第119話 終幕
「――これはいったい、どういうことなのでしょう……」
今のレイジの
「くおんめぇ! あれだけ使うなと念押ししてたのに、使いやがってぇ! まな! 制御権の破壊の方はどうなってるー?」
するとゆきはなにかを知っているのか、レイジに対し血相をかえだす。急がないと、マズイことになるといいたげに。
「えっとぉ、ざっと70パーセントってぐらいですかねぇ。あともう少しだけ時間をいただければ破壊できると思いますぅ」
「あのバカが早まったせいで、もう時間に余裕がないかぁ……。よぉし! ゆきも破壊工作に力を貸すから、一気におわらすぞぉ!」
「え? でも
「あんな奴の相手なんて、もうしてられるかぁ! こうやってゆきの全力全開でもぎ取ってやるもん! おらぁ!」
ゆきが宣言と同時に、
ゆきの
「さすがゆき姉さまですぅ! 一気に所有権の方を、こちらのものへと書き換えてしまうだなんてぇ。マナ、
彼女のあまりのすごさに、マナははしゃぎながら称賛を。
その感激のしようから、どれほどゆきのことを
「ふっふーん、どぉだぁ! これが剣閃の魔女の底力ってやつだぁ! 今のうちにまなの方もたたみかけてぇ。なゆたも向こうが主有権を戻そうと
ゆきは腕をバッと前に出し、声高らかに豪語しだす。そして那由他たちの方に振り返り、気合いの入ったオーダーを。
「そうですね、今はぼやぼやしてる時ではありません! レイジのためにも、一刻も早く制御権を破壊してこの戦いをおわらさなければ! 那由他ちゃんの方も鍵の出力を最大に! この一瞬にすべてをかけましょう!」
その言葉で我に返り、那由他は今やるべき最善の行動に移った。
そう、現状レイジのことを心配しても、なんにもならない。今は少しでも早くこの戦いをおわらせ、レイジにあのアビリティを使うのを止めなさなければならないのだ。見ればわかる通り、あのアビリティは異常。最悪レイジ自身に
(レイジ、どうかもう少しだけ耐えていてください!)
那由他は心から祈りながら、制御権の破壊に移った。
「ハァァァァァッ!」
レイジは己が内からでる衝動に任せ刀を振るう。もはや戦術などなにひとつ考えず、ただ愚直に狂ったかのごとく放ち続ける斬撃。その勢いは自身のすべてが燃え尽きるまで決して止まらないほど。
黒炎を
「クッ、剣鬼のごとく
アーネストは先程のように捨て身の攻撃はせず、彼本来の戦闘スタイルである
もしレイジの刀がこれまでと同じならば、斬撃を防御アビリティで防ぎ捨て身の攻撃を幾度となく繰り出せていたはず。しかし今のレイジの刀は、
だがそんな剣による陣は今、レイジの猛攻によりくずされかけていた。それが意味することはレイジの剣技が、格段に上がっていることにほかならない。アリスと二人がかりでやっと攻略できかけていたアーネストの防衛網を、単独で攻め落とせるほどに。
「もはや軽傷で勝つことは不可能か。ならば致命傷覚悟でキミを倒すまでだ!」
このままではけずられ続け分が悪いと踏んだのか、アーネストは攻撃に
レイジに襲い掛かるは、的確なタイミングで放たれる抜群の精度を誇った剣閃。それは一撃だけではおわらず、彼の常人とはケタ違いの技量により連続で繰り出され続けるのだ。
先程のレイジではさばききれず、なすがままだった連撃。バランスをくずされとどめの一撃を受ける未来しかなかったが、今のレイジは違う。すべての剣戟を圧倒的反応速度でとらえ、はじき返した。
「黒炎よ。鎧ごと、
紙一重にさばききった瞬間、レイジは地を蹴りアーネストへ突撃。すれ違いざまに破壊の炎をまとった一閃をたたき込む。
「ヌッ!? やはりその炎、この鉄壁の鎧を
レイジの振り返りぎわの一撃を防ぎながら、アーネストは感心の言葉を口にする。
「今のオレはスイッチが入って、もう歯止めが
レイジとアーネストは、己が剣技のすべてをもちい刃を
今や戦況はほぼ互角。レイジのこれまでのブレーキがなくなったため、出し惜しみなくその力を振るえているのだ。ゆえに無意識でも身体が勝手に動く。刀の振りから、防御、反応速度まで、さっきのレイジとは比べ物にならないほどの力量を
(もっとだ、もっと力をよこせ! この人に勝たないと、なんのためにオレは!)
「うぉぉぉぉぉぉーッ!」
レイジはおたけびを上げながら、
もはや今のレイジは正気ではない。かつての狂気の道へとひたすら
本来ならかつての自分に戻ったとしても、ここまで力を引き出すことは不可能だろう。守るための剣を求めると、アリスへの想いが邪魔をするのと同じ。破壊の剣を振るえば必ずカノンへの想いがどこかでよぎる。みがき続けてきた分、その迷いは守るための剣を選んでいた時よりマシだが、少なからず剣のキレをにぶくしてしまう。
だが今のレイジにはこの迷いがない。アリス戦での最後の
その原因はいわば、カノンとの
この思考がレイジを破壊のアビリティへの
「ハァッ!」
「フン!」
黒炎の刀とアーネストの剣による
「――これが久遠レイジの本来の剣か……。剣の速度に技のキレ、おまけに反応速度まで格段に上がっている。フッ、恐れ入ったよ。これほどの力があれば、この先も十分やっていけるだろう」
「ははは、今さらお墨付きをもらったところで、大して喜べませんね。すでに彼女と共にある道は、閉ざされてしまったんですから。そう、再び闘争という名の深淵に足を踏み入れてしまったオレは、このまま堕ちていくしかない。立ちはだかる者を斬り伏せることに快楽を感じ、獣のごとくむさぼり尽くすしかできなくなってしまうはず……。――ははは……、自分でいうのもなんですけど、ほんと狂ってますね」
彼の心からの称賛に対し、レイジは顔を片手でおおいながら自嘲気味に笑うしかない。
「そう自分自身を
「――それは……」
アリスと誓い合った時の光景が、脳裏によぎる。
そう、この破壊の剣はアリス・レイゼンベルトという少女を、一人にさせないためのものなのだから。
「フッ、改めて思うがキミは本当にすごい人間だな。フッ、言ってしまえば度を超したお
アーネストは突如装備していた
これはレイジにとってあまりよくない事態。実は今までアーネストと互角以上に斬り合えていたのも、その鎧があってこそ。剣の腕ではレイジよりひとつ頭飛びぬけている彼だが、鎧による動作制限のアドバンテージで剣さばきがにぶくなっているのだ。そのためレイジは彼の剣にくらいつけていたといっていい。
アーネストにしてみれば自身の防御アビリティが意味をなさなくなった以上、動きがにぶくなる鎧は足を引っ張るだけ。妥当な判断だろう。ゆえにここからは動きの制限がなくなったため、アーネストの剣技が最大限いかされることに。いくら暴走により限界以上の力を引き出せているレイジでも、これまで通りにはいかなくなる恐れが。
「防御を捨ててすべてを攻撃に回すつもりか。ははは、これはオレも腹をくくらないとな」
レイジはよろめきながらも左手で
すでにレイジの精神的疲労は限界を超えていた。暴走状態で自身の身をかえりみずアビリティを使いすぎたせいで、演算による反動が激しいのだ。おそらくこうやって戦えるのも、あとわずかであろう。
(――この分だと黒炎による斬撃も、あと一、二発が限度か……。まあ、もっと狂気に堕ちれば、まだ撃てるだろうけど……)
普通のアビリティなら、精神的疲労によって演算ができなくなり不可能。だがこの森羅からもらったアビリティはかなり特別性で、普通の演算方式と違っているのだ。その方法はズバリ自身の破壊衝動をくべること。破壊を願う想いが炎となって具現化し、対象を破壊の
そのため破壊のアビリティはレイジと非常に相性がいいといっていい。アリスと共に堕ちていった狂気の想いを解放することで、黒い炎を幾度となく操ることができるのだから。
実のところこれがここまで暴走している要因の一つでもあった。行使すればするほど破壊の剣の想いが
(――でもさすがにきついな……。カノンへの想いが痛くてたまらない……)
理論上想いが尽きない限り幾度となく放てる破壊のアビリティだが、レイジの場合は制限があった。というのもカノンへの想いが悲鳴を上げ、それが反動となってレイジに押し寄せてくるのである。アリスの道に堕ちれば堕ちるほど、カノンへの想いを踏みにじることになるのだから。
「それでもオレはカノンのために、止まるわけにはいかないんだ!」
レイジは立ち込める弱気を振り払い、破壊のアビリティを。刀に漆黒の炎が燃え盛りきらめく。
両者相手の動きを一瞬たりとも見逃さないと、視線を交差し合った。
そして同時に地を蹴る。互いに加速の勢いをつけながら、己が最高の一撃を繰り出そうと剣を振りかぶる。大気を切り裂きながら疾走し、距離をまたたく間に詰めていく二人。死力を尽くした渾身の一撃同士ゆえ、これで決着がつくだろう。
(なんて洗練された動きだ。これだと勝ててもほんとギリギリになるぞ)
接近する間に、アーネストの放つ圧倒的重圧が襲い掛かってくる。
鎧がなくなったことでその機動力は一気に上がり、剣を振るうのになんらさまたげもない。そんな状況からの完成された剣技。その神がかった動作を見るだけで、もはや打ちあう前から負けたと思ってしまうほど。
(――ああ、ほんとしびれる。できるならこのままアーネストさんと、死力を尽くした決着という最上級の刹那を味わいたかったな……)
「ははは」
レイジは思わず吹き出してしまった。この最終局面で不釣り合いな笑み。なぜかというとここにきて、あることに気付いてしまったからだ。
アーネストはその反応に気になったのか、突撃しながらも
「いやー、すみません。あとできつく言い聞かせとくので。こんな最高の場面に横やりを入れるなって!」
次の瞬間レイジの顔すれすれに、なにかがものすごい勢いで
レイジは一瞬だけ視線を後ろに移す。そこには自らの
するとアリスはレイジばかりずるい。アタシたちは二人で一つなんだから独り占めはよくない、みたいな感じで笑いかけてきた。
「ッ!? そういえばキミたちが黒い
アーネストは
その刹那だけで、レイジには十分だった。達人同士の戦いならまたたきほどの隙でも勝敗が決まるもの。ゆえにレイジは即座にその隙を見さだめ、アーネストの
こちらの狙いに気付いたのか、アーネストは迎え撃とうとその場で剣を振るおうとする。バランスを崩した状況で突っ込めば、負けると理解したのだろう。その場でなんとか踏みとどまり、無理やり態勢を立て直して最後の一刀を放つことに決めたようだ。常人ならこんな芸当を瞬時にできないだろうが、そこはアーネスト。彼の剣の技量とバトルセンスから見事に実現し、最善打の一撃をくり出すところまで持っていけていた。
これによりとうとう決着の時が。
「これで幕引きだ! アーネスト・ウェルベリック!」
「させんよ!」
漆黒の
互いに勝利を確信した一撃。己が持てるすべてを込め、この一太刀にすべてをかける。
「ハァァァァッ!」
そして彼の剣が届くまさにその刹那、レイジの斬撃がアーネストを斬り
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