第117話 非情なる答え

 アーネストはレイジの渾身こんしんの一撃をまともに受け、すぐさま後方に下がり距離をとった。

 今のは彼のアビリティの防御力を上回り、確かなダメージを与えた手ごたえがあった。これにより勝負の流れが、レイジたちの方へと大きくかたむいたといっていい。

「レージ、このまま一気に押し切るわよ」

 アリスがレイジの隣まで駆け寄り、太刀たちをかまえる。

「ハァ、ハァ……、そうだな。そろそろ精神力の方もやばくなってきたし、次で決めたいところだ」

 確実なダメージを与えたが、レイジたちの精神的消耗もピークに達し始めている。よって一気に片を付けないと、厳しい状況であった。

 肩で息をしていると、アーネストの方に動きが。重い一撃を受けたにも関わらず、すぐさま剣を振りかぶりレイジたちへ特攻を。

「来たわね。先に行ってるわよ、レージ」

 アリスはアーネストを迎え撃とうと前に出り、斬撃を放とうとする。

 先行したアリスをカバーしようと、レイジも後を追った。このまま二人の連携で攻め続ければきっと勝てるはず。彼女がアーネストの突撃を止めた瞬間、再び全方位からの舞踏ぶとうたたみかければおそらく次で。

「え?」

 アリスはあっけにとられた表情を浮かべた。

 それもそのはず今までアーネストの剣技による堅牢けんろうな防御のじんによって、幾度となく攻撃をさばかれ続けてきたのだ。ゆえに攻撃を直撃させるのさえ至難しなんわざだったのだが、今のアリスの繰り出した一撃はいとも簡単に彼の胴体に入ったのである。

 その理屈は単純明快たんじゅんめいかい。すべてはアーネストが剣で防ごうとしなかったために。

「ッ!? まさかここにきて!?」

「ああ、、捨て身の一撃というやつだ、ハッ!」

 そしてアーネストは振りかぶっていた剣で、アリスに斬撃をたたき込んだ。

 本来ならアーネストが彼女の太刀を剣で防ぎ、互いに二手目の動作をするはずだった。しかしアーネストが一手目を防御でなく攻撃に切り変えたため、アリスに問答無用で斬撃をくらわせられたのである。

「アリス!? 下がれ!」

 レイジが叫んだ瞬間、アリスは後方へと跳躍ちょうやくを。

 アーネストはさせまいと追撃をかけようとするが、レイジが割り込み剣を刀で受け止めた。

 結果、つばぜり合いに持ち込まれることに。

 一瞬アリスの方に視線を移すと、ひざをつきながら倒れ込んでいる。おそらく今ので、致命傷レベルのダメージをくらってしまったらしい。今アバターとのリンクを必死につなぎ止めながら、自己修復をして傷をふさいでいるはず。なのでしばらくは動けないだろう。

「肉を切らせて骨をってやつですか。まさかそんな大胆だいたんな手を使ってくるだなんてね」

「すまないな。このようなごり押し、自分の剣の美学に反するため使いたくなどなかった。しかしもう四の五の言っている状況ではなくなったのでな。リネットたちが苦戦している今、キミたちを一刻も早く倒し後ろの彼女たちを止めなければ」

 アーネストの瞳にはあせりの色が帯びていた。

 このまま時間を稼がれ、那由他たちの改ざんを続けさせるとヤバイと直感したみたいだ。これ以上彼女たちの好きにさせたら、革新派の計画が失敗におわってしまうと。

「させるとでも?」

「無駄だ。アリス・レイゼンベルトがやられた今、キミ一人では自分を倒すことは不可能だ。このまま押し切らせてもらう」

「クッ!?」

 アーネストの連撃の猛攻が襲い掛かり、レイジは徐々に後退を余儀よぎなくされる。

 彼がすでに剣による防御を捨て、こちらを全力でやりにきているのだ。そのため今までの攻撃のと比べ物にならず、しのいで限界といっていい。

 そんな中レイジのバランスがくずれた一瞬の隙を突き、上段から振り降ろされた一太刀ひとたちが。左肩から胴体にもろに入るであろう、致命打の一撃だ。

 しかしレイジは片膝かたひざをつきながらも間一髪斬撃の軌道に刀をすべらせ、左肩に届くすんでで止めきった。

「ほう、今の一撃をよく耐えたな。だが勝負ありだ。この状況だと、もうどうすることもできないだろう?」

「――ははは……、確かに、絶対絶命ってやつですね……」

 アーネストの言う通り非常にマズイ状態だ。とどめの一撃を止めたとはいえ、今だその斬撃は続いている。このままでは左肩にすべり込ませた刀を押し切り、レイジをち斬るのも時間の問題。しかもこちらは今の攻撃を止めるために片膝かたひざをついており、回避自体不可能。そもそも止めている斬撃を抑え込むだけで精一杯の状況なので、ほかの行動に移れるわけがなかった。

「こうなることはわかっていたはずだろ。キミの剣は以前よりはましになったが、今だ迷いの影が落としている。そんな剣ではこのアーネスト・ウェルベリックに勝てはしない」

 そう、今だレイジの剣の迷いは晴れていない。アリスを倒した一刀いっとうはあの瞬間だけ奇跡的にしんにせまれたのであって、今も答えを探している状態なのだ。そんなレイジがアーネストに一対一で勝てる道理はなかった。

久遠くおんレイジ、キミが以前己が剣について問うてきたとき、自分はそのままでもいいと答えたな。自身の想いを曲げてまで進んだ先に、欲しかったものがあるとは限らない。逆に遠ざけ、二度と触れることさえ叶わなくなることもあるだろう。ならば求めるその道がどれだけ困難であろうと、信じて突き進むのは正しい選択になりうるはずだと」

 アーネストはこんな状況だというのに、レイジのことを思ってかかたりだす。

「だが時には力およばず、決して届かないこともあるものだ。今この時のように想いだけではどうにもならず、非情な現実に敗れ去っていく。そう、すべては久遠レイジが手を伸ばした輝きが、あまりにも大きすぎたがゆえにな」

「ッ!?」

「事情は知らんがアポルオンの巫女の力に、なりたかったのだろう? しかし彼女はアポルオンを、いや世界をべるといってもいい存在。そんな彼女を取り巻く現実が、普通であるはずがあるまい。自分やあの第三世代の男といった強大な相手が、次々と立ちはだかるはず。そうなってくるとはっきり言って、キミの剣では役者不足だ。世界を統べる姫君ひめぎみの騎士にふさわしくない」

「なっ!? そんな……」

 アーネストの言う通りである。

 もしこのままカノンと再会し彼女の力になり続けたとしても、今回のようにまた敗れ去ってしまうだろう。いくら彼女にたどり着いたからといってこの剣や、アリスとカノンにわしたちかいの問題までは解決しない以上、結果は同じ。今のレイジではカノンが剣を必要としているまさにその時だというのに、なんの役にも立てないのだ。

「それでもまだ本気で彼女の力になることを望むなら、久遠レイジがとるべきは修羅しゅらの剣かもしれんな。たとえ本来求めていた理想に遠く及ばなくなってしまったとしても、姫君の力にはなれる可能性がある。彼女の意に反する姿になり、隣にいられなくなったとしてもな」

 昔夢見たカノンの騎士としそばで力になるのをあきらめ、彼女に拒絶されることになっても力になり続けるべきだと。

「――と、自分なりに今一度真剣に考察してみたのだが、なんだか説教のようになってしまったな。まあ、決めるのはキミ次第だ。ここから出直し、じっくり考えてみるといい。自身の進むべき道をな。――では、さらばだ、久遠レイジ」

 アーネストは再び剣を振りかざし、レイジにとどめを刺そうとする。

 もはや今の精神的ショックを受けているレイジには、かわすことも防ぐことも叶わない。ただぼんやりとアーネストが振るう剣をながめることしかできなかった。

(――これで終わりだなんて……。――カノン……、オレじゃあ、やっぱりキミの騎士にはなれないのかな……)

 空虚感に支配されていたレイジだったが、ふと我に返る。

 なぜならレイジの目の前に、一人の少女がかばうように割り込んできたのだから。

「ッ!? アリス!?」

 とっさに手を彼女に伸ばそうとするが間に合わず、アーネストの剣が無慈悲にもアリスを斬り裂いた。

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