第109話 エデンの巫女について

「着きましたね。ここが管理者である、エデンの巫女みことの待ち合わせ場所ですよ」

 あれから間もなくレイジとゆきとまもるは、すぐさまエデンへ。そしてメインエリアからゲート経由の座標移動で、この場所にたどり着いていた。

 ここはどうやらバカでかい神殿しんでんの中みたいだ。建物内は暗いが壁に等間隔で火のついた松明が設置され、全体がほんわかした明かりに照らされていた。内装はすべて白で統一されており、神々しさがきわ立っている。もはやどこぞの大聖堂といってもいいのかもしれない。後ろを振り向くと重々しい巨大な扉があるため、レイジたちがいるのは入口らしい。奥の方に視線を移すとまだまだ先が続いていそうなので、セキュリティゾーンのようなダンジョンの構造をしているのだろう。

「なんだこの感覚。まるでブラックゾーンの中にいるような感じが……」

 レイジはある違和感に気付いた。

 今まではこの神殿に圧倒されてわからなかったが、ブラックゾーンにいた時と同じ感覚がして止まないのだ。どこか空気が重々しく、得体のしれない気配が周囲に満ちているといっていい。あまりに不安定過ぎて、崩壊してしまわないかという懸念けねんいだかずにはいられないように。

「当然ですよ。ここは一応、ブラックゾーンの中なんですから」

「え?」

 衝撃的カミングアウトに驚愕きょうがくしてしまう。

 保守派しか入れないと思っていたが、まさか白神もこの場所に来れたとは。保守派の計画に必要だったり、エデンの巫女がいたり、このブラックゾーンとは一体どういう場所なのだろうか。

「ただこの場所はかなり特別。ブラックゾーンの中でもあり、そうでもないといえる。そう、独立した空間内にあると言えばわかり易いかもしれません。なので基本ここから十六夜いざよい島にあるブラックゾーンに出ることはできず、逆に向こうからもこちらに入ることができない。ここにたどり着くにはさっきのようにゲートを使うか、決められたルートを通ってくるかの二択だけなのです。これからレイジさんが制御権を破壊しに向かう場所も、同じような構造をしているはずですよ」

「ねぇ、ねぇ、父さん! そんなことよりこの先に行ってみたい! すごく面白そうだもん! エデンの巫女にわざわざ来てもらうより、こっちから迎えに行こうよぉ!」

 ゆきは目を輝かせ、ぴょんぴょん飛び跳ねながら子供のようにはしゃぐ。

 ここは明らかに特別そうな場所なので、電子の導き手としての血がさわいでいるのだろう。もはやエデンの巫女の件などどうでもよく、調べ回りたそうにしているのがよくわかった。

「ゆき、ダメですよ。ここから先には彼女の制御権関連や、セフィロトに干渉かんしょうできるシステムなど大切なものがいくつもあります。そのため二人を連れていくわけにはいきません」

 守は首を横に振り、きっぱりと告げる。

「えー、けちぃ! ちょっとぐらいいいじゃん! じゃあ、あまり奥にはいかないから、エデンの巫女が来るまであたりを散策とかは?」

「彼女には大至急エデンに入って、待ち合わせの場所に来てもらえるよう手配しておきました。今ごろ最奥にある巫女のからこちらに向かっているはずなので、もう間もなく来るでしょう。それまで大人しくしていなさい」

 キョロキョロ辺りを見渡しウズウズしているゆきの頭に、ポンと手をのせ言い聞かせる守。

「さっきエデンに入ったってことは、ゲートで直接待ち合わせ場所に来れたんじゃないんですか? もしかしてエデンの巫女だけなんか制約があったりとか?」

 今まで巫女の間にいたのならば、確かにこちらに向かうしかない。だがさっきエデンに入ったとなると、レイジたちのようにメインエリアなどからゲートを使ってこの場所に来れるはず。わざわざ出向かないといけない巫女の間に出る必要はないため、なにか特別な理由があるのだろうか。

「レイジさんのおっしゃる通りです。制御権により巫女たちはエデンに入ると、必ず巫女の間からスタートします。これは彼女たちがほかのエリアへ、自由に行けなくするための処置。もし外で誰かによからぬことを吹き込まれ、本来と違う用途で巫女の力を使われては困りますからね。だからエデンでも現実でも、彼女たちは一目につかない所で隔離かくりされているというわけです」

 確かにエデン内や現実を自由に動ければ、それだけ他者と接する機会が増えてくる。そうなると彼女たちの力を求めて接触する者たちが現れ、巫女になにかしらの影響を与えることが起こりうるかもしれない。するとこれまでまっとうに役割をこなしていた巫女が急に心変わりし、本来の用途と違う力の使い方をする恐れが。ゆえに巫女は誰とも接触しないよう隔離し、決められた役目だけをまっとうさせる考えなのだろう。

 シャロンたち革新派が、アポルオンの巫女に協力を求めてきたのがいい例だ。アポルオン内で巫女に関わるのがタブーとされているのは、この件が原因というわけだ。

 現実だと隠れ住ませ、厳重な隔離態勢を作ればいい。しかしエデンだと好きにエリア内を経由でき、ひそかに会おうとすることも可能。そのため普通の人々とは違った、決まった場所で縛り付けられる形になっているらしい。

「じゃあ、制御権を破壊できれば……」

「制御権は巫女を閉じ込める鳥かごそのもの。もしそれがなくなれば巫女はエデンで、私たちとなんら変わらず自由に行動できるでしょう。監督かんとくする者にとっては悪夢そのものですね。巫女が自由に動けるだけでなく、彼女たちの力を止めることさえ叶わなくなるのですから」

 守は考えただけでもゾッとすると、力なく笑う。

 森羅の言っていた意味がよくわかった。もし制御権を破壊出来れば、アポルオンの巫女はずっと決まった場所に押し込められなくて済み、エデンを自由に移動できるようになる。そうなると誰かに会おうとすることや、共に戦うことも。今までは自由に動けずアイギスにすべてを任せていたアポルオンの巫女だが、今度からはみずから事をなせるようになるのだ。結果これまで以上に世界へ影響を与えることになるだろう。制御権が破壊されたことで、彼女をしばるものがなにひとつないがために。

「そうそう、エデンの巫女の件ですが、制御権は白神側に残してもらいますよ。もちろん彼女にかかる制御権の拘束こうそくは外しておきますので自由に連れ出せますし、最悪の場合でないかぎり力の使用も止めたりしないのでご安心を」

「わかりました。ありがとうございます」

「それとエデンの巫女の扱いについて。レイジさんには彼女を好きに使う許可をだしましたが、それはあくまで我々が決めたこと。彼女が今後、進んで強力してくれるかはレイジさん次第です。わがままを聞いてあげたりして機嫌をとらないと、あの子の場合いうことを聞いてくれない恐れが……。まあ、その場合少し力不足にはなりますが、制御権を使って実行するのでこちらに言いに来てください」

 守は申しわけなさそうにしながら、レイジの肩に手を置いてくる。まるでこれからエデンの巫女に振り回されるレイジに、同情するかのように。

「あれ、もしかしてエデンの巫女の件ってまだまだ前途多難ぜんとたなんなんじゃ……」

 いくら守や白神家前当主がエデンの巫女を使う許可をくれたとしても、当の本人が進んで協力してくれるかは当然別の話。守の話からして、エデンの巫女は素直にいうことを聞いてくれるタイプではないらしいので、ここからが本番ということ。なんとかしてアポルオンの巫女の制御権の破壊に、力を貸してくれるよう頼まなければ。

 一応守が出した案のように制御権を使う手も。しかし制御権による巫女の力は本来の力よりもおとっているらしいので、制御権を破壊するには出力がたりない恐れが。よってもしエデンの巫女に断られた場合レイジたちに打つ手はなくなってしまうため、なにがなんでも協力してもらえるよう説得するほかなかった。

「ご愁傷しゅうしょうさまさまです。ちなみに私と前当主にはまったくなつきませんでした。そのためいうことを聞かせたい時は、貢物みつぎものとかで苦労しましたよ。本当にかわいげがないというか、そもそもなにを考えているのかよくわからないせつがある、困った巫女さまなのです。一応とある少女になついた前例もあるので、まだ少しばかり希望はあるかと思いますが」

 守はこめかみに手を当てながら、これまでの苦労をどんよりかたりだす。

 つまりエデンの巫女はかなり問題児ということ。一応那由他やアリス、ゆきといった問題児の相手ばかりしていたため、少しは善処できそうだがいったいどうなることやら。

「守さん、かわいげがなくてすみませんねぇ。わたし人にこびるの嫌いなんで、好きでもない人に愛想よくできないんですよぉ」

 そんなことを悩んでいると、聞きなれない少女の声が聞こえてきた。




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