2章 第4部 尋ね人との再会

第106話 森羅の導き

 十六夜タワーの戦いからすぐにレイジ、結月、ゆきの三人は、一昨日アリスと会った現実の十六夜市にある十階建ての廃ビルに来ていた。この建物は老朽化もあり新しく立て直す予定であり、解体待ち。なので誰もおらず、簡単に忍びこめていた。そしてレイジたちはそんな廃ビルの階段を上り、屋上の方へと。

 今のところまだアビスエリアの件は世に広がっておらず、静かなまま。しかしいづれ革新かくしんは派が情報を開示するはずなので、時間の問題だろう。ちなみに保守ほしゅ派側はこの件で大パニックらしく、のちの処理のため奔走ほんそう中だとか。

 屋上の扉を開け外に出る。すでに陽はほとんど沈み、夕暮れ色の空が次第にうす暗くなってきたころ合い。そしてどこかさみしげな雰囲気が立ち込める屋上の中心付近には、柊森羅ひいらぎしんらの姿が。

「――あ、よく来てくれたね! みんな!」

 森羅は手を大きく振り、出迎えてくれる。

「おい、こらぁ! 災禍さいかの魔女! 久遠ならともかく、このゆきまで呼びつけるとはいったいどういう了見だぁ! こっちはきっすいの引きこもりなんだから、外になんて出たくないんだぞぉ!」

 するとゆきが前に出て、指を突き付けながら文句を口に。

「くす、それに見合った用件だからそう怒らないで! 剣閃の魔女! じゃあ、急いでるからさっそく本題に入るよ! あともう少ししたらあたしたちは、計画の第一段階最後の一手を打ちに行くの。狙いはレイジくんたちにも関わりが深い、アポルオンの巫女みこよ!」

 けんか腰の荒れているゆきを手で制し、いきなりとんでもないカミングアウトをしてくる森羅。

「まさかあの子になにかする気なの!?」

 その聞き捨てならない内容に、結月は前にガバッと出て問いただした。

「安心して、片桐結月! 狙うといってもそこまで害は及ばないはずだから。そう、今回の標的は序列二位が持つアポルオンの巫女の制御権よ!」

 森羅は腕をバッと前に出し、堂々と宣言してくる。

「アポルオンの巫女の制御権だって?」

「ええ、アポルオンの巫女には、セフィロトのシステムに干渉かんしょうできるほどの権限があるの。そんな彼女が独断で動き暴走すれば大変なことになってしまう。だからアポルオンの巫女が好き勝手できないよう、その制御権が用意されてるってわけ! ここで厄介なのはその制御権に、アポルオンの巫女の力をわずかだけど使える機能があるってこと。もしアポルオンを円滑えんかつに回すであろう案件を巫女が拒絶した場合、完全におくら入りになっちゃうからその時ようにね!」

 セフィロトに干渉出来るアポルオンの巫女の権限は、あまりにも強い。ゆえに誰かが監督かんとくし正しい方向に導く必要があるので、この制御権が生まれたということ。これがあるおかげでアポルオンの巫女の独断を止められ、なおかつ誰かが彼女を利用したとしても防げるわけだ。

「ここまで言えば、あたしたちが狙う理由がわかるよね! 保守派にアポルオンの巫女を取り押さえられるのはもちろんのこと、なによりその力を使わせたくないの。不完全な巫女の力とはいえうまく使えば、保守派の計画に必要な最後の一ピースを完成させる恐れがある。だから今のうちにそのラインをって、むこうの計画の邪魔をしておきたいの」

 森羅は深刻そうに目をふせながら、こぶしをグッとにぎる。

 彼女の切羽詰せっぱつまった雰囲気から、どうやら保守派側に巫女の力があるのはよほどマズイことらしい。

「なるほど。それで具体的にはどうするんだ?」

「実際にアポルオンの巫女が隔離かくりされてる場所に行って、アビスエリアを解放した時のようにシステムをいじる感じかな! 序列二位が持つ制御権を、森羅ちゃんの力で革新派側に譲渡じょうとする! そうすれば保守派に大ダメージを与えながらも、革新派は新たな力を手に入れられることになるでしょ!」

 これなら保守派側の計画を妨げながら、革新派は巫女の力で優位に立てる。しかもアポルオンの巫女と協力関係を結べれば、制御権のかせを外して思う存分巫女の力を振るえ、戦況をくつがえせる可能性も。もはや革新派としてはなんとしてでも成功させたい案件だ。おそらくこの作戦のため、並々ならぬ準備をしてきたのだろう。アポルオンの巫女が隔離されている場所にたどり着けるなんて、普通ではありえないはずなのだから。

「そっちの狙いはわかった。でもどうしてその情報をオレたちに? アイギスがだまって見過ごすはずがないことぐらいわかってるよな」

「そうだよね。もし森羅さんに教えてもらわなければ、私たちなにも手出しできなかったはずだもの。まさかなにかたくらんでるの?」

 結月はアゴに指を当てながら、首をかしげる。

 レイジたちからしてみればアビスエリア解放の一件で終わったと思い、今ごろ事後処理に明け暮れていたはず。裏でアポルオンの巫女が狙われているなんて、思いもよらなかっただろう。よって革新派はアイギスという強力な邪魔が入らず、事を円滑えんかつに運べたのは明白だ。だというのになぜ森羅は戦況がわるくなるにも関わらず、レイジたちに伝えてきたのか。

「くす、答えは簡単! レイジくんの勝利の女神である柊森羅ちゃんが、一時的に革新派を裏切るからよ!」

 裏がないか怪しんでいると、森羅は胸に手を当て陽だまりのような笑顔を向けてくる。

「――おいおい、本当にそれでいいのか? アランさんのところの一件だけでなく、今回もって……。――さすがに森羅の立場が心配になってくるんだが」

 まさかまたレイジたちを助けるために裏切ってくれるとは。こちらとしては願ったり叶ったりだが、彼女の立場が本当に大丈夫なのかと心配せざるを得なかった。

「いいの! いいの! すべてはレイジくんのためだもの!」

 すると森羅はレイジの顔をのぞき込みながら、にっこり屈託くったくのないほほえみを。

 本人は自身に降りかかるかもしれない危険性を、まったく気にしていない様子。まるでレイジのことさえよければ、自分のことなどどうでもいいと言いたげに。

「じゃあ、疑問を解消できたところでこれからについて! レイジくんには保守派と革新派、両陣営を出し抜きアポルオンの巫女を手に入れてもらうね!」

「――は? アポルオンの巫女を手に入れる?」

「うん、アポルオンの巫女が自由に動けないのは、すべて彼女をしばる制御権が原因。ならそれを破壊してしまえばいい! そうすれば彼女はこのアポルオンの戦争にだって介入出来るようになるし、みずから新たな陣営を立ち上げることだって可能になる! あなたたちアイギスにとっていいことづくめのはずよ! どう? 危険な綱渡りになると思うけど、やる?」

 森羅はほおに指を当てながら首をかしげ、覚悟を問うてくる。

「――あの子を自由に……。お願い、久遠くん! 森羅さんの話に乗ろう! アポルオンの巫女を自由にすることは、私がずっと願ってたことなの! あの子の理想を実現するには、彼女を縛るくさりをどうにかする必要があったから! ――それにうまくいけばあの子を外の世界に連れ出せるかもしれない……。そのためなら私、なんだってする覚悟があるよ!」

 結月は彼女の提案を聞いて、まるで天啓てんけいを得たかのように息をのむ。そしてレイジの手をとり、必死に頼み込んできた。

「――結月……。わかった。その話に乗るよ、森羅。一体オレたちはなにをすればいいんだ?」

 結月の想いに心を打たれ、レイジはこの話に乗ることを決心する。

 レイジとしても、自由にすることに関しては賛成であった。アポルオンの巫女の理想はカノンの理想と似通っているはずなので、また一歩彼女に近づけるかもしれないと。

 それに結月が言った、あの子を外に連れ出してあげたいという言葉。それはかつて小さかったころのレイジも、カノンに対して願っていたことだったのだ。もはやその想いが痛いほどわかるゆえに、結月の願いを叶えてやりたかったのである。

「この件を成功させるには鍵となる難関が二つある。一つは戦力。今回狩猟兵団は呼ばないけど、アーネストとシャロンが出向いてくるのよね。彼らとやり合うためにも、レイジくんたちはある程度の戦力が必要になってくる。まあ、こっちに関しては考えがあるからなんとかなると思うけど」

 レイジの答えを聞いて、森羅はそうこなくっちゃと話を進めてくれる。

「それでここが一番の難関。制御権を破壊するには、いくら災禍の魔女である森羅ちゃんでも不可能なの」

「おいおい、森羅の力でも無理なら、もう誰も手だしなんてできなくないか?」

 申しわけなさそうに首を横に振る森羅に、それじゃダメじゃないかとツッコミを入れるしかない。

 彼女の持つ力はあまりに異常。そのチートじみた力はこれまでの行動が物語っている。しかしそんな彼女がどうすることもできないのなら、誰も破壊なんてできず諦めるしかないのではないかと。

「――いいえ、一人だけいる。アポルオンの巫女と同位の存在である彼女なら、破壊できるはず! でも問題は彼女に力を借りられるかどうかなの……」

 どうやら心当たりはあるらしい。ただその口ぶりから、よほど困難なのが見てとれた。

「彼女の力を借りられるかどうかはある人物にかかってる。――そう! それが剣閃の魔女よ!」

 森羅はゆきの方に向き直り、期待を込めた視線を送った。

「やっとゆきの出番かぁ。さっさと用件を言いやがれぇ! こっちは蚊帳かやの外すぎて、キレかけ寸前なんだからなぁ!」

 ゆきは腕を組みながら、機嫌が悪そうに話をかす。

 彼女はアポルオンのことを知らないため、さっきから話についていけず置いてけぼりをくらっていた。そのため少し気が立っているようだ。

「じゃあ、言うけどその前に一つ、剣閃の魔女は選択をしないといけないの。このままなにも知らず普通の電子のみちびき手として生きていくか、それとも世界の裏側に足を踏み入れ怒涛どとうの人生を送るか」

 レイジたちのようにアポルオンの戦争に関わるのか、ここで手を引くのか。ゆきの今後の人生を大きく変えることになるため、彼女は真剣に考えなければならない。レイジがアランにたずねられた時のように。

「くす、選ぶといいよ! 剣閃の魔女! ここは運命の分岐点ぶんきてん! あなたがこの女神の物語の舞台に上がり、役者としておどるのかどうかのね!」

 そして森羅はゆきに手を差し出し、どこか芝居しばいがかったように決断をせまった。

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