「その気持ちが嬉しいしな。朝早く起きて大変だったろ? ありがとな、春香」


下を向いてしまっている頭を優しく撫でる。


「うぅ〜……なんで褒めるの? わたし、全然ダメだったのに……」


「そうだな……とあるところに、料理が下手な少年がいました」


「へっ?」


「まあ、聞けよ……その少年は育ててくれる人に恩返しがしたかった。しかし、幼い少年はその方法がわからない。そして、ある時気づきます。あっ、料理が大変だって毎日言ってると……」


「それって……」


「少年はその人達を驚かせようと、黙って料理をしました。その結果、少し失敗をしてしまいました。しかし、二人が怒ることはありませんでした。ただ、心配したこと。その気持ちが嬉しかったこと。唯一言われたことは……黙ってやったことだけを叱られましたとさ」


「今のって、お兄ちゃん……?」


「さあ、どうだかな? とある少年の話さ」


「ふふ……ありがとう、お兄ちゃん」


少し恥ずいが、これで元気が出るなら安いもんだ。

失敗は誰にでもあることだし、挑戦することは良いことだと思う。


「まあ……今回の失敗は黙ってやったことだ。俺がいる時間なら好きにやって良いさ」


「うんっ!」


「俺が教えるか?」


「えっ?……もう少し頑張っても良い……?」


「ああ、もちろんだ。本も置いてあるから好きに使うと良い。ただし、なるべく食材を無駄にしないように。それは農家の方が一生懸命作ったものだからだ」


「昨日あった人みたいな?」


「ああ、そうだ。朝早く起きて収穫をして、開店前までに品出しをする」


そういったことを知ると、食材に対する考えが変わる。

無駄にしないように心がけるし、料理にも美味しくしようと熱が入る。


「そっかぁ……うん、気をつけます」


「なら良し。ほら、教えないから見ていると良い」


時計を見れば七時を過ぎていた。


俺は手早く味噌汁、卵焼き、焼き魚、サラダ、お米を準備していく。


「へっ? は、早い……」


「おいおい、俺は料理人だぞ?」


「でも、イタリアンだって」


「料理人は全てに通ずるってな。基本はどれも似たようなものだ。やる順番と、効率化が大事になってくるな」


「そうだよね、朝の時間って少ないもんね……」


「ほら、詩織を起こしてくれ」


「あっ、うん」



俺はその間にテーブルの上に料理や飲み物を置いていく。


「おじたん! おはようごじゃいます!」


「ああ、おはよう。ただ、ございますだ」


「ご、ございます……?」


「そうだ、偉いぞ。もう五歳だからな、そろそろ覚えような」


言えたのできちんと頭を撫でて褒めてあげる。


「きゃはー」


舌足らずも可愛いが、それは大人のエゴに過ぎん。

しっかりと教えていかないといけない。


「えへへ……お兄ちゃん、意外と良いパパになりそう」


「そうか? いまいちピンとこないが……だとしたら、俺を育てた人が良かったんだろう」


家を出て、社会人になり、大人になって気づいた。

若いのに礼儀正しいし、しっかりした人だねとか。

優しくて頼りになる人だねとか。

しかし、それは俺のおかげではない。

そうなるように育ててくれた、兄貴と桜さんのおかげだ。


「じゃあ……わ、私も良いママになれるかな?」


「あん? そりゃ……とりあえず、料理を覚えてからだな」


「うぅー……でも、言い返せないよぉ」


「おねえたん? どしたのー?」


「詩織、お姉ちゃんはな……」


「お、お兄ちゃんのばかぁ——!」


その後、なんとか機嫌を取り食事をとる。


相変わらず、思春期の子の扱いはよくわからん。

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