第118話 解き放たれた破壊の剣


 斬られたアリスだったが最後に力を振りしぼり、太刀たちを振るう。

 アーネストは瞬時にガードするも、その破壊力により後方へと吹き飛ばされていった。

「――さすがにこれはキツイわね……」

 アリスは振り向き、よろめきながらレイジの方に倒れ込んでくる。

 そんな彼女をレイジはあわてて抱きとめた。

「――アリス……、わるい。オレがいつまでも迷い続けてるせいで、こんな……」

 もはや自分のふがいなさに、心の底から謝るしかない。

「もう、レージったら、今は悔やむよりも目の前のことでしょ。今の一撃でアタシは強制ログアウト寸前、もうエデンに意識をつなぎとめるのが精一杯。だからここからはあなた一人でどうにかしないと」

 アリスはレイジのほおに手を当て、やさしくほほえんでくる。

「だけど今のオレだとアーネストさんに勝てるはずが……」

 もはや状況は絶望的。頼みのつなのアリスはすでに戦える状況でなく、残るはレイジ一人。だがレイジではさっきみたいにアーネストに太刀打たちうちできず、これ以上時間を稼ぐのは不可能だろう。

「そうね。でもあなたには閉じ込めてる力があるでしょ? 心の奥にいるけものを解き放てばまだチャンスがある。それ以外に選択肢はないはずよ。本当に彼女の力になりたいのなら、守るための剣を捨て、破壊のための剣をとりなさい」

 レイジの心の内を見透かしているようなまなざしで、さとしてくるアリス。

「――わかってるけど、それは……」

 残された選択肢は残り二択。このままやられるのをだまって待つか、それとも今まで封印してきた剣を使うかだ。もし後者を選べばまだ勝ち目はあるだろう。ただかつての剣を再びとるということは、今のレイジの想いをねじ曲げることになってしまう。そのことで怖いのは、今後の久遠レイジのあり方が大きく変わってしまう予感がすることだ。ゆえにレイジは破壊のための剣を、今だ抜けずにいた。

「うすうす勘づいてるんでしょ? その守るための剣では、この先限界があるということを。それにそもそもの話、久遠レイジとその子の誓いはとっくに閉ざされてることもね」

「――閉ざされているか……。――ははは……、まったくその通りだ。結局のところ、破壊の力を求めすぎたツケが回ってきたってことなんだろうな……。今さら守るための剣を求めても、すべては手遅れ。これまでみがいてこなかった分、もう埋めることのできない差が生まれていただなんて……」

 アリスのかたるくつがえせない真実に、笑わずにはいられない。

 今まで気付かないふりをして、かつてのちかいを必死に求め続けていた。だがそれもとうとう限界。非情なまでの現実に、これ以上誤魔化すことは不可能らしい。

 そう、今さら守るための剣を求めたところですべて手遅れなのだ。なぜならレイジが誓いを果たすには、カノンと別れてから言われた通り力を求め続けなければならなかった。破壊ではなく守るための力をただひたすらに。そうすれば守るための剣を振るっていたとしても、アーネストのような強敵に遅れをとることはなかっただろう。堂々と胸を張って彼女の騎士になりえたはず。

 だが今のレイジの剣はまだ確固とした形を持ちえない、一年ほど磨いただけの剣。そんな剣で彼女の隣に立とうなど、おこがましいにもほどがある。もうどうあがいてもこの差は埋められないのだ。

「そういえばオレは彼女との道を、とっくに踏みはずしてたんだもんな。それを今からでもとりかえせるなんて、虫がよすぎる話だ」

「ええ、もうレージには破壊のための修羅しゅらの剣しか残っていない。だからさっきアーネストと話してたように、本来手に入れたかったものをあきらめ、それに近しい未来を勝ち取るべきなんじゃないかしら?」

「――カノンと共にある道が、完全に閉ざされることになったとしてもか……」

 カノンの騎士として、そばで力になる誓いはもはや果たせそうにない。

 だが隣で共に歩いていけなくても、力になることだけはできる。そう、レイジにはこれまでずっと磨き続けた、破壊のための剣があるのだ。

 きっと修羅にちたレイジを見て、カノンは離れていってしまうだろう。だが彼女の力になれるのなら、それでもかまわない。剣鬼となってカノンの行く手をはばむ障害を斬りせていこう。これが今のレイジにできる、ただひとつの贖罪しょくざいなのだから。

「そうなるかもしれないわ。でも安心なさい。たとえレージがこちらの道に堕ち、彼女が離れていってしまったとしても、アタシだけはずっとあなたのそばにいてあげるんだから!」

 アリスはレイジの胸板に手を当て、いとおしげに宣言してくれる。

 そんな彼女にはげまされ少し気が軽くなった。そしてレイジはついに手を伸ばす。

(――そっか……、もうこうするしかないんだな……)

 かつての求め続けていた破壊の剣へ。そして森羅からもらった謎のアビリティへと。なぜならこのアビリティはかつての自分が望んで止まなかった力のはず。一度触れれば、きっとその深淵しんえんに魅了されどんどん堕ちていってしまうだろう。

 ゆえにこれにさえ手を伸ばしきれば、カノンへの葛藤かっとうを振り切りかつての自分に戻れるはずだ。

(――だけどカノンの隣に、いれなくなるのは嫌だな……。オレはどうしても、彼女との誓いを果たしてあげたかったんだから……」

 しかし手がとどくあと少しのところで、ふと止まってしまった。

 もはやこの選択をするしか道は残されていないというのに、カノンへの想いが最後の最後で邪魔をするのだ。カノンの隣で共に歩き続けるという夢を諦めたくないと、心がさけんでいる。そもそもここで振り切れるなら、とっくにアリスの道に堕ちていけたはず。

 結局、久遠レイジではカノンへの誓いを、完全に踏みにじることがどうしてもできないのだ。

「本当にしかたのない人ね。ならアタシがレージの背中を押してあげるわ。これまでもそうだったようにね……。ふーん、なるほど、なにかヤバげなモノに手を伸ばそうとしてるのね。ちょうどいいわ。迷いを吹っ切るには、これくらいの劇薬げきやくを使わないと。フフフ、これで準備は整った。さあ、レージ、アタシたちの創ったこの混沌こんとんに満ちた世界でいつまでも、共におどり続けましょう」

 そんなレイジを見かねて、アリスは世話が焼けるんだからとほほえむ。そしてなにやら意味ありげな言葉を口にし、レイジの顔へと近づいてきた。ととのった顔立ちにより誰もが美人と認めるほどの少女の顔が、もはや触れ合うほど近くに。本来なら気恥ずかしくなるところだが、今はそれどころではない。レイジの直感がここで彼女をこばまなければ、取り返しのつかないことになると警告しているのだ。再びアリスに手をにぎられれば、今度はもう振りほどくことができなくなってしまうかもしれないと。

 危機感にさいなまれるレイジだが、徐々に近づいてくるアリスを振り払うことができずただ呆然と見つめ、受け入れることしかできなかった。そう、結局のところ久遠レイジはアリス・レイゼンベルトをこばめない。本能じみた想いにより、もはや自分からアリスの手を取りにいってしまうほどなのだから。

「ッ!?」

 そしてふいにくちびるに柔らかい感触が。なんと気づいたときには、アリスにキスされていたのだ。まるでアランにつかまった時、森羅にされたみたいに。

 後方と前方からなにやらすさまじい殺気のようなものを感じるが、今はそれどころではない。アリスと初めてキスをして湧き出てくる衝動を感じるヒマもなく、レイジの意識は次第にクリアになっていく。感じるのは森羅からもらったアビリティが、勝手に起動しているということ。どうやったかは知らないが、アリスがレイジの内部データに干渉かんしょうし無理やり起動させたのだろう。

 かつての自分が求め続けていた力に手が届いたことで、抑え込んでいた破壊の剣が咆哮ほうこうを上げる。その純粋な破壊の力に魅せられ、再びアリスと共に狂気の道へ堕ちていく想いがとめどなくあふれ、レイジを支配するのだ。

「フフフ、アタシごのみのいい面構つらがまえになったわね。さあ、いってらっしゃい。今のレージならアーネストに遅れを取らないはず。女神様のキスをもらったんだから、張り切っていきなさい」

 アリスはいとおしそうに見つめ、得意げにウィンクしてくる。

「ああ、行ってくる」

 そんな彼女を優しく地面に寝かせ、レイジは立ち上がった。

 前方にはアーネストがすでに臨戦態勢をとっている。

律儀りちぎに待っててくれたんですね」

「本来なら今すぐにでもとどめを刺すべきだったんだが、キミがどういう選択をするのか少し興味がいてな。フッ、その様子だと、待ったかいがあったというものだ。これで本気のキミとやり合える」

 どうやら彼もこちらより。冷静沈着に見えて、中身は熱い人なのかもしれない。

「ははは、なら待たせた分、楽しませないといけませんね。今はこのむしゃくしゃした気分を晴らしたいところだったから、ちょうどいい」

 レイジはよろめきながらも、前へ進んでいく。

「――ああ、彼女との誓いがついえたことで虚無感がいっぱいだというのに、笑いが込み上げてくる。剣で蹂躙じゅうりんし斬り伏せろと、心の奥底が叫んで止まない。――ははは……、こんな姿、カノンに絶対見せれないな……」

 おそらく今泣きたいような表情をしながら、残忍ざんにんな笑みを浮かべているのだろう。

「――ほんと、どうしてオレはこんなにも、道を踏み外してしまったんですかね……。もう、この非情な現実すべてを、壊したくなってくるほどですよ……。――そうか、なるほど……。このアビリティの正体は、使用者の破壊衝動を具現化するというものなのか……。なら!」

 レイジは一人でに納得しながら、刀を振るった。誰もいないところなので刃は当然空くうを斬るだけ。だがしかしその剣閃には、すべてを飲み込むほどの禍々まがまがしい黒い炎がきらめいていた。

「なに!? その炎は柊森羅の……」

 今だ刀にまとわりつき燃えさかる黒炎を見て、アーネストは驚愕きょうがくの顔を浮かべていた。

 彼が驚くのも無理はない。この黒い炎は森羅が使う炎とまったく同じもの。破壊することに特化した、消滅という名の理不尽そのものなのだから。

「いいモノをもらったな。これこそかつてのオレが求めていた破壊の力そのものだ。ああ、最高の気分だ。力がみなぎってくる……。ははは、――じゃあ、アーネストさん、早速で悪いんですけど、試し斬りをさせてもらいますよ! この破壊の剣のね!」

 レイジ血に飢えた獣のような笑みを浮かべ言い放つ。

「どうやらやぶをつつきすぎたようだな。フッ、だが、面白い! このアーネスト・ウェルベリックが全力でお相手しよう! 決着をつけるぞ! 久遠レイジ!」

 そして両者真っ向から斬り結び、最終決戦の幕を開いた。

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