第110話 エデンの巫女

「おや、マナ、来ていらしたんですか。レイジさん、ゆき、彼女がエデンの巫女である天津あまつマナです」

 声がした方に視線を移すとそこには、なんだか常に眠たそうでおっとりとした雰囲気を持つ少女が。彼女はどことなく小動物のような、愛くるしい容姿ようしをしていた。

「大至急来いと言われましたから。せっかく気持ちよくお昼寝してたのにたたき起こされて、少し不機嫌なんですぅ。さっさと用件を済ませてもらえますかぁ?」

 マナは目をこすりながら、不機嫌そうに抗議する。

 眠そうにぼんやりしているようだが、その声色からどことなく苛立いらだちを感じられた。

「――ふむ、これは少しマズイですね。寝起きの彼女はとくに機嫌が悪い。レイジさん、ここはウデの見せどころですよ。なんとかしてマナの機嫌をとらないと、アポルオンの巫女の件断ことわられる可能性がありますので」

 すると守は小声で現状を説明し、むちゃぶりをしてくる。

「――急にそんなこと言われても困るんですが。なにかヒントみたいなもの、もらえないんですか?」

「すみません。私も彼女のことはあまりわからないんですよ」

「なにこそこそ話してるんですかぁ? はぁ、久遠レイジさんでしたよねぇ。アポルオンの巫女の制御権を破壊したいそうですが、そんな大変なことわたししたくないんですが……」

 マナはレイジと守のひそひそ話に半場あきれながら、迷惑そうに今回の件について告げてきた。

 この感じからして断られるのは明白。取りつくろうにも彼女は今機嫌が悪く、頼みの綱の守もあまりあてにならないときた。いきなり出鼻をくじかれたことに頭を悩ますしかない。

「――うん? ふむふむ……」

 どう打って出るか思考していると、突然マナがレイジの目の前へと来る。そしてレイジの下から上を何度も見つめだす。もはやなにもしゃべらず、ジーと観察し続けるマナ。よく見てみると小動物のようなかわいさを持つ、かなりの美少女。そんな彼女にここまで見つめられると、動揺せずにはいられなかった。

「――えっと、天津さん……」

「一つ年下なので、マナでいいですよぉ。それよりレイジにいさまはアポルオンの巫女の制御権を、破壊したいんですよねぇ?」

「――ああ、そうなんだが……、ってレイジにいさま!?」

 彼女の確認の言葉にうなづくが、ふとおかしなことに気付く。

 なぜならすごい親しみを込めて、彼女はレイジの名を口にしたのだから。

「わかりましたぁ! わたしレイジにいさまのために精一杯頑張るので、任せてください!」

 マナはさっきまでとは打って変わり、ほがらかなほほえみを向け快く引き受けてくれた。

 もはやあまりの変わりように動揺してしまう。

「マナ、さっきと違って態度が全然違うような気がするんだが……。それにレイジにいさまって……」

「くす、わたし普通の人に対しては基本どうでもいいんですけど、気に入った相手にはとことんなつく性分しょうぶんなんですよぉ」

 レイジの胸板むないたに顔をうずめながら、ぎゅーと抱き着いてくるマナ。

「その中でもレイジにいさまはかなり特別。思わずにいさまと慕ってしまうほど気に入ってしまったというわけですぅ! あ、もしかして呼び方が気に入りませんでしたか? レイジにいさん、レイジおにいちゃん、それとももっとマニアックに……」

 そして彼女は顔を上げ、ぱぁぁととびっきりの笑顔を向けてきた。そして上目づかいで、ちょこんと小首をかしげてくる。

「いや、そこはマナの好きなようにするといいよ。ただしマニアックなやつ以外でな」

「はい、ではレイジにいさまで! ――えっとぉ……、わたしのことは本当の妹のように、かわいがってくれたらうれしいですぅ、えへへ」

 マナはにかんだ笑みをして、ほおずりしながら甘えてくる。

 もはやその慕いようはさっきとまるで真逆。レイジのいうことを素直に聞いてくれるであろう、いい子そのものだ。

 現状に少し混乱していると、ゆきがまゆをひそめ割り込んできた。

「おい、こらぁ、さっきから聞いてれば、好き勝手甘い空気出しやがってぇ。ゆきがいることを忘れてないよなぁ!」

「――あっ……、ごめんなさい。ついレイジにいさまに夢中になってしまい、ゆきねえさまに気付くのが遅れてしまいましたぁ」

 マナはゆきをしばらく見つめたあと、ぺこりと申しわけなさそうに謝りだす。

 レイジにした時と同じ、相手を慕う態度でだ。

「あれ、もしかしてゆきにもなついてるー? この展開くおんだけで、ゆきには興味を示さないパターンだと思ってたけど違ったのかぁ?」

 予想外のリアクションに、あとずさりしながら困惑するゆき。

「はい、ゆきねえさまもわたしが慕うにふさわしい素敵な方ですよぉ」

「ふっふーん、ゆきの魅力に気付くとは、なかなか見どころがあるなぁ! よぉし、マナのことをゆきの妹分にしてあげるー」

 マナのそのくもりなく慕う反応に、ゆきはいい気分になったようだ。得意げにそのつつましい胸を張りながら、すごい上から目線でマナを妹分にしだす。

「わーい、うれしいですぅ、ゆきねえさま!」

 するとマナはうれしそうに、今度はゆきの方へ抱き着きにいった。

「――あー、まさかこのゆきがねえさまと慕われる日が来るとはねぇ。――ゆきねえさま……、うん、いい響きだぁ……」 

 ゆきは感慨かんがいひたりながら、うっとりしだす。

 彼女は一番下の末っ子なので、お姉さん扱いされるのが新鮮なのだろう。ただ見た目が小学生並みのゆきが、マナにお姉さま呼ばわりされるのは少し違和感が。

「――どういうことなのでしょう。レイジさんと、ゆきのなつかれようは……。この様子だとマナへの命令を、なんの苦労もなく行えるのでは?」

 守はこんなことありえないと、その場にくずれ落ちそうな勢いでショックを受けていた。

 おそらく彼の場合、ずっとレイジを慕う前の態度だったのだろう。アレだと機嫌をとるのも一苦労のはず。ゆえにレイジたちの時のように、素直に言うことを聞いてくれている光景は信じがたいようだ。

「当たり前じゃないですかぁ。レイジにいさま、ゆきねえさまの頼み事なら素直に聞きますよぉ? 守さん相手じゃないんですからぁ、くす」

 対してマナはさぞおかしそうに事実を告げた。

「――私の今までの苦労は一体……」

 これには完全にひざを着き、その場にくずれ落ちる守。

 もはや彼には心の中で同情するしかなかった。

「――では、レイジにいさま、ゆきねえさま。アポルオンの巫女の件なんですけど、まずわたしが一緒に向かうのはマズイと思うんですよねぇ」

 マナは胸に手を当て、申しわけなさそうに伝えてくる。

「――ふむ、そうですね。マナを好きに使うのはいいのですが、彼女のことをできるだけおおやけにしないでいただきたい。あと強制ログアウトなど持ってのほか。危険にさらすのもNGで。よって実際にアポルオンの巫女がいる場所に乗り込むのは、レイジさんたちだけでお願いします」

 守は立ち上がりながら、条件を突き付けてくる。

 エデンの巫女は白神しらかみ秘匿ひとくにする存在ゆえ、明るみに出すわけにはいかないらしい。もし世間に広まれば今後彼女のエデンの巫女の力を求めて、厄介ごとに巻き込まれる可能性だってあるのだから。ゆえに白神家当主である守としては、この条件をゆずるわけにはいかないみたいだ。

「それじゃあ、制御権の破壊は?」

「ガーディアンを操作して、破壊に参加する流れですかねぇ」

 ようはゆきがワシのガーディアンを操作してたときのように、サポートしてくれるということ。

「なるほど。それならマナの身の危険とかもろとも、大丈夫そうだな」

「ただアポルオンの巫女の制御権を破壊する件、やることはやってみますけど、わたし一人でうまくいくかどうかはぁ……」

 マナは目をふせ、表情に陰りをみせる。

 見た感じかなり分がわるい戦いになると、ふんだみたいだ。

「まな、安心しろぉ。災禍さいかの魔女も協力するらしいし、このゆきも手伝うからぁ!」

 ゆきはどんっと胸をたたき、力強く宣言する。決してマナ一人に重荷を背負わせないと。

「やったぁ。ゆきねえさまが力を貸してくれるなら、百人力ですぅ!」

 ゆきが手伝うと聞いた瞬間、両腕を上げ喜びをあらわにするマナ。

 どうやらこれまでの気がかりが晴れたようだ。慕っている分、その信頼の厚さも相当。彼女にとって非常に心強いらしい。

「ふっふーん、まぁねぇ! じゃあ、さっそく手筈てはずを説明するぞぉ」

「これでエデンの巫女の件は大丈夫そうだな。あとはルナさんに、話をつけるだけか」

 ゆきとマナが打ち合わせを始める中、最難関の件が片付いたことに胸をなでおろす。

 そして次にやることのため、気持ちを切り替えるのであった。






 西ノ宮光は、いかにも高そうなカーペットが敷かれた廊下ろうかを歩いていた。

 ここは十六夜いざよい市にある、とある高級ホテル。なんとアラン・ライザバレットが、レイヴンメンバーのために部屋を用意してくれたのである。なのでここ数日間は、このホテルを拠点とし、行動していたのであった。

 さっきまで光は作戦をおえ、部屋で少し休んでいた。しかし光は幻惑の人形師リネット・アンバーの護衛を務めていたため、そこまで激しい戦闘はしておらずまだまだ元気がありあまっていたのだ。そのためそこまで休む必要もなく、気晴らしに外に出ることにしたのがこれまで経緯だ。

「あれはアリス先輩!」

 廊下を歩いていると、アリスの後ろ姿を見かける。なのですぐさま彼女のもとにかけ寄けよった。

「ええ、もちろん引き受けるわ」

 アリスに近づくと、彼女が通話していることに気づく。

「なんたってあなたの依頼だもの。ほかの依頼より真っ先に優先してあげる。――フフフ、気にしないでちょうだい。素敵な戦場を用意してくれたみたいだし、文句なんてあるはずがないわ。じゃあ、今すぐ向かうから少し待っていてちょうだい」

 どこか親しげに話すアリス。

 彼女がここまで気を許して話しているのは、めずらしいことといっていい。相手は依頼主のようだが、一体だれなのだろうか。

 気になっていると、アリスが通話を切る。どうやら話はおわったらしい。

「あれ、もしかして依頼ですか? アポルオンの件で働きっぱなしだったのに、少し休んだ方が」

 現状、光とアリスは依頼をおえフリー状態。なので新たに依頼を受けられるが、あれだけの大仕事をした後。しかもアリスはレイジとやり合いデュエルアバターに大ダメージをったらしいので、戦闘に支障がでるはず。ここは少し休んで精神やデュエルアバターの回復を待った方がいいのではないか。

「フフフ、そうも言ってられないのよ。相手が相手だけにね」

 光の心配に、アリスは意味ありげにほほえんだ。

「さすがアリス先輩。よほど大物の客なんですね」

「まあ、確かに大物ね。でもそこはあまり重要ではないの。そう、今回の依頼主は、今後アタシがずっとお世話になるかもしれない相手! だから未来のよりよい生活のためにも、頑張ってくるわ!」

 こぶしを胸元近くでグッとにぎり、並々ならぬやる気をみせるアリス。

 よくわからないが、とにかく相手が重要な人物ということで張り切っているらしい。

「――は、はぁ……、がんばってきてください、アリス先輩」

 ルンルン気分で依頼をこなしに行こうとするアリスを応援する、光なのであった。

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