第111話 突入準備

 ここはアビスエリアの十六夜いざよい島にある、管理区かんりくゾーン。中心に付近には管理棟かんりとうと呼ばれる超高層ビルがそびえ立っており、その周りに様々な施設が立ち並ぶ街並みが。規模はクリフォトエリアのシティーゾーンレベルであり、割と広めの一画いっかくであった。

 この管理区ゾーンはアポルオンメンバーがセフィロトの敷く政策や方針などのデータベースを、閲覧えつらんするために存在するとのこと。基本は中心にそびえる管理棟内で閲覧するらしいが、このゾーン内ならどこでもそのシステムにアクセスすることが可能だそうだ。ちなみにこのデータベースに関しては、現実でもある程度ならつながれるらしい。ほかにも会談や密談といった話し合いの場所という側面もあるらしく、管理棟の周りには誰でも使用できるオフィスビルや庭付きの豪邸ごうてい、娯楽施設など。さらにははなやかな庭園や日本の風情ある庭園などのいこいのスペースも完備されているそうだ。

 レイジたちは待ち合わせの場所の、とある九階建のビルの屋上で待機していた。現在夜であるが青白い月明かりが周囲を照らし、わりと明るいといっていい。それに管理区ゾーンの建物にはどこも電気がついており、きれいな夜景が広がっていた。

 今や狩猟兵団とレジスタンスによる大規模襲撃はおわりを見せ、もはや事態は収束に向かっているらしい。政府のアーカイブポイントも軍とエデン協会の防衛により、無事守り抜けたとのこと。

 現在アイギスメンバーとゆき。あとマナが操る、本物そっくりの白い子猫型のガーディアン。このガーディアンについてはゆきがアイテムストレージから取り出し、マナが遠隔から操作しているといった感じだ。ちなみにガーディアンから離れすぎると操作に支障がでてしまうもの。しかしマナがエデンの巫女の間にいる場合だけ、どれだけ離れていようとも100パーセントの状態で操作が可能になっているらしい。

 そしてさらにもう一人。本来ならここにいるはずのない少女が。

「ねえ、レージ、楽しい闘争の時間はまだなのかしら? アタシもう待ちきれないんだけど」

 アリスはレイジの腕を揺さぶりながら、急かしてくる。もう早く戦いたくて戦いたくてうずうずしているらしい。

「準備が整い次第向かうから、もう少し大人しくしてろ。というかあれだけオレとやり合ってまだ戦い足りないのかよ」

 これにはあきれを通り越し、逆に感心するほどである。

 レイジからしてみれば、もう胸やけもいいところ。それほどまでに濃密な闘争だったのだから。

「愚問ね。闘争に関してなら、一日中戦い続けても満足しないわ。いくらでもどんと来いって話よ!」

 アリスは胸をドンっとたたき、不敵に笑みを浮かべてくる。

「相変わらずの戦闘狂ぶりだな。さすがのオレもそこまでは行かないぞ」

「フフフ、まあ、このあふれんばかりのワクワクは、レージと久しぶりに背中を預け合って戦えるのが原因ね! あまりのテンションに、ここでレージともう一戦やりたいぐらいよ! ウォーミングアップということでどうかしら?」

 胸をぎゅっと押さえ、さぞ満ち足りたように笑うアリス。そしてレイジに手を差し出し、満面の笑顔で誘ってくる。

 どうやらこの異様なまでのハイテンションは、レイジと一年ぶりに戦友として戦える事への喜びからきているらしい。もはやその胸の高鳴りを抑えきれず、肩慣らしとして今すぐ斬りかかってきそうなほどだ。

「あー、ハイハイ、また今度な。――はぁ……、結月、ほんととんでもない奴を連れてきたな。いくら戦力がいるとはいえ、アリスはさすがに……」

 アリスの主張を軽く却下しつつ、頭をかかえながら結月に問いかけた。

 そう、アリスがいるのは結月が呼んだから。マナの件がうまくいったと連絡を受け、結月が戦力確保のため依頼したのであった。彼女は確かに戦力にはなるが、生粋きっすいの戦闘狂ゆえ好き勝手暴れる恐れが。アリスが本当にこちらのオーダーにしたがってくれるのか、不安でしかなかった。

「そう? 人選的には問題ないと思うけど。アリスなら戦力はもちろん、久遠くおんくんとのコンビネーションもばっちりでしょ? それに今から向かう場所は、信頼できる人じゃないとダメだしね」

 レイジの不安をよそに、結月はなんら心配ないと自信ありげ。よほどアリスのことを信じているようだ。

 今回の場合信頼はもちろん、アポルオンのことについてある程度の理解が必要。なのでヴァーミリオンやほのかたちを呼ぶのは、少し躊躇ためらわれた。その分アリスは革新派と行動していたためアポルオンのことを理解しており、レイジがらみの件で信頼ができる。しかも今は依頼をおえてちょうどフリー状態らしく、一応最適な人材ではあった。

「レージ、ちゃんとわきまえてるから、安心なさい。ここまで信頼されているんだもの。ユヅキの面目めんぼくを潰すような、好きかってなことはしないわ」

 アリスは結月の方に歩み寄り、彼女の肩に後ろから手を置き力強く宣言する。

「ありがとう、アリス。でもやりたいことをしばるのは心苦しいから、そこまで固く考えないでいいよ。実際力を貸してもらってるんだもの。少しぐらい無茶してくれても大丈夫よ」

「ほんとユヅキはよくできた子ね! さすがレージの未来の花嫁候補! アタシの目に狂いはなかったわ! フフフ、これからユヅキが依頼してきたら真っ先に駆けつけるから、いつでも呼んでちょうだい!」 

 結月のあまりの気遣いに、アリスはご満悦まんえつのようだ。

 依頼主というのにここまで考えてくれるのだから、雇われ側からすればこれほどありがたいことはない。今後ひいきしようとする気持ちもよくわかった。

「――く、久遠くんの未来の花嫁って!? も、もう……、あ、アリスったら!」

 すると結月は両ほおに手を当て、目を丸くする。そしてなにやらもだえながら、顔を湯気がでるほど真っ赤に。

「――まー、那由他ちゃんとしては、アリス・レイゼンベルトが仲間に加わるのは反対ですけどー。なんでよりにもよってこんな戦闘狂の、しかもレイジに異様に付きまとう危険極まりない女なんですかねー」

 そこに那由他がさぞ不満ありげに、ジト目で抗議しだす。

「あら、アタシのことをとやかくいうのはいいけど、それだとユヅキにケチ付けてると同じことよ。これ以上依頼主を侮辱するなら、だまっていられないわ。ここで問答無用で斬り捨ててあげる」

 アリスはアイテムストレージから愛用の太刀を取り出し、那由他にとびっきりの殺意を向けた。もともと気に入らない相手ゆえ、この際ちょうどいいと。

「わわわ、アリス、落ち着いて!?」

 我に返った結月は、手をあわあわさせながら必死にアリスをなだめようと。

「――ムムム……、別にそういうつもりでは……。――はぁ……、わかりましたよーだ。一応、戦力にはなりそうなので、ここは仕方なく受け入れましょう」

 那由他は結月のこともあるのでさすがに分がわるいと、しぶしぶ受け入れることにしたみたいだ。

「――ゴホン、それはそうと、レイジ! よくもまあ、パートナーの那由他ちゃんを差し置いて、巫女みこの制御権の破壊というとんでもない計画を押し進めてくれましたね!」

 そして彼女はレイジを指さし、ぷんすか文句を言ってくる。

「なんだ、那由他は今回の件反対だったか?」

「いえ、彼女を自由にできるかもしれないなら、やる価値はあると思います。ですが失敗した場合や、制御権を破壊したあとどうなるかなど不安材料がたくさんある。なのでそれらを考慮こうりょしつつ、方針や対策などをですね!」

「森羅いわく、那由他に言うと今後のこととかで話がこじれそうだから、放っておけだそうだ。反対されたら説得に時間をくうし、もう引き返せないところまで計画を進めてから協力してもらえってさ」

「ここまでのけ者にされて不満ばかりというのに、そう素直に協力すると思ってるんですかねー?」

 ほおを膨らませながら、そっぽを向く那由他。

 どうやら彼女を放って勝手に話を進めていったことに、すねているらしい。

「――那由他、改めて頼む。オレはアポルオンの巫女を解放してあげたいんだ」

 そんな彼女をまっすぐに見つめ、自身の心からの願いを告げた。

「――レイジ……、くす、しかたありませんねー! レイジの頼みとあらば、叶えないわけにはいきません! 那由他ちゃんにどーんとお任せあれ!」

 すると那由他は一瞬目を見開く。そして陽だまりのようなほほえみを向けて、どんっと胸をたたいた。

(森羅の指示してきた通り、頼めばなんとかなるんだよな……。本当はあまりこの手を使いたくないんだけど……)

 森羅には那由他にいうことを聞かせる秘策として、彼女に頼み込めばいいと教えられていた。レイジくんの頼みなら那由他はどんなことでも引き受けるはず、と言って。

 実際この事実は結構前から知っていた。那由他は自身の意にそぐはない場合一応反対はするが、無理に押すと絶対に折れて力を貸してくれるのだ。ただレイジとしては彼女の意思を無理やりねじ曲げているみたいで心苦しく、あまり使わない手なのだが。

「ありがとな、那由他。それでルナさんたちの件はうまくいったんだよな」

 エデンの巫女であるマナの件がうまくいってしばらくしたあと、通話で那由他に事情を説明。結月と共にルナへの交渉こうしょうをお願いしていたのだ。

「はい! アポルオンの巫女の隔離されてる場所に、連れていってもらう件はばっちりです!」

 制御権の破壊の計画に必要なのは、エデンの巫女の力ともう一つ。彼女が隔離されている場所に向かう方法だ。いくら制御権を破壊できる準備ができたとしても、その場所にたどり着かなければ話にならない。

 森羅たちはアビスエリア解放の時に、ルートをなんとか用意したらしいのでたどり着けるとのこと。しかしレイジたちには向かう方法がないため、ある人物を頼るしかなかった。それこそ序列二位サージェンフォード家次期当主ルナである。そう、序列二位側の彼女に仲介してもらい、アポルオンの巫女がいる場所に連れていってもらうという作戦だ。もし成功すれば向かうルートを確保し、おまけにルナという戦力を連れて行くことができる狙いであった。

「あのおかたにお願いしてアポルオンの巫女みずからルナさんに説得してもらい、そこにすかさず那由他ちゃんの現状に対する正論! さらには結月の自分たちの手で守りたいという、心からの主張で無理やりごり押ししましたから!」

 レイジたちはアポルオンの巫女の身内だが、さすがに序列二位側の機密としている巫女のに入れてもらうことは難しいはず。なので今回狙われている本人でありアポルオンの巫女の権限を持つ彼女みずから、ルナに要請ようせいしてもらう形を取ったらしい。自分の守りを固めるため、身内であるアイギスの戦力を使いたいと。しかも序列二位当主ではなく、話が通じそうなルナを狙ってである。

 要請の内容はアポルオンの巫女が危険な目に遭う可能性があるので、アイギス側が自分たちの手で巫女を守りたいと主張し聞き分けてくれないというもの。そこでアイギス側の気が晴れるようにするため、少しのあいだ巫女の間で防衛につかせてほしいといった感じだ。しかもこの話の信憑性しんぴょうせいを出すため結月自身も説得に加わり、彼女を心配する想いをぶつけルナの心情にうったえかけたとのこと。

「ルナさんをだますみたいな形になったのが、少し心苦しいんだけどね」

 結月は申しわけなさそうに目をふせる。

「一応革新派の魔の手から彼女を守ろうとしてるのは事実ですから、嘘はついてないはず! 今回の件が無事成功した場合、革新派の制御権を奪うのを阻止しようとして壊れてしまったみたいな感じで報告すれば、なんとかなるでしょう。問題はあの方へなんと報告するかですねー」

 那由他はアポルオンの巫女の報告に対し、悩ましそうにかたりだす。

「アポルオンの巫女にはなにも説明してないのか?」

「ええ、ルナさんと同じく、守るためと押し通しておきました。今回の件はわたしたちの独断。もしこの件でなにかあった場合、彼女にできるだけ責任をわさないようにするためにね……」

「みなさん、お待たせしました。こちらの準備は終わったので、アポルオンの巫女が隔離されている場所に向かいましょう」

 話し込んでいると、屋上の扉が開きルナと伊吹いぶきがやってきた。

 そのほかには誰もいないみたいで、どうやら二人だけで来たようだ。

「あれ、ルナさんたちは二人だけなのか?」

「お前たちアイギスメンバーと自分たちがいれば、戦力的に申し分ないだろう。さすがにこれから向かう場所は、執行機関やアポルオンメンバーであろうとおいそれ連れていけないからな」

 アポルオンの巫女は厳重に隔離するべき機密対象。なので本来序列二位の身内ぐらいしか、連れていきたくないのだろう。もし連れていった戦力が裏切り、アポルオンの巫女になにかしようとしたら大変なことになるゆえに。

 そのため今回の申し出は、ルナたち序列二位側にとってありがたい話のはず。防衛に巫女側の信頼できる戦力が加わってくれるのだから。

「特に今はアビスエリアの件で、どこも手が回せない状況ですからね……」

 ルナは目をふせ、力なく笑った。どうやらよほど今の状況に、頭を悩ませているみたいだ。

 というのも現在アビスエリアの情報は革新派たちによって、世界中にばらまかれていた。今やアビスエリアは情報屋や、興味本位の野次馬やじうまたちが押し寄せているらしい。そのためアポルオン内部は大混乱。今回気を付けなくてはならない序列二位当主も、今事態の収拾しゅうしゅうのため駆け回っているとのこと。このおかげですべての判断はルナに任せられ、ここまで話がつけられたといっていい。

 革新派がこのタイミングでアビスエリアの情報を公開したのは、保守派側の動きを封じるため。これによりもしアポルオンの巫女が危険だと気付いても、対応させない狙いなのだ。

「それにまだ確実に狙われていると決まってないので、まずは私たちだけでというわけです」

 彼女たちには革新派が巫女の制御権を奪おうとしていることや、すでに実行に移そうとしていることを教えていない。十六夜タワーの隠された空間最奥を調べたところ、アポルオンの巫女の隔離されているであろう場所を調べていた痕跡こんせきがあったと、報告しただけなのだ。

 もしここで革新派の動向をすべて話すと、序列二位側が事態の重さから無理にでも戦力を用意するはず。そうなるとレイジたちが制御権を破壊するのが、難しくなってしまうだろう。よって狙われる可能性があるとだけ言って、序列二位側の事態の認識を軽くする。そして必要最低限の戦力である、ルナと伊吹だけを呼ぶといった寸法であった。

 今回防衛に向かう経緯は、もし革新派が動くならアビスエリアを解放した件でアポルオン内部が混乱している今しかない。ゆえに事態が落ち着きをみせるまで、念のため見回っておこうという流れである。

「那由他さん、それでアポルオンの巫女は今、どうなされているんですか?」

「もし革新派が向こうにいた場合危ないので、彼女には現実で待機してもらってますよ! 安全を確認したというこちらかの連絡を受け次第、エデンにリンクするそうです!」

「わかりました。では行きましょうか。ふふ、実は私彼女とは会ったことがないので、じかに会えるのが楽しみなんですよ」

 ルナは心おどらせながら、目的地へ向かう設定を始めるのであった。


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