第108話 守の要求

「えー、父さん、あのおばあさまが許可したんだよぉ。それなのに勝手に条件を追加するなんてひどくないー」

 ゆきはまもるが席の机をドンとたたき、抗議する。

 どうやら白神家前当主からの許可はもらったが、彼の了承はまだ得れていないみたいだ。

「いくら久遠への借りを返すといっても、さすがに管理者をタダで渡すわけにはいかないんですよ。隠居いんきょした前当主はともかく、白神家当主である私の立場から見ればね」

 守は肩をすくめながら、ゆきの主張を突っぱねる。

「さすがになにもせず使わせてもらうのは悪いので、そちらの要求をのみますよ」

 彼の言い分もわかる。森羅から聞いていた話だと、管理者は白神にとって非常に重要な存在。いくら白神家前当主が決めたとはいえ、そんな彼女を手放すのは納得しきれないのだろう。過去に久遠が白神に対してなにをやったのかは知らないが、これでは少し申し訳なく感じてしまう。そのためここは守の要求をのむことにした。

「ありがとうございます。この件に当たり私からの要求は二つ。両方引き受けてくれるならば、管理者をおゆずりすることを約束しましょう」

 守はひじを突きながら、アゴに両手を当てすずやかにほほえんでくる。

「わかりました」

「では、まず一つ目。レイジさんには、ゆき専属のデュエルアバター使いになっていただきたい」

「ゆきのですか?」

「はい、とはいっても、レイジさんもいろいろお忙しいはず。よって仮の専属ということでどうでしょう。ゆきが力を必要とした時、レイジさんが彼女を助けるというね」

「それぐらいならお安い御用ですよ。どうせゆきはなにかあったら、オレを呼ぶはずですし」

 ゆきの肩に後ろからポンっと手を置き、快く了承する。

 さすがに専属だとゆきに付きっきりになるので、アイギスの仕事をこなせなくなってしまう。だが仮という、必要な時限定ならば差しつかえないだろう。これまで通りゆきにこき使われるのと、大して変わらないはず。この程度のことであれば、守に言われるまでもなくやるのでまったく苦に思わなかった。

「おー、とうとうくおんがゆきの専属になるとはぁ! 仮だけど、いずれ正式にしてしまえば問題なしー! 下僕げぼくを手に入れ、ゆきの引きこもり生活はより充実したものにー!」

 レイジが仮とはいえ専属になったことに、ゆきはぴょんぴょん飛び跳ねながら大はしゃぎしだす。彼女は前々からレイジを自分のもとに置きたがっていたので、なおさら嬉しかったようだ。

「喜んでいるところわるいのですが、次はゆきの番ですよ。ゆきが私の要求をのめば晴れて管理者はレイジさんのもの。フフフ、責任重大ですね」

「えー、なんでゆきまでぇ。その管理者の件はくおんだけの話でしょー?」

 にやりとほほえむむ守に、またもや机をドンドンたたいて抗議するゆき。

「ゆきが彼をここまで連れてきたせいで、こんな事態になったといってもいいのですから、少しは責任をおってください。まあ、断ってもいいですが、その場合レイジさんへの要求がさらに難題になりますよ? 前当主からレイジさんの力になるよう言われている今、それはまずくないですか?」

「えぇい、わかったよぉ。おばあさまにあそこまで言い張った以上、やるしかない。のめばいいんだろぉ、のめばぁ」

 ゆきは腕を組みながら、はんばやけになってうなずいた。

「ではゆきには白神コンシェルンの件で本格的に力を貸してもらいます。現在白神コンシェルンは、今だかつてない危機に直面している。かえでにもがんばってもらっていますが、このままではキツイ状況。なのでゆきにも事態の収集を、手伝ってもらいたい」

「――そういうことかぁ。了解ー。その契約内容で引き受けてあげるー」

 これには内容が内容だけに、わりとすんなり引き受けるゆき。

「なるほど。つまりゆきの専属であるオレも、間接的にその白神コンシェルンの件へ介入することになるわけですね?」

 レイジへの要求に隠された本当の意味はこれだったらしい。

 ゆきが白神コンシェルンの問題に手を出す以上、彼女に力を貸すことを約束したレイジもおのずと首を突っ込まざるを得ない。これで守はゆきのほかに、レイジの力も使えるようになるというわけだ。

「その通りです。これは言わばレイジさんと、白神コンシェルンとの同盟といってもいい。レイジさんは管理者の力を好きに使えるようになり、こちらは問題解決の手段を手に入れる。持ちつ持たれつの関係ですね。楓がアポルオンの巫女と同盟を結んでいるのと同じように」

 楓の同盟だけでもすごいことなのに、まさかそれ以上である白神家当主と同盟を結べるとは。那由他に報告すれば、きっとびっくり仰天ぎょうてんするに違いない。

「ただ白神コンシェルンの件は尋常じゃないレベルのため、すべてをお任せするのはしのびない。出来る範囲でかまいませんよ。ゆきの場合は絶対ですが、ね……。フフフ……」

「おい、こらぁ! 父さん! なにその意味深な言葉はぁ!?」

 なにやらたくらんでいるような笑みを浮かべる守に、ゆきは指を突き付け問いただす。

「フフフ、実のところレイジさんに力を貸りるのは、さほど重要視していないのです。この同盟のメインは、ゆきを白神コンシェルンの件に首を突っ込ませるための言わば口実。ゆきには今後めいいっぱい働いてもらうつもりなので、お願いしときますよ」

「はめられたぁ!? くそぉ、こんなことになるなら、くおんが要求をのむ前になにがなんでも止めるべきだったぁ!」

 彼の口調から、きっととんでもないことをやらされるとさとったのだろう。ゆきはショックを隠し切れず、その場にくずれおちる。

 そこへ守は逃げられないよう追い打ちを。

「前当主の言葉が絶対なのはわかっていますね。レイジさんに力を貸すことを約束した以上、ゆきはこの同盟を存続させなければなりません。退路はとっくに断たれているのです」

「わぁーん、くおん、どーしよぉ! この人、鬼だぁ!」

 ゆきは涙目になりながら、抱き付いてきた。

 今後なにをさせられるか不安で、悲嘆に暮れているようだ。こうなったのもレイジが巻き込んだからかもしれない。なんだかかわいそうに思えてきたので、とりあえず頭をなでてやり落ち着かせようとする。

「――あー、よしよし。気の毒だから、オレもできる限り付きやってやるよ。そう、気を落とすな、ゆき」

「フフフ、同盟の契約が完了したところで、さっそく向かいましょうか。管理者、いえ、エデンの巫女みこのところへ」

 ゆきをなぐさめていると、守はエデンの巫女のところへ案内しようと立ち上がるのであった。

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