第8話長い1日の終わり

 二人が風呂に入っている間に、これからのことを考える。


 ひとまず、兄貴から送られてきた紙を眺める。


「詩織は年長さん? 幼稚園だっけ……俺が送り迎えをすることになるのか?」


 幸い前住んでいたところと、俺が今いるところの間にあるから、そこまで手間はかからないが……詳しいことは春香から聞いてくれって言われたけど。


「春香の高校は、むしろ近くなるって言ってたな」


 所沢駅は電車の数も多いし、通学するには便利だ。


「幼稚園も、高校も八時半から開始か……」


 ということは、八時十五分くらいにはついていないといけないってことか。


「俺の車で行けば、二十分くらいで着けるはず」


 往復で四十分か……まあ、仕方ないよな。

 俺も、よく送り迎えしてもらったし。

 今考えると、大変だっただろうなと思う。



 そんなことを考えていると……。


「お、お兄ちゃん、お風呂出たよ……」


「でたっ!」


「おう、ご苦労さん。すまんが、これからも頼むな」


 パジャマに着替えた二人がリビングに戻ってきた。

 ちなみに、基本的に詩織のお風呂は春香が入れてくれると書いてあった。

 正直言って助かった……どうしていいかわからんし。


「う、うん……」


「おねえたん?」


「何をモジモジしてる?」


「へっ? ……だって、パジャマですっぴんだもん……」


「あん? 今更何を言ってる? そんなのは前から見てるし」


「前とは違うでしょ! そ、その、色々と……」


「ふむ……言われてみれば」


 身体のラインは女性らしくなってる。

 肩まである黒髪も、しっとりとしてる。

 すっぴんというが、普段とあまり変わりはない。

 どうやら、春香は可愛い系の女の子に成長したようだ。

 いわゆる、意外と男子にモテるタイプというやつかもな。

 とびっきりの可愛い子というより、知る人ぞ知るみたいな。

 おそらく、歳を重ねるごとに綺麗になるタイプと見た。


「ジロジロ見ないでよぉ〜」


「いや、お前が見ろって」


「お兄ちゃんのばかぁぁ——! 見ろとは言ってないもん!」


「おねえたん、どうしたの?」


「あっ——ご、ごめんね、詩織。さあ、あったかいお茶でも飲もうか?」


「のむっ!」



 こたつで三人、仲良くお茶を飲む。


 詩織は、夢中で動物のテレビ番組を見ている。


「ねこさんだぁー、うさぎさん……いいなぁー」


 そんな中……春香は何故か、俺の方をチラチラ見ている。


「何か用か?」


「な、何をしてるの?」


「うん? いや、兄貴からの手紙を読んでたよ。そうだ、これからの予定を聞きたいんだが……」


「えっと、わたし達は四月七日から学校と幼稚園が始まるよ」


「今は一日だから、あと約一週間か。ちなみに幼稚園には俺が送り迎えするから」


「えっ? わたし、家を早く出れば送り迎えできるよ? 高校がある場所、幼稚園から近いし」


「なに?」


「ほら、ここだもん」


 耳をかきあげ、俺のすぐ近くに寄ってくる。

 その際にシャンプーなのか、いい香りがした。

 同じものを使っているはずなんだが……。


「お、おい」


「えっ?」


 バカか、俺は……何をガキ相手にドギマギしている。

 相手は春香だぞ? 俺はロリコンじゃないし、童貞でもないっての。


「いや、どれどれ……」


 俺はスマホで地図を見る。

 なるほど、確かに近いが……折角の青春がもったいないよな。

 春香には、普通の高校生活を送ってほしい。

 俺はできなかったことだからな。


「一度電車に乗って、駅から降りて、そっから歩けば……」


「いや、俺がやる」


「えっ? で、でも、お仕事は?」


「俺の店は火曜と土曜は定休日だ。店の営業時間も、十一時から三時まで。夜は五時半から九時半までだ。朝の時間には十分に間に合うし、迎えにも行ける」


「で、でも……よくわかんないだけど、準備とかあるんじゃないの?」


 ……痛いところを突かれたな。

 確かに、それはある。

 俺は人を数人しか雇っていないから、どうしても仕込みの時間がかかる。


「まあ、平気だろう。お前は高校生活をしっかり送ると良い。それが、兄貴と桜さんの願いだ。もちろん、俺もな」


「お兄ちゃん……」


「おっさん臭いと言われてしまうが……高校生活ってのは、とても貴重な時間だ。バイトもできる歳だし、少し大人っぽいこともできる。何より、そこで仲良くなった友達は一生物になる可能性がある。大人になったら損得とか、付き合いとかを考えてしまうしな」


「お兄ちゃんもそうなの?」


「ああ、数人だけどな。会う回数は少ないけど、未だに会えば昔みたいに戻れる存在だ。大人になって知り合った人には、どうしても見せられない姿も見せられるし」


「えっと……どういうこと?」


「まあ、その、なんだ……バカをやったことや、恥ずかしくて言えないこととか」


「ふふ、そうなんだ……うん、わかった。じゃあ、お願いしてもいい?」


「ああ、もちろんだ。それくらいさせてくれ」


「えへへ……お兄ちゃん、ありがとう」


 そう言い、春香は微笑む。

 そうだよ、やっぱり笑ってないとな。

 これからも、春香が余計なことを考えないようにしっかりしないと。


「おじたん……」


「あん?」


 俺の服を引っ張っている。


「ねむいよぉ……」


 時計を見ると……十時になっていた。


「あっ——ごめんねっ! 布団ひかなきゃ!」


「いつもこんな早いのか?」


「えっ? 子供ってそんなものだよ?」


 ……そうか、そういやそうか。

 九時くらいには寝てたような気がする。


「悪い、全然気が回らなかったな。すぐに用意するからな」


「んん〜」


「春香、抱っこしててくれ」


「う、うん」



 急いで布団を一枚出して、二人の部屋にしく。


「これでよしと」


 二人一緒に寝ると言ってたし。


「出来た?」


「ああ、待たせたな」


「おじたんは? 一緒にねないお?」


「はっ?」


「へっ?」


「ママとパパ、いつも寝てくれりゅ……」


「わ、わたしだけで我慢してね」


「そ、そうだな、すまんな」


「うぅー……どうして? おじたんとおねえたんは一緒ダメなの……?」


 ……いや、ダメってこともないが。

 よく考えたら、俺は何に躊躇しているんだ?


「まあ、寝てみるか。もう一つくらいなら布団入るだろ」


「えっ!? お、お、お兄ちゃん!?」


「いいの!?」


「だ、ダメです! 詩織、寝るわよ! お姉ちゃんが好きな歌を歌ってあげる!」


「ほんと!? わぁーい!」


「おい?」


「お、おやすみなさい!」


「おじたん、おやすみなしゃい!」


 そう言い、扉が閉まる。


 ……別に一緒の布団というわけではないのに。


 これが思春期というやつか……。


 兄貴は偉いなぁー、俺には子供はまだ無理そうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る