第107話 ゆきの正体

 すでに陽は沈み、辺りは暗くなっている。そんな中、レイジは森羅と別れてから、ゆきと二人でとある高層ビルにたどり着いていた。そこはなんと十六夜いざよい島にある、白神しらかみコンシェルン本社。しかも最上階というのだから驚きだ。本来なら決して入ることができない場所を、ゆきと歩いているところである。今いるのは、いかにも重役がいそうな部屋に続く廊下ろうか。というのも床のカーペットから、通路に飾られている高そうな絵画やつぼの数々。もはや重厚感がいたるところからただっていたのだから。

 ここまで来れたのはすべてゆきについてきたから。途中呼び止められることもあったが、ゆきがターミナルデバイスで身分証明書のようなものを見せた瞬間、急に相手がよそよそしくなり先に通してくれたのであった。

「ゆき、本当に森羅の件を受けてよかったのか? もしこの戦争に関わるなら、もう普通に生きていけなくなるかもしれないんだぞ?」

「くおんたちだって、この舞台でおどるんだろぉ? こんなに面白そうなことがあるのに、ゆきだけ仲間外れにするなんて認められるわけないよぉ!」

 ゆきは胸に手を当て、楽しそうに笑う。世界の裏事情に足を踏み入れたというのに、彼女はまったく意に介していないのか軽い感じである。

 というのもゆきは森羅に答えをせまられ少し考えたあと、この話に乗ることにしたのだ。これで彼女もレイジたちと同じ舞台に上がったことに。レイジたちとしてはゆきの力が借りられるので嬉しいが、そんな安易に決断してよかったのかと思ってしまう。

「――それにくおんたちの立場はなんだかすごく大変そうだもん。きっとこれからもゆきの力がいっぱい必要になってくるだろぉ? そんな時ゆきが事情を知らないと、いろいろ不便だと思ってさぁ」

 ゆきはレイジの方を心配ありげに見つめ、意を決した表情を。

「まさかオレたちのために?」

「い、言ったよねぇ!? 面白そうだからってぇ! ――ま、まぁ、くおんたちには電子の導き手の関係上いろいろ世話になったし、乗り掛かった船でもあるから仕方なくだぁ」

 図星だったのか、腕をぶんぶん振り過剰に反応するゆき。そして腕を組みながらテレくさそうにそっぽを向いて、本音を漏らす。

 どうやらこの件を引き受けた一番の理由は、レイジたちのことを思ってだったらしい。これには感動し、思わずゆきの頭をなでてしまう。

「ありがとな。ゆきが味方になってくれたら、ほんと助かる」

「――ふ、ふん、もちろんゆきを使うんだから、それなりの報酬ほうしゅうは用意してもらうけどねぇ」

 レイジの心からの感謝に、ゆきはほおを赤く染めながらテレ隠しの主張を。

「それにしても、驚いたよ。ゆきの正体が本当に大令嬢様だったとは」

「ふっふーん、ここまで来たらさすがに気付くよねぇ。じゃあ、改めて自己紹介しとくー? ゆきの本名は白神ゆき。そうま兄さんやかえで姉さんと同じ白神家次期当主候補の一人で、電子の導き手をやってる引きこもりっ子だよぉ!」

 ゆきは腰に両手を当てつつましい胸を張りながら、えっへんと自己紹介を。

 そう彼女はなにを隠そう、白神コンシェルンを取り仕切る白神家の人間だったのだ。今思うと楓のところでゆきの様子がおかしかったのを思い出す。かえでの方もゆきに対する反応が初対面ではなく、慣れ親しんだ感じだったのもそれが理由というわけだ。まさか相馬そうまから聞いていた一番下の妹が、ゆきだったとは驚きである。

「その証拠に、今から白神家当主である父さんに会わせてあげるー!」

 ゆきは社長室の前までタッタッタッと小走りで向かい、扉を開け中に入っていった。

 彼女に続きレイジも社長室へと。中は近未来感あふれるシックな感じの、広々とした部屋である。奥はガラス張りで解放感があり、高級そうなソファーやテーブルなどの家具があちこちに。もはや時代の最先端を行く白神コンシェルンに恥じない、立派な代表の部屋であった。

 そんな中には四十代前半と思われる男が、代表の席に着いている。彼がおそらく白神家当主。一見すると少し頼りなさそうなやさ男に見えるが、どこか油断できそうにない感覚を覚える人物であった。

「ゆき、こんな時になにか用ですか。こちらは今エデン協会の件でいろいろ忙しいのですが」

 男はターミナルデバイスをせわしなく操作しながら、問うてきた。

「父さんに会わせたい奴がいるんだぁ。こいつがそのくおんれいじ」

 ゆきはレイジに手を向け、さっそく紹介してくる。

「――ほう、久遠とは、また……」

 久遠くおんという名字に反応を示し、男はレイジの方にするどい視線を向けてくる。まるでなにかを見透かそうとしているかのように。

「初めまして、久遠レイジです。今日は少しお話があってきました」

「私は白神家当主である白神守しらかみまもるです。以後お見知りおきを。ではレイジさん、さっそくで悪いんですが、用件を聞かせてもらいましょう」

 守は作業を止めて、レイジの方に向き直る。

「――え、えっと……、すごく失礼なこととはわかってるんですけど、言わせてもらいます……」

 少し気後きおくれしながらも、意を決し話そうとする。

 というのも森羅に指示された言葉があるのだが、それはかなりぶっとんだ内容なのだ。もはや初対面であり、しかも白神家当主といったすごい人物にいきなり言い放つのはどうかと思うほどの。だが今は森羅を信じて伝えるしかない。

「久遠が白神に貸した借りすべてを、返してもらいに来ました。オレたちはこれから、アポルオンの巫女の制御権を破壊しにいきます。だから白神が保有する、管理者の力を貸してください!」

 弱腰では効果が薄いはず。ゆえにここは開き直り、堂々と面と向かって告げた。

「――フフフフフフ、なるほど、そうきましたか! まさか白神の最重要機密である管理者を使わせろとは! しかも断られるのがわかっているから、白神への借りを持ち出すときた! これは困りましたねー。レイジさんのお父上にはもちろん、先代の当主も久遠に大きな借りがある。さすがに無下むげにするわけにはいきません」

 レイジの要求に対し、守は急におかしそうに高笑いを。そしてこの無茶な要求になにやら納得しだした。

 内心断られると思っていたので、思わず拍子ひょうし抜けしてしまう。こうなったのも久遠が貸したという借りが、想像以上に効果を発揮しているみたいだ。

(――父さんにも?)

 ただ彼の話に一つ気がかりなことが。

 その借りにはレイジの父も関わっていたという事実についてだ。

「――少しお待ちを。管理者が関わっているのなら、私一人では決めかねますので」

 たずねようとすると、守はターミナルデバイスを起動しどこかに連絡しだす。

「前当主、隠居いんきょ中のところ申しわけありません。実は今、すごいことが起こっているんですよ。――いえいえ、革新派のクーデターよりもさらにすごいことが。なんと久遠の血筋が我ら白神に、これまでの借りすべてを返せと乗り込んできまして。――ええ、そして管理者を使わせろと。――わかりました、今彼に聞こえるようにします。さあ、レイジさん、白神家前当主からのお言葉です。今回の件はすべてこのお方にかかっているので、よく聞くように」

 守はターミナルデバイスを、レイジの方に向ける。

 どうやら電話の相手と話をつけろということらしい。白神家前当主といえば、確か白神コンシェルンを立ち上げたことで有名な人物だったはずだ。

「久遠の小僧こぞう、話は聞かせてもらった。久遠への借りを返せと言われたら、こちらとしては断るわけにはいかない。貴様に管理者をくれてやる! 好きに使うがいい!」

「――え?」

 年配の女性の声が、豪快ごうかいに宣言してくる。

 貸してほしいという話だったが、なぜか管理者をたくされてしまった。そのあまりの大盤振る舞いに、状況がつかめない。森羅から聞いた話によると、管理者は白神コンシェルンの最重要機密。ゆえに借りられるかどうかは、一か八かの賭けだとか。だというのにもらえることになるとは、想定の範囲外過ぎるのだ。

「おやおや、以前のように貸すならまだしも、くれてやるとは気前がよすぎるのでは? 管理者は白神が秘匿ひとくにしなければならない、最重要機密。彼女の力を悪用されれば、とんでもないことになりかねませんよ?」

「くくく、別にかまわんさ。逆に面白おかしくかき乱してくれた方が、ワタシとしては愉快だよ。どうせならあの大バカ者二人の計画を、狂わせるぐらいやってやればいい。久遠の血筋ならそれも可能だろうからな」

 守の正論に、白神家前当主はさぞ愉快げに笑いながら意味ありげにかたる。

 その内容はレイジはもちろん、守もよくわかっていないようだ。まるでレイジたちが知りようのない事のすべてを、把握はあくしているかのように。ただわかるのはその大バカ者二人に対するニュアンスに、並々ならぬ親しげな想いがこめられているというだけ。

「――くくく……、それにしてもうれしいものだ。もうワタシの物語はおわりあとは見守るだけと思っていたが、最後の最後でまた出番が回ってくるとは……。これは我らが女神めがみに送る、ワタシからの最後の手向たむけだ。あのストーカー野郎二人に、再び一泡吹かせるかもしれない可能性を残すというな。きっと彼女はよくやってくれたと笑ってくれるはず……。――なぁ、くおん……」

 白神家前当主は心底感慨深そうに、想いをめぐらせる。そして最後、万感の思いを込めて、旧友の名前を口にした。

 そこにはどれだけその人物のことを想っているのか、もはや痛いほどわかってしまう。彼女にとってよほど大切な人物だったみたいだ。

「――それはそうとゆきがこいつを連れてきたのだろう? またもや白神は、久遠に巻き込まれているわけか。この分だとこれまでのように、また六人そろいそうだな……。――くくく、本当に面白いほどの運命だ……。――ゆきよ。できる限り久遠の小僧の力になってやれ」

 白神家前当主は意味ありげに笑いなにやら納得したあと、なぜかゆきにレイジの事をたくす。

「はーい、おばあさま。よくわからないけど、くおんの面倒はこのゆきが見といてあげるよぉ! まっかせておいてぇ!」

 ゆきはドンっと胸をたたきながら、得意げに宣言する。

 彼女がここまですんなり人のいうことを聞くとは。どうやらよほど白神家前当主に、なついているみたいだ。

「言い返事だ。期待しているぞ、ゆき」

 そんなゆきの頼もし返事を聞き、白神家前当主は満足そうな反応を見せ通話をきった。

「レイジさん、話がまとまったところで悪いのですが、管理者を渡す件。私が出す要求をのんでくれたら了承しましょう」

 なにはともあれこれで話が着いたと安堵あんどしていると、守が突然告げてくる。

 どうやらこの管理者の件、一筋縄ひとすじなわではいかないらしい。


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