第11話俺が代わりになる

 ……おかしい。


 食事を終えて、部屋に着替えに行った春香と詩織が来ない。


 迷ったが、俺はこっそりと聞き耳を立てることにした。




「グスッ……ママは? パパは?」


「詩織、この間から説明してたでしょ? お父さんとお母さんは、海外出張っていうやつで、しばらくは会えないの。だから、お兄ちゃんの家にお世話になりにきたんだよ?」


「なんでぇぇ……うぅ〜パパとママいつ帰ってくるお?」


「だから……わがまま言っちゃダメよ、詩織。お父さんとお母さんだって、詩織に会えなくて寂しいはずなんだから」


「じゃあ、どうしていないの……?」


「だから……!」


 うむ……無理もないよな。

 詩織もそうだが、春香だってまだまだ子供だ。

 俺は静観しようとしたが、このままではまずいと思い……。


「春香、詩織」


「お、お兄ちゃん……ごめんなさい」


「おじたん……」


「なにを謝ることがあるか。詩織、寂しいか?」


 俺は詩織を抱き上げて、目線を合わせる。


「グスッ……」


 泣きながらこくんと頷く。


「そうだな、寂しいよな。おじたんもな、ママとパパがいなくて寂しかったよ」


「おじたんも……?」


「ああ、そうだ。詩織よりも、少し歳は上だったけどな。どうしていないんだろ?って毎日思ってたさ」


「お兄ちゃん……」


「どうしていなかったの……?」


「そうだな……遠い空に旅立ってしまってな、もう二度と会うことは出来ないんだ」


「もう会えないの……? 寂しくない……?」


「ああ、そうだな。寂しいが、代わりにお前のママとパパがいたからな。俺は、そのおかげで寂しいながらも生きてこれた」


「よくわかんない……」


「まあ、そうだよな。詩織、お前のママとパパは必ず帰ってくる。それまでは、お俺がパパとママの代わりになる。もちろん、力不足なのは否めないが」


 五歳児に理解しろというのは難しい。

 しかしどうにか伝わるように、優しく腕に力を込める。


「おじたん……泣いてるお?」


「なに? ……参ったな」


 意識してないが、無意識に両親を思い出したのかもしれない。


「おじたんも、わたしのママとパパいなくて寂しい?」


「ああ、そうだ」


「私もよ、詩織」


「じゃあ……我慢するお」


「そうか、偉いな」


「……きゃはー」


 優しく撫でると、詩織は泣きながら笑うのだった。




 しかし……子供というのは起伏が激しいものだな。


「おねえたん! 今日は何をして遊ぶの!?」


「うーん、どうしようかな?」


 先ほどの涙は何処へやら……すでに元気いっぱいである。

 もちろん、今はいっとき忘れているだけだろう。

 また、寂しくなるに違いない……何か、手を打たなくては。



とりあえず、こたつにて今日の予定を決める。


「お兄ちゃん、今日もお休みで大丈夫?」


「ああ、本来の定休日だからな。昨日の代わりに、先週土曜日は店を開けていたし」


「おじたんも遊べる!?」


「ああ、遊んでやるさ」


「わぁーい!」


「えへへ、お兄ちゃん優しい。よかったね、詩織」


 寂しい気持ちを消すことは出来ない。

 でも、それを和らげることはできるはずだ。

 俺はそれを、身を以て知っている。


「だが、何がしたいかにもよるが……」


 おままごとも、やれと言われたらやるが……なるべくなら避けたいところだ。

 二人共女の子だから、その辺のことが男兄弟みたいな俺にはわからない。


「私は、高校に使う道具なんかを買いたいかなって」


「ああ、そういやそうだな。詩織は?」


「うー……おさんぽっ!」


「へっ?」


「お兄ちゃん、詩織は最近は歩くのが好きなの。色々なものを見たいってことらしいの」


「そういう意味か……まあ、初めての土地だしな。今日は、案内と商店街の中を歩いてみるか」


「うんっ!」


「あいっ!」


 元気よく返事をもらったので、出かける準備を済ませる。




 早速、商店街を歩いていると……。


「おじたん! あれは!?」


「お肉屋さんだな。二人共、お肉は好きか?」


「私は好きだよ」


「あいっ!」


 確かメモにも好き嫌いはあまりないって書いてあったな。

 献立も考えていかないと……意外と楽しいな。

 自分一人なら適当でいいと思っていたが、やはり誰かがいると違うものだ。


「美味しいコロッケがあるからオススメだな」


「うぅー……帰りに食べちゃいそう」


「食べたい!」


「さっき朝飯食ったろ。じゃあ、帰りに寄って行くとしよう」


「わぁーい!」


「太っちゃいそう……」


「春香、女の子はな……少し太ってるくらいがちょうどいいんだよ」


「へっ?」


「最近の子はとにかく痩せたがるようだが、俺はあまり好かんな。いっぱい食べて、いっぱい動く。それで健康的であれば良いと思うぞ?」


「お、お兄ちゃんは……そっちのが好きってこと?」


「うん? 俺か……まあ、ガリガリよりは健康的な方が好みかもな」


「そ、そうなんだ……お兄ちゃんはそっちのが好き……」


「おねえたん?」


「詩織! 私も食べるわっ! お小遣いの範囲で!」


「何を気合い入れることが? というか、それくらいは払わせてくれ」




 その後も、あちこちの店を回っていく。


 駄菓子屋さんや、おもちゃ屋さんなど子供が好きそうなところを中心に。


 流石に行きつけの居酒屋や雀荘には案内していない。


 そんな中、春香も無事に必要な物を買い揃えることができたようだ。


「さて、こんなところだな。まだどこか行きたいか?」


「歩きたいおっ!」


「詩織、平気? もう一時間くらい歩いてるけど……」


 いわゆるテンションが上がっている状態というやつか。

 うーん、どうしたものか。


「まあ、最悪俺が抱っこすれば良いさ」


「お兄ちゃんだって疲れちゃうよ?」


「詩織くらいなら余裕だ。まあ、春香は無理だけど」


「お、お兄ちゃんのばかぁぁ——! デリカシーない!」


「おじたん、デリカシーないお?」


「……そうだな、俺が悪かった」


「うぅー……やっぱりコロッケ食べないもん」




 その後アイスを奢ることで、何とかご機嫌をとってなだめることに成功する。


「おいちい!」


「美味しいね、詩織……あれ……結局食べちゃってるよぉ〜!」


「悪かったって。平気だよ、それくらい。お前はスタイルも良いし可愛いから安心しろ」


「ほ、ほんと!?」


「ああ、もちろんだ」


「エヘヘ〜もう一個食べようかな?」


「いや、それは食べすぎたから」


 ふぅ、ひとまず機嫌が良くなったか。


 こりゃ、言動にも気をつけないといけないな。

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