道具として
月影いる
これが答え
——言いたいことが言えなくなったのはいつからか。
そんな疑問を抱いたのは二十歳になる前日の夜のことだった。ふと、今までがどんな人生だったか振り返った時、大きな孤独と共に不思議と過去の記憶が蘇ってきた。
「良い子で、優しくて人の心が分かる子になってほしいわね。」
母の言葉が頭をよぎる。あれはまだ小学生の頃だ。小さい僕を見つめて母は言った。当時の僕は深く考えず、ただ笑顔で頷いていた。 ……今となっては呪いのように感じられる。僕は人に何を言われても言い返さず、極力人を傷つけないように穏やかに生きてきた。文句を言われようが罵られようが一切反論せず、むしろ他人を褒め称えてきた。そんな僕の隣にはいつも孤独がついてきた。友達はいた。宿題を見せてあげたり、掃除を代わってあげるような友達が。
しかし、歳を重ねていくうちにわかってしまった。それは友達ではないと。そして、今までやってきたことは優しさではなくただの道具であったということを。僕は母の教えを、
気づいてしまった。僕は昔から、言いたいことなんて言えなかった。言ってしまえば面倒ごとになる上、相手を傷つけてしまうかもしれない。自己犠牲で平和が保たれるのだ。幼い僕でもその選択をしていた。
あれから三年の時が流れた。あの日、虚しさに囚われた僕は、母の元から逃げるように去った。誰にも気付かれないように。そして今、僕は……
「おい、57番。明日までにここ掃除しておけよ。」
そう、本物の道具となった。名前も捨てて番号で呼ばれる日々。母からの重しを取っ払えたようでこの方が居心地が良い。道具は休まない。朝から晩まで指示されたことを忠実にこなしていく。そんなところだから、周りの従業員はほとんど機械、後は人型の道具。
ここでは余計なことを考える時間すらない。他人の気持ちを察する必要もない。
僕は今までも、そしてこれからも道具として社会の部品になる。もう何も、言いたくない。何も、思わない。
道具として 月影いる @iru-02
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